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設立15周年を迎えた東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構
記念シンポジウムを開催

November, 15, 2021, 東京--東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構(ナノ量子機構:Nano Quine)が設立15周年を迎えた。
 同機構は、2006年(平成18年)に採択された文部科学省・先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム「ナノ量子情報エレクトロニクス連携研究拠点」に合わせて、ナノ科学技術や情報科学に立脚したイノベーション創出および人材育成を目的に設立された学内横断組織だ。
 異分野融合を図るほか、機構内組織である量子イノベーション協創センターで、シャープ、日本電気、日立、富士通研、QDレーザ、光電子融合基盤技術研究所(PETRA)などの協働機関がそれぞれ「東大企業ラボ」を設置、「場」と「ビジョン」を共有しながら、イノベーション創出を図るべく研究開発を進めてきた。同機構では、この分野の俯瞰的人材育成を図るために、産学連携による横断的教育プログラムも積極的に推進している。11月9日(火)には、設立15周年記念シンポジウムがオンラインで開催され、これまでの成果や今後の展望が報告された。

プログラム 
 先ずは当日のプログラムだが、講演タイトルと演者は以下の通りだ。講演では量子技術に関する最新の研究成果が報告されたが、本稿ではナノ量子機構の立ち上げに尽力された初代の機構長、荒川泰彦氏(写真:2018年撮影)による講演「ナノ量子機構はどこに向かうか~設立から15年を経て」について、その概要を紹介する。

「開会挨拶」平川一彦氏(ナノ量子機構長)
「挨拶」岡部徹氏(生研所長)
「挨拶」染谷隆夫氏(工学系研究科長)
「特別講演」藤井輝夫氏(総長)
【講演:8本】
「ナノ量子機構はどこに向かうか~設立から15年を経て」荒川泰彦氏(ナノ量子機構)
「量子コンピュータ×ナノ量子機構」中村泰信氏(先端研/理研)
「強磁性半導体”ルネサンス”とスピントロニクスへの応用」田中雅明氏(工学系研究科)
「QDレーザ社の発展」菅原充氏(QDレーザ)
「トポロジーで拓くフォトニクスの新展開」岩本敏氏(先端研)
「光量子コンピュータの現状と展望」武田俊太郎氏(工学系研究科)
「ハイブリッド量子回路」野口篤史氏(総合文化研究科)
「固体量子センサを用いた生体磁気計測」関野正樹氏(工学系研究科)
「閉会挨拶」古澤明氏(副機構長)

ナノ量子機構のこれまでと明日への展望 
 「量子1.0から2.0へはシームレスに進化・共存する」と語った荒川氏は、東大における量子技術研究の先達(霜田光一氏、久保亮五氏、高橋秀俊氏、後藤英一氏、植村泰忠氏、安藤恒也氏、菅野卓雄氏、榊裕之氏、江崎玲於奈氏)を紹介するとともに、ナノ量子機構発足の前夜、発足とこれまでの15年、そして今後の方向について語った。

