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国際光デー記念シンポジウムで中堅・若手研究者が未来を展望
日本学術会議総合工学委員会ICO分科会がシンポジウム開催

May, 19, 2022, 東京--5月16日は「国際光デー」。この日を記念して我が国では毎年、公開シンポジウムが開催されている。今年も5月10日(火)、「2022年 国際光デーシンポジウム ~中堅・若手研究者が語る光科学技術の未来~」が、日本学術会議講堂とオンラインによるハイブリッド形式で開催された。主催したのは日本学術会議総合工学委員会ICO分科会、委員長を務めるのは東大名誉教授の荒川泰彦氏(東大ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構特任教授)だ(共催:国際光年協議会)。
 ICOは1947年に創設され、54の国とOSAやSPIEなど7つの国際学会から構成される国際科学連合組織。我が国における対応は、日本学術会議が担当する。ICO分科会は、ICOへの実際的な対応等を審議するとともに、我が国の光・量子科学技術の発展に資する活動を行うことを目的に設立されたものだ。
 国連は、光に関する新しい知識と光関連の活動促進の重要性を一般社会に浸透させていくため、2015年を「国際光年」と定め、その推進を担ったユネスコは2018年から5月16日を「国際光デー」に制定した。この日に制定されたのは、セオドア・H・メイマン氏が、1960年のこの日にレーザ発振に成功したという主張に基づいている。
 IOC分科会では、2015年の国際光年行事に続き、2018年7月、2019年6月、2021年5月と、国内において国際光デーを記念するシンポジウムを開催(2020年は新型コロナウイルスの影響で中止)。シンポジウム開催は、この分野が生み出したインパクトや今後のイノベーションを国内にアピールするとともに、学会間や世代間の交流、次代の若手育成、新しい産業やコミュニティーの創出を推進するために行われている。

※ちなみに、日本学術振興会・光エレクトロニクス第130 委員会は3月8日を「光の日」に制定して、毎年「光の日」シンポジウムを開催してきた。同委員会の事業はその後、日本光学会・光エレクトロニクス産学連携専門委員会が引き継ぎ、今年も3月8日(火)にシンポジウムが開催された。3月8日が「光の日」に選ばれた理由は、光の速さが真空中でほぼ 3×108m/s であって、フォトンは吸収されない限り休むことなく走り続けるとの理由からだ。

 話を「国際光デー」に戻すと、今回のシンポジウムでは、近い将来の光科学技術を担うと期待される中堅・若手の研究者が未来を展望するというテーマが掲げられた。主催者では、この分野の研究者のみならず、学生や一般市民が、この分野の意義について理解を深めることを期待すると述べており、今回参加者は会場が約50名、オンラインで約350名、合計約400名の人が参加したという。
 当日プログラムを以下に示す。中堅・若手研究者が個々の研究領域を俯瞰して解説するとともに、最先端の研究成果を報告するという興味深い内容であった。なお、本稿では光の研究者や技術者が普段あまり触れる機会のない「フォノンエンジニアリング」について、野村政宏氏(東大先端科学技術研究センター准教授)の講演にスポットライトを当て、研究の概要を紹介する。

プログラム 
司会:笹木敬司氏(日本学術会議連携会員、北大電子科学研究所教授)
開会挨拶:荒川泰彦氏(日本学術会議連携会員、東大ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構特任教授)
講演1:「光量子コンピュータの未来」武田俊太郎氏(東大工学系研究科准教授)
講演2:「精密分子分光のこれまでとこれから」岩國加奈氏(電通大コヒーレント光量子科学研究機構助教)
講演3:「光格子時計の開発と測地応用に向けて」高本将男氏(理研開拓研究本部専任研究員)
講演4:「スマートフォトニック結晶レーザー」メーナカ・デ・ゾイサ氏(京大工学研究科付属光・電子理工学教育研究センター講師)
司会:野田進氏(日本学術会議連携会員、京大工学研究科教授)
講演5:「集積フォトニクスに基づく光波合成・検出素子の新展開」種村拓夫氏(東大工学系研究科准教授)
講演6:「トポロジカルフォトニクス:純粋数学が与える光学の新しい潮流」雨宮智宏氏(東工大科学技術創成研究院助教)
講演7:「フォノンエンジニアリングの創成」野村政宏氏(東大先端科学技術研究センター准教授)
講演8:「深紫外光により生体を診る」熊本康昭氏(阪大工学系研究科助教)
閉会挨拶:美濃島薫氏(日本学術会議連携会員、電通大情報理工学研究科教授)

光学分野の先進技術を熱工学分野へ:フォノンエンジニアリング 
 光・量子エレクトロニクス研究を続けてきた野村氏が2010年に研究の世界をフォノン・熱領域に移したのは、「新しい分野を先駆的に開拓したい」、「デバイスのナノスケールでの熱マネジメントが重要になるのではないか」、「エネルギー問題の解決を通じて人類の役に立ちたい」、「実用化の経験を積みたい」という思いからだったという。以来、「光学分野の先進技術を熱工学分野へ」というテーマで、光学とのアナロジーによる新しい視点から伝熱工学を開拓して新展開を狙う研究を推進してきた。
 半導体において熱伝導を担うのがフォノンだ。その伝播を制御できれば、本来材料固有であるはずの熱伝導率を人工的に制御することが可能になる。野村氏は、ナノスケールで顕著に発現するフォノンの弾道性と波動性を利用した弾道フォノニクスや熱フォノニクスの研究を推進、これまで実現できなかった高度な熱流制御や熱伝導制御技術を開発した。
 具体的には、シリコンに微細な空孔を設けた周期構造(フォノニック結晶ナノ構造)を作製して、世界で初めてフォノンの弾道性を利用した指向性熱流の生成と固体集熱(熱レンズ)を実現、さらには熱の波動性(干渉)を利用した熱伝導制御にも成功した。
 誘電体表面において光とフォノンが連成した表面フォノンポラリトン熱伝導の研究では、表面フォノンポラリトンが窒化シリコン薄膜において主に熱伝導を担うことと表面フォノンポラリトン熱伝導がフォノン熱伝導を上回ることを確認。熱伝導、放射、対流の3つの主要な熱輸送機構に加え、薄膜材料では表面フォノンポラリトンも重要な放熱チャネルになることを示した。
 環境発電応用として、フォノニックナノ構造を用いた高性能シリコン平面型熱電変換デバイスも開発した。エネルギー利用効率を高める発電技術として、未利用の熱を活用する熱電環境発電が注目されている。未利用熱はあらゆる所にあり、熱電環境発電デバイスを搭載したセンサノードを実現できれば、膨大な数のエネルギー自立型センサが設置でき、スマート社会に必要不可欠な物理空間とサイバー空間を繋げることも可能になる。
 野村氏は、シリコンナノフォノニック結晶によって熱電変換能力を飛躍的に高める研究を進め、熱フォノンの平均自由行程スペクトルを考慮した材料設計で、これまでの10倍という熱変換効率を実現した。この研究はドイツのフライブルク大と行ったもので、この他にも熱電変換デバイスを用いたインフラモニタリングシステムの開発と応用実証実験を産学連携で実施した。
 「フォトンとフォノンの類似性とハイブリッドによる新展開を目指し、研究を続けて行きたい」。講演の終わりで、野村氏はこう抱負を述べていた。
(川尻 多加志)