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可視光レーザの高出力化とその安全性
光産業技術振興協会、光産業技術標準化国際シンポジウムを開催

March, 2, 2021, 東京--光産業技術振興協会の光産業技術標準化国際シンポジウムが2月15日(月)から26日(金)までの12日間、オンラインで開催された。
 同協会では1981年以来、オプトエレクトロニクス等のJIS(日本産業規格)原案の検討・作成を通じて標準化を継続的に推進しており、同協会原案作成のもと日本規格協会の協力で制定されたJISと、日本産業標準調査会を通じて公表した標準報告書(TR)は優に300件を越えている。
 国際標準については、ISO(国際標準化機構)およびIEC(国際電気標準会議)等の国際会議に日本からエキスパートを派遣することで、日本の意見を積極的に国際規格へ反映するよう注力、国内にISO/TC 172/SC 9(レーザおよび電気光学システム)およびIEC/TC 76(レーザ安全)に対応する審議組織を設置して国際規格への提案を行うとともに、光産業技術振興協会規格(OITDA規格)およびOITDA技術資料(TP)を審議し、制定・公表も実施している。
 標準化で極めて重要とされるのが適切なタイミングだ。その対応のため、同協会では1988年、光産業技術標準化会を設立、光産業技術標準化国際シンポジウムは、レーザの安全性に関する国際標準の策定および普及・啓発活動の一環として開催されているもので、今年度のテーマには「可視光ビーム応用とレーザ安全性」が選ばれた。
 シンポジウムでは、以下に示すように米国と中国の専門家2人に加え、日本からは可視光レーザの高出力化と安全性に関する最近のトピックスや、進展著しい高出力青色ダイレクトダイオードレーザと加工事例が安全対策を含め紹介された。このうち、本稿では近畿大の橋新裕一氏の講演を紹介する。

◆可視光領域のレーザ応用とその安全性に関する最近のトピックス:橋新裕一氏(近畿大)
◆レーザガイド星システム用の航空機回避システムとその運用:Gustavo Rahmer氏(米国LBT天文台)
◆新中国規格「レーザポインタ製品の光放射に対する要求事項」の概要とねらい:呉愛平氏(中国科学院・航空宇宙情報革新研究院)
◆高出力青色ダイレクトダイオードレーザの加工応用とそのレーザ安全性:皆川邦彦氏(レーザーライン)