 大型国家プロジェクトの大学委託の歴史を振り返れば、1990年代までは研究は個々の研究者の工夫によって行われており、産学連携も個別的かつ単発的だったという。しかし2000年頃、国家レベルでのナノデバイス開発の機運が高まり、大学と企業との連携を中核にして変革を起こそうという構想が文科省、産業界、学界で共有されるようになった。荒川氏は、超伝導研究で知られる田中昭二・東大名誉教授のリーダーシップが大きかったと回想する。
 ところが、当時は大学に大型研究開発プロジェクトを委託するという概念そのものがなく、その実現は難航。そんな状況の中で2001年6月、いわゆる小泉構造改革が立ち上がり、これによって話は一気に進んで行った。そして2002年、文科省の「世界最先端IT国家実現重点研究開発プロジェクト」がスタート、研究開発テーマの一つとして「光・電子デバイス技術の開発」が選ばれ、経産省でも同時に「フォトニックネットワーク技術開発」が発足、両プロジェクトは強く連携しながら押し進められることになった。
 東大では、生研と先端研共同の「ナノエレクトロニクス連携研究センター(NCRC)」が設立された。プロジェクトは初の省庁間連携大型国家プロジェクトであり、NCRCも初の大学部局間連携組織であった。大学と企業(東芝、日本電気、日立、富士通研など)とのシームレスな協業がうたわれ、初の企業研究者の大学常駐も実現した。
 大学予算で特任教員や特任研究員の採用も認められるようになった。プロジェクト推進にとってはこれが追い風になり、さらに光通信バブル崩壊による不況も、結果として企業の国家プロジェクトへの全面的参画の後押しとなった。こうして、量子ドットレーザや単一光子発生素子関連の研究開発はスタートした。
 プロジェクトはその後、文科省の「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」の「ナノ量子情報エレクトロニクス連携研究拠点(ナノ量子拠点)」に繋がっていく。このプログラムの目標は拠点の形成だったが、もう一つの特徴は長期的視点に立ったプロジェクトの設計と推進で、基礎的段階から研究開発に取り組み、開始後10年から15年後に実用化を達成するという目標が掲げられた。
 採択プロジェクトは、スタートから3年後に審査を受け、絞り込みも行われる(実際、9件のプロジェクトは4件に絞られたが、ナノ量子拠点の評価は高く継続となった)。産学対等の取り組みとしてマッチングファンドが採用され、企業は正式にコミットメントを提出するという形も採られた。
 拠点スペースとして、駒場リサーチキャンパスに部局の枠を超えた総長直轄の「ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構(ナノ量子機構)」が設立され、機構内組織の一つとして設けられた量子イノベーション協創センター内に、大学と産業界が「場」と「ビジョン」を共有するシャープ、日本電気、日立、富士通研の各「東大企業ラボ」が作られた(QDレーザとPETRAもその後に参画)。ちなみに、QDレーザは年間100万台の量子ドットレーザを市場に出荷する企業に成長し、2021年には東証マザーズに新規上場した。
 同機構における産学連携では日本電気と富士通が量子暗号通信の研究開発を推進、事業展開ではQDレーザとシャープによるウエハとチップの作製分担や、QDレーザとアイオーコア(PETRAが設立)がタッグを組んで光I/Oコアおよび光電子集積デバイスを開発するなど、東大をプラットフォームとした企業間連携が実現した。
 関連するプロジェクトは、内閣府「最先端研究開発プログラム(FIRST)」の「フォトニクス・エレクトロニクス融合システム基盤技術開発」から経産省「未来開拓研究プロジェクト」の「超低消費電力型光エレクトロニクス実装システム技術開発」に繋がり、現在も進行中だ。

 講演の最後で、荒川氏は同機構を量子技術分野の学術発展と産業技術創成・社会実装に貢献する包括的全学拠点と位置づけ、量子技術分野におけるハードウェア・デバイスの基礎研究の推進による学術的基礎の深化と多様な基盤技術を開発するとともに、東大企業ラボ等で構成される量子イノベーション協創センターを中心にした量子技術の社会実装のための研究開発を推進すると述べた。
 さらに、国産量子コンピュータ実現に向けた技術開発を牽引するためには、超伝導技術と光量子技術の両面からの研究開発推進が必要であり、分野強化のため理研・量子コンピュータ研究センターとの連携体制の構築を進め、広い視野のもと未来を切り拓く若手人材の育成を行っていくとも語っていた。
 「量子技術は10年から30年のスパンで研究開発を推進する必要がある」そう指摘する荒川氏は、同機構は横断型全学組織として、DX(デジタル・トランスフォーメーション)やGX(グリーン・トランスフォーメーション)などの社会目標の実現を目指し、広義の量子技術を展開してオープンイノベーションを実現すると抱負を述べ、講演を終えた。

 事前登録が200名を超えた今回のシンポジウム。量子技術の重要性は今後、ますます高まっていくだろう。ビジネスのみならず安全保障という観点からも、量子技術を制する者が世界を制すると言っても過言ではない。その意味からも、ナノ量子機構の今後の研究開発の進展には、大きな期待が寄せられている。
(川尻 多加志)