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フォトニックコンピューティングの創成
光とコンピューティングの融合に注目

May, 1, 2023, 東京-- 光技術は、我々の生活の根幹とも言える情報通信社会において、もはや必要不可欠なインフラストラクチャーとなっている。その役割は通信や計測の領域のみならず、コンピューティング分野においても注目を集めている。
 爆発的な情報通信量の急進やAIに代表されるようなコンピューティング需要の急増と高度化の進展、さらにはグリーントランスフォーメーションといった環境に対する意識も高まる中、新しい物理系を活用するコンピューティング研究は活発化しており、光とコンピューティングが融合するフォトニックコンピューティングの研究に対しても、各方面から大きな期待が集まっている。光科学や光技術そのものが格段に進化する中、情報科学も飛躍的な進化を遂げている。二つの交差点には、大きな可能性が秘められている。

 このような状況のもと企画された研究プロジェクトが、学術変革領域研究(A)の「光の極限性能を生かすフォトニックコンピューティングの創成」だ。領域代表は、東京大大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻教授の成瀬誠氏が務める。研究期間は令和4年度から令和8年度となっている。

 学術変革領域研究は、新たな研究領域を設定して異分野連携や共同研究、人材育成等を図る大規模なグループ研究をサポートするため令和元年(2019年)度に創設された。研究には(A)と(B)の2種類がある。
 「光の極限性能を生かすフォトニックコンピューティングの創成」が採択された(A)は、多様な研究者の共創と融合によって提案された研究領域において、これまでの学術の体系や方向を大きく変革・転換させることを先導するとともに、我が国の学術水準の向上・強化や若手研究者の育成につながる研究領域の創成を目指し、共同研究や設備の共用化といった取り組みを通じて提案研究領域を発展させる研究が採択の条件とされている。

研究プロジェクトの趣旨
 「光の極限性能を生かすフォトニックコンピューティングの創成」は、光とフォトニクスが有する極限性能をもとにして、光とコンピューティングの新たな学術を創成することを目標に掲げる。
 フォトニックコンピューティングの研究は、極めてダイナミックに進展中だ。AIやBeyond 5Gにおける応用との強い繋がりを持つ光アクセラレータの研究が発展する一方、光が持つ多様な特徴を情報処理と結節する新たな基礎研究も次々に登場している。研究プロジェクトでは、先端研究における多様性を高いレベルで実現するとともに、「光とコンピューティング」という研究領域を、領域全体が一丸となって、一体性を追求していく。

 研究領域が基軸とするコンセプトが光の極限性能(Ultimate Nature of Light)だ。そこでは、①光の限界性能(Physical Limit)のコンピューティングへの活用、②未踏の潜在能力(Potential Capability)の開拓、③光の利活用を阻む構造的限界(Architectural Limit)の克服という三つのテーマが掲げられている。これらを実現するため、研究プロジェクトでは我が国における光とコンピューティングの研究で培われてきたメカニズム・デバイス・アーキテクチャの具体的な研究の先導性を生かすとともに、公募研究を含めて、研究の一層の拡大と充実を目指す。
 研究の推進には、既存の研究に囚われず新たな視点・着想・技術を開拓し、異分野連携を促進することが求められる。フォトニックコンピューティングという分野は、材料・物理・デバイス・メカニズム・アーキテクチャ・アルゴリズム・アプリケーションなどの広範な階層の視点の融合によって拓かれてきた歴史を有している。この事実を踏まえつつ、研究プロジェクトでは特に研究者間の連携に力を入れ、研究を推進して行く。
 光コンピューティングの研究は、1980年代前後に活発に行われたが、その後急速に衰退したとも言われている。しかし、当時の考え方や着想は、現在では数多くの論文で引用されており、再発見・再評価されている。先人達の努力なくして、今日の発展は有り得ない。現在のフォトニックコンピューティング研究においても、このことは光の極限性能という可能性を新しく、そして徹底的に追求することの重要性を強く示唆していると言えよう。

三つの研究柱
 研究プロジェクトでは、光が持つ伝搬高速性・低損失性・広帯域性・多重性・実世界接触能等を追求し、光科学技術と情報科学技術を高度に融合したフォトニックコンピューティング創出に向け、以下に示すA、B、Cの三つの研究柱を設定、さらにその傘下に設けられた複数の計画研究によって構成されている。各研究は、何れも応⽤への橋渡しを視野に入れて、関連する研究項⽬との連動を強く推進して行く。研究内容と代表者を以下に記す。

