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レーザ誕生60年を振り返る
日本学術会議総合工学委員会ICO分科会、国際光デーシンポジウム2021を開催

June, 3, 2021, 東京--5月21日(金)、公開シンポジウム「国際光デーシンポジウム2021 ~レーザー誕生60年~」がオンラインで開催された(主催:日本学術会議総合工学委員会ICO分科会〈委員長:東大名誉教授/特任教授・荒川泰彦氏〉、共催:国際光年協議会)。
 1947年に創設されたICOは、54の国とOSAやSPIEなど七つの国際学会から構成される国際科学連合組織。我が国における対応は日本学術会議が担当している。ICO分科会は、ICOへの実際的な対応等を審議するとともに、我が国の光・量子科学技術の発展に資する活動を行うことを目的に設立されたものだ。
 国連は、光に関する新しい知識と光関連の活動促進の重要性を一般社会に浸透させていくため、2015年を「国際光年」と定め、その推進を担ったユネスコは2018年から5月16日を「国際光デー」と制定した(その理由は、セオドア・H・メイマン氏が、1960年のこの日にレーザ発振に成功したという主張に基づいている)。
 IOC分科会では、2015年の国際光年行事に引き続き、2018年7月と2019年6月、国内において国際光デーを記念するシンポジウムを開催している(レーザ発振の実際の60周年にあたる昨年は、新型コロナウイルスの影響により中止)。シンポジウム開催は、この分野が生み出したインパクトや今後のイノベーションを国内にアピールするとともに、学会間の交流、世代間の交流、次代の若手育成、新しい産業やコミュニティー創出を推進するために行われるものだ。
 今回のシンポジウムは、レーザ誕生60年を記念して、各種レーザの黎明期について分かりやすく紹介し、レーザ科学技術のこれまでの発展を振り返るとともに、今後を展望するという内容になった。主催者は、レーザ関連分野の研究者だけではなく、学生や一般市民がレーザ科学技術の発展や意義について理解を深めることを期待すると述べており、オンライン登録者数は五百数十名に及んだという。
 当日のプログラムは以下の通りだ。どれもが興味深く、普段では聞くことのできない歴史的に貴重な話ばかりであったが、講演数が10本と多数に及ぶことから、本稿ではノーベル物理学賞受賞者である名大大学院工学研究科教授、天野浩氏の特別講演「青色半導体レーザー誕生の頃」に的を絞り、次章においてその概要を紹介する。

プログラム 
※司会:谷田貝豊彦氏(日本学術会議連携会員、宇都宮大オプティクス教育研究センター特任教授)
◆開会挨拶:荒川泰彦氏(同会議連携会員、東大ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構特任教授)
◆講演1「レーザー科学の発展と未来社会」五神真氏(同会議連携会員、東大前総長)
◆講演2「黎明期のレーザー」植田憲一氏(同会議連携会員、電通大名誉教授)
◆講演3「半導体レーザーと面発光レーザーの誕生と発展」伊賀健一氏(東工大元学長)
※司会:河田聡氏(同会議連携会員、阪大名誉教授)
◆講演4「自由電子レーザーの誕生とその進展」石川哲也氏(理研放射光科学研究センター長)
◆講演5「チャープパルス増幅技術の誕生と進展」松尾由賀利氏(同会議連携会員、法政大理工学部教授)
◆講演6「アト秒レーザーの誕生と進展」山内薫氏(同会議連携会員、東大大学院理学系研究科教授)
◆講演7「光周波数コムの誕生と進展」美濃島薫氏(同会議連携会員、電通大大学院情報理工学研究科教授)
※司会:保立和夫氏(同会議連携会員、豊田工大学長)
◆特別講演「青色半導体レーザー誕生の頃」天野浩氏(同会議連携会員、名大大学院工学研究科教授)
※司会:笹木敬司氏(同会議連携会員、北大電子科学研究所教授)
◆講演8「分布帰還形レーザーの誕生と進展」中野義昭氏(同会議第三部会員、東大大学院工学系研究科教授)
◆講演9「フォトニック結晶レーザーの誕生と進展」野田進氏(同会議連携会員、京大工学研究科教授)
◆講演10「量子ドットレーザーの誕生と進展」荒川泰彦氏(同会議連携会員、東大ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構特任教授)
◆閉会挨拶:馬場俊彦氏(同会議連携会員、横浜国大大学院工学研究院教授)