可視光レーザの高出力化と安全
 橋新氏は、一般消費者に対する啓発活動の一環として、可視光レーザの高出力化とその安全性に関する最近のトピックスを解説した。
 一般の消費者がレーザ光を身近で目にしたのは、スーパーマーケット等のレジで使われるバーコードリーダ用の赤色レーザだろう。今では購入できるレーザ応用製品も多岐に渡っており、レーザポインタは指示棒や天体観測用の他、猫じゃらし用にも使われ、近年ではレーザ脱毛器や美顔器も安価となって売り上げを伸ばしている。
 可視光レーザの医療応用では、網膜等の眼疾患治療には532~670nmが、あざ等の皮膚良性血管病変治療には595nm、良性前立腺肥大症治療には532nm、早期肺がん等に対する光線力学的療法には664nm、最近では悪性腫瘍への光免疫療法に690nmと、様々な波長のレーザが用いられている。
 普及に伴い事件も発生するようになった。1999年には、授業中に生徒が教師に向け3mの距離からレーザポインタを執拗に照射、網膜損傷で教師の矯正視力が1.2から2か月後に0.05(半年たっても0.2)に低下してしまうという事件が起こった。2008年、サッカーワールドカップ・アジア最終予選の日本対バーレーン戦で、日本選手が何度も緑色レーザを照射されるという妨害行為も強く記憶に残っている。
 2000年までの事件の主役は、市販の赤色レーザポインタ(クラス2)だった。製品が安価になってきたので小中学生でも購入が可能になり、いたずらに用いられた。取り扱い説明書が英語表記だったので、人に向けて照射してはいけないことが分からなかったというのが問題となり、一時期販売が自粛された。
 2005年頃からは、緑色のレーザポインタ(クラス2)が登場。緑色は視感度曲線のピークにあり、同じパワーでも赤色より明るく見えることから一躍主役に躍り出て、安価になるにつれ今度は大人が球技場などで選手にレーザを照射する事件が頻発するようになった。
 その後、クラス2よりさらに高出力のレーザポインタが現れ、危機感を強めた経済産業省は2009年7月、一般消費者向けに注意喚起のリーフレットを作成、PSCマーク(消費生活用製品安全法マーク)の付いていないレーザポインタは危険であると記載して周知を図った。
 2014年頃からはクラス3R、クラス4のレーザポインタが登場して、これらによる事件が多発するようになる。2016年、走行中のバスにレーザポインタを照射したとして、遂に逮捕者が出た。押収されたレーザポインタは、533nm/1.3mW(クラス2)、541nm/193mW(クラス3B)、458nm/2,340mW(クラス4)などであった。2019年には60Wの青色レーザがネット販売されるに至った。
 我が国におけるレーザ規制には、レーザ光線による障害防止対策要綱、労働安全衛生法、消費生活用製品安全法、製造物責任法、電気用品安全法、薬事法などがあり、これらの順守が求められている。2010年には消費生活用製品安全法が改正され、レーザポインタは携帯用レーザ応用装置の特別特定製品に分類され、技術基準適合の自己確認と第三者機関の検査が義務付けられた。基準に適合すればPSCマークが貼付できる。
 旅客機にレーザが照射される事件も続発している。我が国では2010年(7月以降)に2件だったものが2011年には11件、2012年には36件、2013年には37件と増え続け、2016年7月までに累計194件に達している。米国では1日10~11件も発生しているという報告も上がっている。
 このような状況に対し、経済産業省は2016年、PSCマークの付いていないレーザポインタの販売と販売目的の陳列を禁止した。同年7月には、7府県警が同法違反の疑いで4人を逮捕、10業者の家宅捜査で1,000個以上の違法レーザポインタを押収した。さらに、国土交通省は同年、航空法施行規則の一部を改正、「航空機の飛行に影響を及ぼすおそれのある行為で国土交通省令で定めるもの」に、「レーザー光を進入表面等の上空の空域等を飛行する航空機に向かって照射する」ことを追加した。
 一連の規制強化で事件の減少が期待されたが、その後も事件は相次ぐ。中でも航行中の船舶に対し衝突回避のための警告目的で、高出力レーザポインタが照射されるという行為が日常的に行われていることが判明。当事者はこれを危険な行為だとは認識しておらず、問題視した国土交通省は2019年10月、注意喚起のためのリーフレットを作成して関係部署への周知を行った。

レーザ製品のクラス分けと危険評価ならびに病理学的影響
 レーザ製品は、被ばく放出(レーザ放射)の出力パワーと波長の組合せに基づいて、クラス1、1C、1M、2、2M、3R、3B、4の8つのクラスに分かれる。数字が大きいほど危険であり、このうち1Cと3R、3B、4では保護メガネの装着が必要だ。以下にレーザ製品のクラス分けによる危険評価を示す。

クラス1:通常使用では安全。暗い環境下で可視のレーザ光が目に直接入ると、目がくらむなどの視覚的影響が出る場合がある。
クラス1C:レーザ照射が当該目標に接触させて用いる場合、クラス1に同じ。
クラス1M:光学器具を使用しなければクラス1と同様に安全。ルーペや双眼鏡などの光学器具の使用中にレーザ光が目に入ると危険な場合がある。暗い環境下で可視のレーザ光が目に直接入ると、目がくらむなどの視覚的影響が出る場合がある。
クラス2:クラス1を上回る可視光で、まばたきなどの自然な生理的嫌悪反応により安全。ただし残像による一時的な視力障害や、驚きによる体の反応のリスクに注意が必要。
クラス2M:光学器具を使用しなければクラス2と同等だが、ルーペや双眼鏡などの光学器具の使用中にレーザ光が目に入ると危険な場合がある。また残像による一時的な視力障害や、驚きによる体の反応のリスクに注意が必要。
クラス3R:意図的にレーザ光を見続けることは危険であるが、その障害はクラス3Bに比べて比較的少ない。残像による一時的な視力障害や、驚きによる体の反応のリスクに注意が必要。
クラス3B:偶然による短時間の照射であっても、レーザ光が目に直接入ることは危険。目以外でも条件により、軽度の皮膚障害または可燃物の点火を起こす可能性がある。
クラス4:短時間であっても、またたとえ散乱光でも非常に危険。目だけでなく皮膚障害や火災発生の危険性もある。

