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光学技術における深層学習応用の最前線
AI Optics研究グループ、第5回研究会をオンラインで開催

July, 27, 2020, 東京--7月20日(月)、日本光学会・AI Optics研究グループ(代表幹事:阪大・谷田純氏:写真)の第5回研究会がオンラインで開催された。テーマには「光学技術における深層学習の応用」が取り上げられた。

AI Optics研究グループ
 AI Optics研究グループの設立は2018年の10月。代表幹事の谷田氏は、同研究グループホームページにおいて、設立の趣旨を次のように述べている。「(本格的なAI時代の到来という)この急激なパラダイムシフトに際し、我々光学分野の技術者に求められる対応としては、AIの技術動向を的確に察知し、また自身の研究に適用するための実装技術を身に着けることです。世界の先駆的な光学技術者がすでにAIを活用し始めている現状を踏まえると、これらのAIへの対応は、得手不得手を問わずすべての研究者に求められていることは明らかであり、AIを使いこなせないばかりに、我が国が持つ光学分野での技術的な優位性を失ってはなりません。このような状況を鑑み本研究グループは、光学技術者が必要とするAI技術の情報共有や技術的サポートを提供し、加速化するAI時代にも世界最先端の光学研究者として活躍していくために必要な技術基盤を、参加するメンバー誰もが具備し得るための活動を行ってまいります」。
 同研究会では、具体的な活動として最新AI技術の情報共有と議論の場としてのシンポジウムや研究会の企画、Webマガジン等の情報発信、講習会の開催や掲示板等での技術サポート、オープンソース提供、異分野や他学会との交流等を展開している。
 なお、今回の研究会は開催日が20日(月)と31日(金)の2回に分かれた2部構成となっており、前半がレーザプロセッシング関連、後半がイメージング関連となっている。本稿では、20日に行われたレーザプロセッシング関連の講演3本について、その概要をレポートする。

プログラム
 開会挨拶を行った代表幹事の谷田氏は、AI Optics研究グループは日本光学会の中でも最も新しく、機動力のある研究グループだと述べるとともに、今回の研究会は新しい試みとして、日本光学会の機関紙「光学」の2020年49巻5号の特集との連動企画にしたと説明。「光学」は優れた解説が日本語で読める、光学分野では非常に貴重な存在であると指摘した上で、今後このような企画が拡がって行けば良いと述べた。

◆深層学習支援によるレーザー加工の最適化:東大・物性研究所 谷峻太郎氏
 「なぜ物は切れるのか」。そう言って講演をスタートさせた谷氏は、その解明の難しさについて、それが一旦切ったら元には戻せない不可逆過程であり、かつ過渡過程もブラックボックスになっているからだと指摘した。
 超短パルスレーザ加工の応用は、微細加工や表面の高機能化、ナノ粒子生成、CFRPの切断などがあるが、加工パラメータの最適化には、目的や材料、光源に応じたパラメータ出しが必要。しかしながら、現状ではそれが経験と勘で行われており、数カ月から1年という労力が費やされている。そこで求められるのが、レーザ加工過程において、何をどこまで制御できるのかを明らかにする「レーザ加工の学理」だ。
 不可逆過程を定量化できないのは、その観測が困難なためだが、その要因としてはパラメータの少しの変化で大きく結果が変わってしまう非線形性と、大きなヒステリシスを持つ多階層性が挙げられる。超短パルスレーザでは、瞬間的に高温高圧極限状態が作られるが、そこに存在する非線形性と多階層性の解明が求められている。
 谷氏の研究グループは、1秒間に1,000枚の加工データを取得できるレーザ加工ナノ精度高速3次元形状測定装置を作製、綺麗な表面と汚い表面に対する多パルス照射に伴う不可逆初期条件を明らかにした。実験では、パルスエネルギーを変えながら穴あけ加工を行ったところ、「揺らぎ」の存在が明らかになった。多パルス照射の場合は、この「揺らぎ」という要素を入れた形で現象を考える必要があるという。
 研究グループでは、散乱光によるレーザ加工進捗過程モニタリングで、深層学習による「定量的」なデータ抽出を試みた。結果として、溝加工深さ測定においてはGPUにより100μ秒以内での計算が可能となり、ほぼリアルタイムのフィードバックが可能になった。さらに、加工材料の予測も高い精度でできることを確認、穴あけ加工体積の測定にも成功した。
 谷氏は、意味あるデータを如何に収集・管理するかが問題だと指摘する。そこで、研究グループではデータベースを構築、加工や測定、データ処理方法、最適化アルゴリズム等に関するデータを一元管理して、ネットワーク経由でアクセスできるようにした。
 講演では、レーザ加工や加工機・光源に関する情報をNDA(秘密保持契約)枠内で共有するため、2017年に設立された協調領域形成のためのレーザ加工プラットフォーム「TACMI」コンソーシアム(高効率レーザープロセッシング推進コンソーシアム)も紹介された。現在、約70法人が参画しているとのことだ。
 谷氏は、深層学習はレーザ加工のような不可逆過程を扱う上で非常に強力なツールになるが、質の良いデータを如何に大量に集めるかが課題であり、そのための議論をできればと述べ講演を終えた。

