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見えない世界を切り拓く光イメージング・センシング技術
光産業技術振興協会と光電子融合基盤技術研究所が光産業技術シンポジウムを開催

March, 10, 2020, 東京--イメージング・センシングに関わる光技術は、AIやIoTと融合しつつ、これまで見えなかったものを捉えることによって未来社会を築き、さらに我が国の産業を牽引するイノベーションを生み出すと、各方面より期待を集めている。
 このような状況の中、2月19日(水)リーガロイヤルホテル東京(東京都新宿区)で開催された2019年度「光産業技術シンポジウム」(主催:光産業技術振興協会〈光協会〉、光電子融合基盤技術研究所〈PETRA〉)では、「見えない世界を切り拓く光イメージング・センシング技術」をテーマに、注目の光イメージング・センシング技術とスーパーコンピュータや5Gネットワーク向け超小型光トランシーバに関する研究開発動向が報告された。

プログラム一覧
 先ずは、開会・来賓の挨拶の他、基調講演を始めとした各講演のタイトルと講演者を以下に記す。

【開会挨拶】光協会 副理事長兼専務理事 小谷泰久氏
【来賓挨拶】経済産業省 商務情報政策局情報産業課課長 菊川人吾氏
【基調講演】「イベント・ホライズン・テレスコープによるブラックホールシャドウ初撮影」国立天文台 水沢VLBI観測所助教 秦和弘氏
【講演】
「センシング技術が創る未来社会」産業技術総合研究所 センシングシステム研究センター副研究センター長 藤巻真氏
「内視鏡イメージング技術の新展開」オリンパス CTO統括室イノベーション推進、グローバル 五十嵐誠氏
「光イメージング・センシング技術ロードマップ-Seeing the Unseen-」東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻准教授 小関泰之氏
「スーパーコンピュータの動向と富岳について」富士通 プラットホーム開発本部システム開発統括部シニアアーキテクト 安島雄一郎氏
「超低消費電力型光エレクトロニクス実装システム技術開発-5Gネットワーク向け超小型光トランシーバー-」PETRA 情報通信システム化テーマリーダー 八重樫浩樹氏

各講演の概要
 「今年は、東京オリンピック・パラリンピックというシンボリックな年」。開会挨拶でこう述べた光協会の小谷泰久氏(写真)は、「令和最初の光産業技術シンポジウムは、光協会創立40周年記念事業の最初のイベント」であり、「ここ数年、本シンポジウムはそれまでの縦割り型ではなく、(ロードマップとともに)ニーズに重きを置いた光技術(のテーマ)で開催している」と、シンポジウムの特徴を説明した。

 次に登壇して来賓挨拶を行ったのは、経産省の菊川人吾氏。5Gの普及を後押しする「5G促進法案(5G設備投資企業支援法案)が閣議決定した」として、これにより「産業用途も一気に拡がる」と期待を表すとともに、政府の税制優遇支援によって5Gを振興すると述べた。
 さらに「5Gの出だしは遅れたが、ビヨンド5G(6G)では、低消費電力化やさらなる高速化のための光スイッチなど、光技術の進展がますます注目される」として、その進展によって「日本経済および世界経済のさらなる発展ができれば」と、光技術に対する期待を表明した。

 以下、その後に続く各講演概要を紹介する。

 基調講演を行った国立天文台の秦和弘氏は「イベント・ホライズン・テレスコープによるブラックホールシャドウ初撮影」の中で、人類初のブラックホールシャドウ撮像を目指したプロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」を紹介。EHTは、世界各地のミリ波電波望遠鏡を組み合わせ合成した地球規模の望遠鏡「超長基線電波干渉計(VLBI)」であり、今回5500万光年彼方のM87銀河を観測、その中心に存在するブラックホールの「影」を初めて画像に収めた。その解像度は約20マイクロ秒角、これは人間の視力300万に相当するという。
 今後はネットワークを拡張して、さらなる高画質・高解像度(視力450万へ)と、静止画から動画への進展を図るともに、東アジアVLBIネットワークの画像と組み合わせることで、今回の観測では解決できなかった最大の宿題、ブラックホールの重力を振り切って、ジェットがどうやって噴出するのかという謎の解明を目指す。
 秦氏は講演の最後で、ブラックホール観測に特化したEHTとは別に、宇宙における様々な謎を解明するため2021年から豪州と南アで建設が開始される次世代国際大型電波干渉計プロジェクト「Square Kilometer Array(SKA)」(EHT の100~200GHzに対し1GHz以下の低周波を使用、集光面積は100万km2に及ぶ)を紹介。さらにその先に計画されているSKA2(2020年代後半)では、アンテナ数がSKAの200台から2000台に増え、相関器の演算負荷も100倍(スパコン「京」の能力の4倍相当)になると指摘、低消費電力・低価格であることはもちろん、分散処理を行うためには光トランシーバや光スイッチがキーテクノロジーになるので、光分野の人々と協力をしていきたいと述べた。