◆研究柱A(計画研究A01、A02)『光の極限性能を引き出すシステム構造』
 光のコンピューティングへの利活⽤の障壁となっている構造的限界(Architectural limit)に焦点を当て、光本来の性能の発現させるシステムアーキテクチャを研究する。具体的なテーマは、光の⾼速性や多重性を最大限引き出すフォトニック近似コンピューティングや光と電⼦系の最適結合を実現するタスク分解など。

・A01 極限光技術を生かすフォトニック近似コンピューティング(近似コンピューティング×光):増渕道紘氏(国立情報学研究所教授)
 近似コンピューティングとフォトニックコンピューティングの融合を世界に先駆けて実現するとともに、光の極限性能を生かすアーキテクチャを明らかにする。

・A02 光基盤と応用の最適結合を実現するシステム構造研究(光×電子系の最適結合):川上哲志氏(九州大准教授)
 光の極限性能・フォトニクスの物理限界・AIなどの応用を統合したフレームワークを構築し、光と周辺系の最適なタスク分解論を世界に先駆けて明らかにする。

◆研究柱B(計画研究B01、B02、B03)『光の極限性能に基づくコンピューティングメカニズム』
 光の時空間多重性、多値表現能⼒など、光の限界性能(Physical limit)を活⽤するコンピューティングメカニズムを開拓する。具体的なテーマは、光リザーバコンピューティング、極限的光変調のコンピューティングへの展開、光意思決定などの⾼次光機能の創出など。

・B01 複雑系フォトニクスによるフォトニックコンピューティングの変革(複雑系フォトニクス):内田淳史氏(埼玉大教授)
 レーザの高速・複雑ダイナミクスを活用したリザーバコンピューティングを、予測機能に留まらず転移・類推・生成などの新たなコンピューティングに展開する。

・B02 極限光変調によるフォトニックコンピューティングの変革(極限変調×光):川西哲也氏(早稲田大教授)
 基幹光通信網の多値光変調は、通信能力だけでなく情報処理に大きなインパクトを与える。光の広帯域性の極限を生かしたコンピューティングを世界に先駆けて切り拓く。

・B03 光の極限性能による強化学習の変革と応用開拓(意思決定×光):成瀬誠氏(東京大教授)
 動的不確実環境での意思決定などの高次機能の光による高度化を目指す。光の高速性や量子性を活用した協調的意思決定などの機能の確立と応用実証研究を行う。

◆研究柱C(計画研究C01、C02)『光の極限性能を引き出す新たなデバイス基盤』
 光の未開の潜在性(Potential)を引き出すための重要課題に焦点を当て、デバイス基盤の⾰新に取り組む。具体的なテーマは、光の多重性をコンピューティングに活⽤する集積光デバイス、光と電⼦系とのボトルネックの解消に向けた超⾼周波エレクトロニクスとフォトニクスの融合など。

・C01 光多重化によるフォトニックコンピューティングデバイスの変革(光多重化×コンピューティング):砂田哲氏(金沢大教授)
 光の著しい特長である信号の多重性の極限を活用するデバイスキーアテクチャを明らかにする。さらに研究柱A、Bと連携し、具体的な光機能を実験的に実証する。

・C02 超高速シリコンアナログ回路と超高速光回路の融合(光の極限性能×エレクトロニクス):笠松章史氏(NICTセンター長)
 数10GHzオーダーのアナログ回路とフォトニクスの融合に挑戦する。非線形性を近似コンピューティングと連動させ、光の極限性能を生かす光電融合の新学術を創成する。

各種イベントにも注力
 研究プロジェクトでは、様々なアウトリーチ活動や諸外国の先端研究者を巻き込んだシンポジウムなども計画している。
 3月27日(月)には、第1回公開シンポジウム「光の極限を生かすフォトニックコンピューティングの創成」が東京大・伊藤謝恩ホールとオンラインでハイブリッド開催され、NICTの北山研一氏や宇都宮大の山本裕紹氏、慶應義塾大の天野英晴氏、NTT物性科学基礎研究所の納富雅也氏等による招待講演に加え、金沢大の砂田哲氏、国立情報学研究所の鯉渕道紘氏、埼玉大の内田淳史氏等が各計画研究を紹介、講演者を中心としたダイアローグ(パネルディスカッション)も行われた。
 4月21日(金)からはオープンセミナー(毎月・原則月末金曜日16時~、計8回開催予定)もスタート、7月31日(月)と8月1日(火)には、各部門の入門的内容をレクチャーする講義と先端的研究の概要をレビューする集中ゼミで構成される「光と情報スクール」がオンライン開催される。
 来年の2024年の3月11日(月)と12日(火)には、内外のフォトニックコンピューティングに関する最先端の研究者が集結する第1回国際シンポジウムも、東京大・伊藤謝恩ホールで行われる予定だ。
(川尻 多加志)