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世界をリードする日本の量子暗号通信技術
「InterOpt2021」でフォトニクス分科会がオンライン・ミニセミナーを開催

December, 18, 2020, 東京--12月9日(水)から11日(金)まで東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催された「InterOpt2021」(オンライン展示会の会期は2021年の1月15日(金)まで)の期間中、応用物理学会・フォトニクス分科会(幹事長:栗村直氏〈物質・材料研〉)がYouTubeによるオンライン・ミニセミナーを開催した。
 RSA暗号や楕円曲線暗号など、現状使用されている暗号技術は量子コンピュータによって早晩危殆化する。このような状況の中、絶対安全な量子暗号の必要性はますます高まっており、その普及が緊急の課題となっている。
 今回セミナーで取り上げられたのは、今一番ホットなテーマである「量子通信とフォトニクス」。量子通信に必要な検出素子を始め、世界をリードするNECと東芝の量子暗号通信技術に関する最新の研究開発事例が紹介された。

量子通信技術の最新動向
 冒頭、副幹事長の片山郁文氏(横浜国大)は、機関誌である「Phtonics Division」やセミナー、シンポジウム、フォトニクスワークショップ、フォトニクス奨励賞等、フォトニクス分科会の各種アクティビティを紹介した。
 その後に続く各講演では、量子通信に関する最新の研究開発事例に加え、海外の研究開発体制や国際標準化についても報告されたが、その全てをここで紹介するとなると余りに長くなってしまう。本稿では各講演者の発表した研究開発事例を中心に報告する。

◆NECの量子暗号技術への取り組み:飯塚浩巳氏(NEC)
 「ワンタイムパッド(OTP)」と「量子鍵配送(QKD)」を組み合わせて行う量子暗号。そこで使用するOTPは平文と同じ長さの暗号鍵で暗号化を行うというもので、暗号鍵は物理乱数に限りなく近いため安全で、かつ使用済み暗号鍵は廃棄して二度と使用しないので永続的に解読が不可能だ。
 一方のQKDは1光子(単一光子)に1bitの鍵情報を乗せて配送する。配送中に光子(鍵情報)が盗まれると受信側には鍵情報が届かず(光子1粒はそれ以上分解できない)、また鍵情報を盗み見ただけでも受信側で盗聴が分かる(光子は観測すると状態が変化する)ので、盗聴の防止と検知が可能となる。
 情報通信研究機構(NICT)や革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)などの委託研究において量子暗号の研究開発を実施してきた同社が取り組むのは、BB84方式とCV-QKD方式の2方式の量子暗号技術だ(CV-QKD方式は基礎研究中とのこと)。
 BB84方式は最もポピュラーな配送方式であり、単一光子に鍵情報を乗せて伝送するというもので、単一光子を伝送する専用の量子通信路が必要だ。これに対し、CV-QKD方式は光の位相を利用して鍵情報を伝送する。専用光ファイバは不要で、既存の光ファイバとの共用が可能だが、まだ研究途中の方式だという。
 量子鍵配送(QKD)には通信距離と生成速度に制限がある。距離については、光ファイバの伝送損失と光子検出性能の限界によって現状50kmが限度とされており、生成速度に至っては、量子鍵の大半が伝送路上で減衰して、鍵抽出処理過程でも選別・破棄されてしまうので、元となる物理乱数源1Gbpsに対し生成される暗号鍵は100kbpと、1/100に減ってしまう。
 この課題に対し、同社では直接QKDリンクで接続されていないノード間で安全に鍵を共有する鍵リレー転送によって長距離化を図るとともに、現代暗号であるAESを鍵配送に利用するハイブリッド運用によって生成速度の高速化を図った。
 同社では、100kbpsの通信用1波長システムを基本に、拡張システムとして暗号鍵生成速度を高速化した1Mbps通信用波長多重(8波)システムのプロトタイプを開発している。小型化・低コスト化を目指し、装置容量は1/4になる見通しだという。
 フィールド検証については、NICT小金井とNEC府中間の22kmの商用ファイバ(区間の95%以上が架空)を用いて実施した。昼夜間の環境変動があったにもかかわらず30日間の連続稼働の結果、平均鍵生成速度112.4kbpsを達成、量子ビット誤り率も1.7%と、一般指標とされる4%に比べ高品質を実現した。評価実験は、同社のサイバーセキュリティ・ファクトリーでも実施しており、1年間の長期試験の結果、量子ビット誤り率2%以下、鍵生成速度70kbpsでの安定動作を確認したとのことだ。
 実証例としては、QKDと同社の顔認証技術を組み合わせて生体情報漏洩リスク対策に適用、大手町・小金井間の東京QKDネットワークでは、東京オリンピック・パラリンピックの出場選手用電子カルテ用にユーザ顔認証と認証データを保護するシステムを開発、さらには医療電子カルテ情報保護と広域医療連携実証なども実施している。