青色LEDから青色LD、そして深紫外LDへ 
 天野氏の特別講演「青色半導体レーザー誕生の頃」は、今年4月に亡くなられた赤﨑勇氏の思い出からスタートした。赤﨑氏の頭の中には、常に「赤や緑は欧米に先んじられたが、青は日本のオリジナルで!」という思いがあったという。民間企業においてGaN研究をスタートさせた赤崎氏は、会社の研究撤退を機に名大へ移り、「我一人荒れ野を行く」覚悟で研究を再出発させた。
 名大では、日本オリジナルとして世界初のpn接合青色LEDを実現、「次は青色LDだ」と新たな研究をスタートさせ、着実に研究成果を積み上げていった。ところが1991年、ZnCdSe青緑色LDという強力なライバルが出現、これによりGaN研究者は世界からいなくなるかも知れないという危機的な状況に陥った。
 その時「ZnSeは波長として中途半端。AlGaInPの650nm-DVDの次は400nmのInGaN!」と、力強く後押しをしてくれたのが、パイオニアの當摩照夫氏だったという。同社との共同研究も実施された。企業からのサポートがあったからこそ研究に注力できた、と天野氏は当時を振り返った。
 その後、天野氏は定年を迎えた赤﨑氏とともに名城大に移り、数多くの研究成果を上げて行ったが、その一方で当時の日亜化学工業も次々と成果を発表、1996年1月、同社は遂に世界初の青色LDを実現した。「大学での開発は企業には勝てなかった」と、天野氏は回想した。
 天野氏は、サファイア基板の代わりにGaN基板を用いた室温長寿命LDという優れた技術の成功(NEC)にも拘らず、現実にはHD-DVD陣営(東芝、NEC)がBlu-ray-Disc陣営(ソニー、フィリップス、松下電器)に規格競争で敗れたという歴史的事実を振り返って、研究や技術の成功イコールビジネスの成功ではないということが身に染みて分かったと述べた。そして、時代は光ディスクからインターネットVOD(ビデオ・オン・デマンド)へ移って行った。
 名大に戻った天野氏の今の研究は、さらなる短波長を目指す深紫外LDだ。笹岡千秋氏(前述のNECにおける室温長寿命LDの開発者)をリーダーとした研究チームは2019年、旭化成との共同研究において世界最短波長271.8nmの室温発振に成功した。11年越しのブレークスルーであった。
 これは、AlN基板の採用と分布型分極ドーピング法をp型に適用するとともに、充実した大学のプロセス設備の基、TMAH(Tetramethylammonium hydride)を用いたドライエッチングとウェットエッチングを駆使して、反射鏡にはファセットコーティング技術を使って実現したものだ。現状はパルス発振に留まっているが、研究チームではCW発振に向け研究を進めている。
 深紫外LDは、光ディスクというかつてのアプリケーションは望むべくもなく、天野氏は明確なアプリケーションのビジョンがないままにスタートしたと述べた。もちろん、実現すれば光源は1億分の1に小型化でき、これによって産業用レーザ加工機の大幅な小型化と低消費電力化が期待できるのだが、CW発振や高出力化にはまだ時間を要するという現実の壁があり、今は不安な状態で研究費不足という問題にも直面しているという。天野氏は、「キラーアプリケーションのアイデアがあれば、是非サポートさせてください!」と訴えて講演を終了した。我こそはと思う方がいたら、連絡をされたらどうだろう。

日本における光関連の記念日
 「国際光デー」の他にも2007年、日本学術振興会光エレクトロニクス第130 委員会は3月8日を「光の日」に制定しており、毎年この日付の近辺では「光の日」公開シンポジウムが開催されている。この日を「光の日」に選んだのは、光の速さが真空中でほぼ 3×108m/s であり、フォトンは吸収されない限り休むことなく走り続けるとの理由からだ。
 今年のシンポジウムは「光エレクトロニクスにおける産学連携、委員会は何を目指すのか!」というテーマで3月8日(月)、オンライン開催された。主催した日本光学会光エレクトロニクス産学連携専門委員会(委員長:宇都宮大特任教授・黒田和男氏)は、社会構造や状況、産業会と学界の関わり方が変化していくなか、これからの光エレクトロニクスにおける産学連携の在り方を考えることを目的に、光エレクトロニクス第130委員会を基にして、昨年の4月に発足したものだ(1961年に光と電波の境界領域研究会の名称で設立された光エレクトロニクス第130委員会は2020年3月を以て解散)。
 この他にも、応用物理学会微小光学研究会(代表:伊賀健一氏)は今年、3月22日を「面発光レーザーの日」に制定した。面発光レーザは、言わずと知れた伊賀氏が発明した基板と垂直にレーザビームを放射する半導体レーザ。日付の由来は、1977年3月22日に伊賀氏が面発光レーザを発案、これを研究ノートに記載したことに基づいている。
 同研究会では、記念日の制定によって日本発のデバイスである面発光レーザを内外にアピールしたいとしており、記念日前後には毎年関連するシンポジウムを開催する他、リモート懇談会や研究会も行う予定だ。
(川尻 多加志)