 「センシング技術が創る未来社会」を講演した産総研の藤巻真氏は、同センター設立(昨年4月)の背景とそのミッション、センシング社会が創る未来社会像や新しい価値とサービスの在り方について解説した。
 同センターにおける開発事例としては、外力支援近接場照明バイオセンサによるウィルス検出(外部磁場を使用、抗体があれば新型ノロウィルスの検出も可能だという)、「混ぜて入れるだけ」でタンパク質の高感度測定ができる導波モードセンサ、近赤外分光を用いたコンクリート表面の塩分量分析技術(従来型分光器より1000倍以上高感度)、波長1200nmで脈波検出を行い血中中性脂肪の定量化ができる非侵襲血液検査装置、赤外分光を用いた農業用オンサイト・リアルモニタリングシステム、細孔部を正確に計測できる細径プローブ・デジタル顕微鏡を使用した工業用OCT(筒状サンプルでも切断せずに計測可能)、光ディスクを用いた微小物質可視化技術、350~1100nmの超広帯域LED素子などを紹介。
 最後に、同センターのセンシングワンストップサービスと、センシングシステム開発のための情報提供を行う「FIoTコンソーシアム」の紹介も行った。

 昼食後の講演一番手は、オリンパスの五十嵐誠氏。「内視鏡イメージング技術の新展開」の中で、AIを活用した同社の内視鏡画像診断技術や安全な内視鏡治療を支援する最新の画像強調観察技術などを紹介した。
 内視鏡医の経験と技量差による診断精度の変動を解決するため開発された同社のCADe(Computer-Aided-Detection)は、400万枚の教師画像を基にディープラーニングを用いて病変発見を支援する。病変の良悪性鑑別を支援するCADx(Computer-Aided-Diagnosis)では、組織採取をしなくても病理検査ができる超拡大内視鏡やAIを搭載した内視鏡画像診断支援ソフトウェアなどが紹介された。
 内視鏡治療における新たな画像強調観察技術RDI(Red-Dichromatic-Imaging)は、深部の血管や出血点を強調することで、出血頻度の軽減および医師のスキルに依存しない迅速かつ的確な止血処置の支援を行う。中心波長540nm、600nm、630nmの狭帯域光(半値幅20nm)を利用することで、比較的組織の深部に位置する太い血管(直径数百μm以上)や出血点の視認性を、従来の白色光と比べ改善することに成功した。

 東京大学の小関泰之氏は「光イメージング・センシング技術ロードマップ-Seeing the Unseen-」について解説した。光協会では、2011年度から5カ年計画による光テクノロジーロードマップを策定してきたが、2016年度以降は策定を特定応用分野に絞る方向に舵を切り、この方針の下2019年度は「見えないものを見る光イメージング・センシング」に関するロードマップを策定した。小関氏は、このロードマップを策定した光イメージング・センシング技術ロードマップ策定専門委員会の議長だ。
 同専門委員会では、2030年代の未来社会における光イメージング・センシング手法と、それらを実現するために必要な要素技術について、ライフサイエンス、医療、ヘルスケア、農畜産業、インフラの五つの領域でニーズを抽出、現時点での技術レベルと比較しながら、どのような手法の開発が必要になるかを議論して、各手法の実現に要求される要素技術を詳細にまとめた。
 小関氏は講演の最後で、(1)光の非破壊性、低侵襲性を活かした応用ニーズは、医療、農畜水産業、インフラに多数存在する。(2)萌芽的なイメージング・センシング技術も多数存在するが、実応用へのハードルは高く、有用性の高い技術を着実に発展させていくとともに、萌芽的な技術の創出を継続することが重要。(3)今後、超音波など他のイメージング・センシング技術との併用、光技術を活用するための分子プローブの開発、AIを始めとするデジタルテクノロジーとの連携をさらに強化していく必要があるとの提言を示した。