◆超伝導光子検出器による量子検出素子の最先端について:福田大治氏(産総研)
 量子暗号や量子情報通信においては、最終的に光子を検出することで系の量子状態が決定されるため、単一光子検出技術には高い性能が求められる。要求性能として挙げられるのは、高い検出効力と係数率、低い時間ジッタ、偏光依存性がないことや光子数識別能力、等々だ。
 単一光子検出器の種類には、PMT(光電子増倍管)を用いたものやAPD(Avalanche Photo Diode)を用いたものが広く使用されているが、近年注目を集めているのが超伝導現象を検出に用いる超伝導光子検出器。種類としては、超伝導ストリップ光子検出器(SSPD)と超伝導転移端センサ(TES)の2種類がある。共通する特長は、高い検出効率と暗係数率がゼロという点だ。
 SSPDはON/OFF型・閾値型の検出器で、エネルギー分解能はないが、時間ジッタや応答速度に優れている。一方のTESは入射光子のエネルギーを熱として吸収、その際の温度上昇を超伝導体の抵抗変化として計測するというもので、エネルギー特性に優れている。
 講演では、超伝導光検出器の課題である、(1)如何に光子を低温下にあるTESに高効率で伝送するか、(2)到達した光子を如何にTESで効率よく検出するかの2点について、産総研での成果が紹介された。(1)については、鍵型のSi基板上に載せたTESにFC-PCファイバコネクタフェルールとスリーブを組み合わせた光ファイバ自己整合型構造を考案、低温のTESへ光子を高効率で伝送することに成功した。一方の(2)については、光吸収キャビティ内に23層の誘電体多層膜TESを配置する構造を採用することで、光子の高効率検出に成功している。
 福田氏は、高効率超伝導光検出器の量子情報通信への新しい応用に向けて、量子光万能ゲート実現に期待される光の量子的な状態(非ガウス状態)の生成事例や標準量子限界以下の最適量子受信機の実現、さらには広帯域スクイーズド光の光子数分布の初観測が量子情報通信の波長多重化への第一歩になると述べるとともに、単一光子検出器の検出効率標準の研究として、レーザ光減弱による標準光源と相関二格子による同時計数など、検出効率に関する評価法の研究も紹介した。