◆深層学習による培養細胞のレーザープロセシング:理研・バイオリソース研究センター 林洋平氏
 再生医療や難病の研究、創薬のため、iPS細胞を用いる研究領域では細胞種の分類・選別や細胞操作の自動化が求められている。林氏は、接着細胞を純化(選別)する各種の方法を紹介した上で、共同研究で開発した、接着細胞を「解離させず」、「スループットよく」、「自動的に」純化(選別)させる、光応答性ポリマーに対するレーザ走査による(間接的)細胞致死法(LiLACK:Laser-induced, Light-responsive-polymer-Activated, Cell Killing)について解説した。
 これは、細胞ディッシュの底面に光応答性基材(ポリマー)をコーティングして、下からレーザを照射して直上の細胞のみを致死・切断するというもので、蛍光がないので蛍光観察に干渉しない、光分解しにくいので低分子成分を生じない、405nmの光を効率的に吸収するので幅広い可視域で高い光透過性があるといった特長を有している。
 レーザで直接細胞を致死させる既存の方式だと、系全体の温度が上昇して回りの細胞にも悪影響が及ぶのに対し、LiLACKでは影響が局所的なので、レーザ照射部位のみが致死する。この方法でiPS細胞の長期培養に成功し、その有用性も確認できた。
 研究グループでは、教師ありデータに基づく深層学習(畳み込みニューラルネットワーク)による未分化・分化iPS細胞の自動判別法と、これを用いた突発的分化細胞のレーザ照射自動除去法も開発した。これによって不要細胞の7割を除去することができ、iPS細胞(未分化細胞)を97%以上に純化することに成功、100,000細胞/秒というスループットも実現した。課題は、光応答性基材塗布ディッシュが必要なことと、適用例がまだ少ないという点だという。
 講演では、CARS(Coherent Anti-stokes Raman Spectrometry)による非侵襲での細胞種・状態分類に関する共同研究も紹介された。研究グループでは、新規装置の開発によって世界最速のpixel dwell time(データ取り込み時間)でのCARS分光イメージング測定と、SH(第二高調波)イメージによる細胞分類(内胚葉、中胚葉、外胚葉、未分化iPS細胞の4種類)・判別に成功した。
 林氏は、CARSデータに対するAI技術適用の今後の課題を、CARSデータ(スペクトル、画像)の機械学習(ディープラーニング)による細胞状態・種類の分類・解析、マルチオミックスデータ(トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボローム)との統合・相関解析、CARSによる細胞分類とレーザ細胞プロセッシング(細胞選別)の融合と指摘した。

◆深層学習を用いた計算機リソグラフィー:キオクシア 松縄哲明氏
 世界で生成されるデジタルデータ量が急増する中、各メーカはメモリ形状を2次元から3次元にすることで、その容量を飛躍的に向上させてきたが、半導体プロセスでは計算機リソグラフィによるシミュレーションを行わずに、機械学習・深層学習を適用する研究が盛んに検討されている。このような状況の中、松縄氏はレジストシミュレーションモデルにおける従来モデルと深層学習(畳み込みニューラルネットワーク)モデルを比較、高精度化と高速化の間には二律背面があると指摘した。
 具体的には、従来モデルはモデル式に強い制約があるため、高速だが精度に問題があり、一方の深層学習は大量のパラメータを最適化する方針を取ることによって高精度を実現するが、速度は低下してしまう。そこで考えられたのが、既知の物理的制約を積極的に活用して従来モデルの制約を緩和する方法。これによって高速化と精度の向上が図られた。松縄氏は、定式化を改めることで(線形問題にすることで自由度を増やし)、精度と時間の二律背面を解決したと述べた。
 ウェハ上において所望の形状にならない不良パターンを危険パターンという。松縄氏はかつて、深層学習を用いて、この危険パターンを高精度で検出することに成功した。しかしながら、これは学会が提供したベンチマークで上手くいった(たまたま上手くいった)だけであり、実データを用いて行ったところ、結果は全く上手くいかなかったと述べた。
 松縄氏は、定式化自体がおかしいと指摘する。ウェハプロセスでは揺らぎによって危険パターンが出る。その確率的な現象に0/1のラベルを付けていることが間違いなのだという。危険パターン検出問題は、ニコラス分類で定式化してはいけないのであって、危険確率は0か1ではなく連続値で表現すべきだとする。松縄氏はその主張を学会で論文発表したが、実際の学会では未だニコラス分類で定式化された危険パターン検出の論文が数多く発表されているという。
 言いたい放題でも文章に書いてしまえば定説になってしまう。松縄氏は、吉田兼好の「徒然草」から「世に語り伝ふること まことはあいなきにや 多くは皆虚事なり」、「いひたきままに語りなして 筆にも書きとどめぬれば やがてまた定まりぬ」という言葉を引用、論文や学会の定説、教科書を、疑問を持たずに信用することの危うさを指摘した。結論として、松縄氏は危険パターンの検出では、深層学習モデルより従来手法(干渉マップ)を使いこなした方が計算時間は速く、検出精度も高いと述べた。
 松縄氏は、深層学習が威力を発揮するのは物体・音声認識などの分野などであり、計算機リソグラフィ分野においては従来法が有効だと指摘した。そして、問題の本質に向き合う事が大切であり、本当に困っている事は何か、手段を目的にせず、当たり前の事をしっかりやることが重要だと述べた。

次回はシンポジウムを開催
 同研究グループでは11月14日(土)から17日(火)までの4日間、オンラインで行われる日本光学会年次学術講演会「OPJ2020(Optics & Photonics Japan 2020)」開催期間中の11月16日(月)、「AI Optics研究グループ企画シンポジウム」の開催を予定している。詳しくは下記ホームページを参照。
http://aioptics.jp/
(川尻 多加志)