 コーヒーブレイクの後に「スーパーコンピュータの動向と富岳について」講演した富士通の安島雄一郎氏は、近年のスーパーコンピュータ(スパコン)の構成や各国の開発動向を紹介。高密度実装された筐体を数十台から数百台も接続する現在のスパコンでは、その筐体間接続に数百から数千本の光リンクが用いられている。日米中の各国はともに2020年代初頭に稼働するスパコンを開発中だが、我が国が開発している「富岳」は約400筐体で構成され、光リンク(4×28Gbps)を9万本以上使用するという。
 スパコンにおいては、すでにCPUやGPUのパッケージに三次元積層メモリが統合されているが、性能向上のため、より先進的なパッケージ技術の活用が求められている。米国では2017年からDARPAがCHIPS(Common Heterogeneous Integration and IP Reuse Strategies)プロジェクトを、2018年からはCHIPS などを含めたERI(Electronics Resurgence Initiative)をスタートさせており、5年間で15億ドル以上を投資して、パッケージに複数のChipletを統合する技術を推進中だ。これに伴いIntelやNVIDIAなど各社は、Chiplet間接続の省電力化と標準化に向けた開発に加え、新発想に基づいたパッケージ技術の開発を推し進めている。
 光伝送においても、Chipletでスイッチやブリッジを構成するHPE Gen-Zや、パッケージに統合できる光モジュールAyarLabs TeraPHYなどが注目を集めている。さらに、DARPAはネットワーク・インターフェースのハードウェアとシステムソフトウェアを根本的に見直して100倍のスループットを目指すFastNICs(Fast Network Interface Cards)プロジェクトを計画している。安島氏は、ここでOn-Package光モジュールの提案が出て来る可能性に注目していると述べた。

 しんがりは「超低消費電力型光エレクトロニクス実装システム技術開発-5Gネットワーク向け超小型光トランシーバー-」を講演したPETRAの八重樫浩樹氏だ。5Gの利用拡大には、設置場所を選ばない小型のスモールセル基地局が4Gの約100倍も必要で、そこに内蔵できる手のひらサイズの超小型光トランシーバの開発が求められている。
 シリコンフォトニクスは、光回路を超小型・低コストで製造できる技術。送信光源、受光素子、波長合分波フィルタなどの光学デバイスをシリコンのワンチップ上に集積することで、桁違いの小型化と省電力化、組み立て工程の大幅簡略による低コスト化が期待されている。
 講演では、PETRAが進めるプロジェクト「超低消費電力型光エレクトロニクス実装システム技術開発」におけるシリコンフォトニクス技術を用いた5Gネットワーク向け超小型光トランシーバの最新の開発状況について、具体的な開発事例として、TWDM-PON用ONU向け光送受信チップ(光アクセス用として世界で初めて10Gbps×4波×上り/下りの一芯双方向多重と偏波無依存受信動作をシリコンチップ上で実証)や同チップを電気回路基板に埋め込んだ集積光インターポーザに加え、要素デバイス技術として、上り4波/下り4波の合分波フィルタを介した一芯双方向送受信WDM光回路(偏波分離回転素子と2個のAWGで偏波ダイバーシティを構成)、スッポトサイズ変換器(モードフィールド径:3μm以上、高NAファイバに対する結合効率:-2.2dB)、Si変調器(TWDM-PONに必要な6dB以上を確保)、Geフォトダイオード(横型PIN構造を採用したPIN-PDと世界トップクラスの感度を実現したAPD)などが紹介された。

櫻井健二郎氏記念賞
 シンポジウム終了後、同会場において毎年恒例の櫻井健二郎氏記念賞の表彰式が行われた。2019年度(第35回)の受賞は「低しきい値・高速半導体メンブレンレーザの開発」で、NTTの松尾慎治氏、硴塚孝明氏(現・早大)、佐藤具就氏、武田浩司氏の4名の方々がその栄誉に輝いた。
(川尻 多加志)