◆東芝の量子暗号通信技術の研究・開発、フィールド実証、標準化活動について:鯨岡真美子氏(東芝)
 同社の量子暗号通信技術は、1991年に設立した東芝ケンブリッジ研究所での量子半導体物理の基礎研究からスタートした。以来英国で基礎技術を開発し、実用化向け体制を日本で構築するという形が採られ、日英でのナショナルプロジェクトを活用した実証試験により長期運用実績を積み上げてきた。
 同社の採用する方式はBB84方式で、高速化においては距離10kmで10Mbpsを超える鍵配信速度を達成している。光検出にはAPDを使用して、検出率向上のために周期的なバックグラウンドノイズを除去する自己差分型回路技術を開発、光学素子制御と信号処理技術の融合によって1GHzクロック動作を実現した。ソフトウェアにおいても、処理負荷の高い秘匿性増強処理(大規模行列演算)を並列実行するアルゴリズムを開発、計算量を減らし暗号鍵生成処理のスループットを向上させることで10Mbpsの鍵配信速度を実現した。
 安定化については、光ファイバの振動や環境温度の変化などによって生じる位相や偏光の「ゆらぎ」をフィードバック技術により安定化させることに成功。安定化パルスを一定量送ることで、平常動作時からのずれを検出して、このずれを解消するように制御、強風時の安定動作を実証試験で確認した。
 相互運用性については、欧州標準化団体のETSIにて量子暗号通信システムにおける鍵提供インタフェース(API)の標準化を完了。これにより多様なシステム(OTP暗号通信アプリケーション、AES暗号通信アプリケーション、単一量子暗号通信システム、量子暗号ネットワークシステム等)での運用性を確保した。
 フィールド実証では、東京QKDネットワークの大手町-小金井間の光ファイバ45km(うち22kmは環境変化の影響を受ける架空線)で量子暗号が安定的に動作することを確認。平均鍵生成速度200~300kbps、77日間連続稼働、合計1.33Tbitの鍵データ交換に成功している。
 東北大と共同で行ったゲノム伝送では、実環境下での鍵配信速度10Mbpsを超える高速量子暗号通信を実証した。またSIPプロジェクトでは、全ゲノム配列データのリアルタイム伝送に成功、量子暗号技術が大容量データ伝送に活用できることとゲノム研究・ゲノム医療分野において実用レベルで活用できることを実証した。
 さらに、最新ゲノム医療であるクリニカルシークエンス(患者のゲノム情報や疾患関連遺伝子を次世代シーケンサで網羅的に解析、検出された遺伝子変化の結果を最新の臨床エビデンスと照らし合わせて疾患診断や治療方針選択の補助とする新しい検査法)向けシステムを構築、がん患者のゲノム解析情報のリアルタイム伝送と医師等専門家のオンライン会議情報の2種類のデータを安全に伝送できることを実証した。
 海外においては、英国のプロジェクト「Quantum Communication Hub」に参画。ケンブリッジ-ロンドン-ブリストルに設置した量子暗号装置を複数接続したネットワークを構築、実環境での動作実証を行った。さらに、今年度スタートの総務省プロジェクト「グローバル量子暗号通信網のための研究開発」にも参画、量子通信・暗号リンク技術やトレステッドノード技術、量子中継技術、広域ネットワーク構築・運用技術の研究開発を行う計画だ。

日本のポリシー
 講演は3日間YouTubeで聴講できたが、最終日11日(金)の15時からの約1時間はZOOMのWebinarを用いて質疑応答が行われた。出席者は、栗村幹事長と片山副幹事長に加え、講演者であるNECの飯塚氏、産総研の福田氏、東芝の鯨岡氏、さらに横浜国大の小坂英男氏(量子中継ネットワークについても概説)とNTTの石澤淳氏の合計7名。
 出席者からは、「日本人によって提案された量子アニーリング技術が商用化では海外メーカに先を越されてしまった。似たような事例は幾つもあり、日本人は新しいものに対する懐の深さをもっと持つべきではないか」、「日本の技術は現状で世界のトップランナーだが、課題は世界のマス領域でどれだけ戦えるかだ」、「国家レベルで技術力を上げている中国の台頭を見据え、標準化を含め基礎的ポテンシャルを有する日本が世界を牽引して行くべきだ」、「産業の空洞化に伴って、日本のモノづくり力は落ちている」、「研究者がもっと増えて行かなければ」等々、日本の取るべきポリシーや課題が指摘された。

ストレスフリーのオンラインセミナー
 YouTubeを用いた今回のセミナー、参加者にとって非常に使い勝手の良いものであった。期間中であれば何時でも何回でも聴講できるし、分からなかった所だけを巻き戻すこともできる。広告が出て来て邪魔されるかと思いきや、広告は一度も入らなかった。非常に良く出来たシステムで、ストレスフリーであった。高い評価が得られたのではないだろうか。
 さて、本稿冒頭で記したように、同分科会では様々なアクティビティを実施している。これらの予定については、下記のURLを参照されたい。
https://annex.jsap.or.jp/photonics/event-schedule/201220-1221
(川尻 多加志)