 光に対する過度な露光に伴う波長ごとの目/皮膚における病理学的影響は以下の通りだ。

紫外C(180nm~280nm):光化学的角膜炎/紅斑(日焼け)・皮膚老化プロセスの加速・色素の増加
紫外B(280nm~315nm):同上
紫外A(315nm~400nm):光化学的白内障/色素の増強・光線過敏症・皮膚のやけど
可視(400nm~780nm):光化学的及び熱的網膜損傷/色素の増強・光線過敏症・皮膚のやけど
赤外A(780nm~1.4μm):白内障・網膜熱傷/皮膚のやけど
赤外B(1.4μm~3μm):前房フレア・白内障・角膜熱傷/皮膚のやけど
赤外C(3μm~1mm):角膜熱傷/皮膚のやけど
 
 橋新氏は、一般消費者向けのレーザ・ユーザーズガイドとして、レーザ光を直接見ない。他人に向けない。燃えやすいものに向けない。鏡やガラス、金属類に向けない。本来の目的以外の用途に使用しない。おもちゃ以外のレーザ製品は子供に使わせない。レーザ製品のラベルでクラスを確認する。クラスが1C、3R、3B、4の場合は保護メガネを着用する。レーザ脱毛器・美顔器の場合は瞼に照射しない。クラス2B、3R、3B、4のレーザポインタは購入しないことなどを列挙した。

可視光以外のレーザとレーザ以外の光源による事故
 赤外レーザポインタは、おもちゃのレーザシューティング用に使われており、メーカは短時間の一発照射なので安全としているが、憂慮すべき事例だと指摘されている。市場では300mWや1,000mWの赤外レーザポインタも販売されている。
 高輝度ランプ光源(IPL:Intense Pulsed Light)による脱毛でも事故は起こっている。基本的に、医師免許を有しない者が業として脱毛行為を行えば医師法第17条に違反する。エステサロンで可能な施療は脱毛ではなく減毛だ。IPLによる障害はやけどの他にも傷や色素沈着、紫斑、虹彩障害(目をつむったままIPLを照射したことによる)などを起こす。
 埼玉県では、皮膚科クリニックにおいてレーザ脱毛で顔にやけどを負うという事件が発生した。施術は無資格の職員によって行われ、院長と元職員4人が業務上過失傷害と保健師助産師看護師法違反で送検された。クリニックでは、2015年から2017年にかけて約900人に施術を行っていたという。
 ネットでは、15万ルーメンのLEDサーチライトや30万ルーメンのLED懐中電灯まで販売されている。2006年には、中学生がおもちゃのブラックライトに使用されている紫外LEDを目に照射され、網膜障害を起こしたという事件も起こった。

 橋新氏は、1960年のレーザ登場から2020年で60年、レーザは成熟期を迎え、各種応用製品の普及・拡大に伴って一般消費者が使用するレーザ製品も登場してきたが、それに伴って起こる事件や事故はレーザの発展を阻害し風評被害も生むとして、レーザ関連学会・協会と関係省庁が国民の安全を確保し、安心して使ってもらえるよう情報発信、安全教育など、啓発活動を進めて行くことが重要だと述べた。

ユーザフレンドリーな方式
 今回のシンポジウムは、2月15日から12日間、ビデオプレゼンテーションとしてWEB公開されたもので、米国と中国の講演は日本語同時通訳付きも選択できた。参加希望者にはURLが通知され、その間は何時でも何度でも聴講でき、しかも順番も聞き直しも自由という聴講者にとって、とても利便性の高いものであった。
 昨年12月のレポートでも触れたが、応用物理学会・フォトニクス分科会もYouTubeを用いたオンラインセミナーを実施して好評を博しており、今は主流のWeb会議アプリとは別に、今回のような方式のシンポジウムやセミナーも今後拡がって行くのではないだろうか。
(川尻 多加志)