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Society 5.0を実現する光・量子技術
「光・量子を活用したSociety 5.0実現化技術」公開シンポジウム2019、開催

November, 15, 2019, 東京--戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期の「光・量子を活用したSociety 5.0実現化技術」公開シンポジウム2019が11月1日(金)、内閣府と量子科学技術研究開発機構(QST)の共催のもと、東京大学・伊藤国際学術センター伊藤謝恩ホール(東京都文京区)で開催された。

Society 5.0
 Society 5.0とは、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムによって、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会のことだ。狩猟社会をSociety 1.0と捉えて、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において、我が国が目指すべき未来社会の姿として提唱された。
 これまでの情報社会(Society 4.0)では、人がサイバー空間に存在するクラウドサービス(データベース)にインターネット経由でアクセスして、情報やデータを入手して分析を行ってきた。そのため、知識や情報が共有されず、分野横断的な連携が不十分であるという問題があった。人の能力には限界があり、膨大な情報から必要な情報を見つけて分析する作業は大きな負担でもあった。
 Society 5.0では、フィジカル空間のセンサからの膨大な情報がサイバー空間に集積される。サイバー空間では、このビッグデータを人工知能(AI)が解析し、その解析結果がフィジカル空間の人間に様々な形でフィードバックされ、その結果これまでには出来なかった新たな価値が、産業や社会にもたらされる。

戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)
 我が国の経済再生と持続的経済成長の実現には、科学技術イノベーションが不可欠だ。そこで、内閣府総合科学技術・イノベーション会議では、内閣総理大臣や科学技術政策担当大臣のリーダーシップの下、我が国全体の科学技術を俯瞰する立場から、総合的・基本的な科学技術・イノベーション政策の企画立案と総合調整を進めてきた。そうした中で打ち出された施策の一つが「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」だ。
 SIPは、内閣府総合科学技術・イノベーション会議が司令塔機能を発揮して、府省の枠や旧来の分野を超えたマネジメントを行うことで科学技術・イノベーションを実現するとともに、国民にとって真に重要な社会的課題や日本経済再生に寄与できるような、世界を先導する課題に取り組むというもの。
 これまで、平成26年度から平成30年度までの5年間を第1期として11の課題(「重要インフラ等におけるサイバーセキュリティの確保」のみ平成27年度から令和元年まで)に取り組み、平成30年度からは第2期として12の課題が取り上げられ、研究が進められている。各課題を強力にリードするプログラムディレクター(PD)を中心に産学官連携を図り、基礎研究から実用化・事業化、すなわち出口までを見据え、一気通貫で研究開発を推進する。

光・量子を活用したSociety 5.0実現化技術
 第2期12課題の内の一つが「光・量子を活用したSociety 5.0実現化技術」プログラムだ。PDには西田直人氏(東芝・特別嘱託〈写真〉)が就任、研究開発計画の策定などのマネジメントを担い、量子科学技術研究開発機構(QST)が管理法人として、研究責任者の公募等を実施するなど、本課題を円滑に推進し、研究開発の進捗管理を行う体制を採っている。
 Society 5.0の実現の鍵となるのが、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させるサイバーフィジカルシステム(CPS)の構築だ。レーザ加工の利用は、今後ますます進展すると予測されているが、複雑な物理現象を伴うために加工条件のデジタル化は容易ではなく、このCPS化が非常に難しいと言われている。
 同プログラムでは、レーザ加工のCPS化によってほとんどの製造装置のスマート化が可能であることを証明するとともに、ネットワーク型製造システムの構築を通してSociety 5.0を実現することを目標に掲げている。確立したCPS構築手法は、スマートモビリティやエネルギーなど、他分野での活用も可能だという。
 一方で、デジタル化された製造現場の知恵やノウハウは、ハッカーにとっては格好のターゲットだ。そこで、これらのデータを守るため量子暗号技術を用いるとともに、データを分散保管、将来にわたり安全に管理する量子セキュアクラウドを構築する。また、従来コンピュータでは解決が不可能な問題には、イジング型コンピュータ、NISQコンピュータ、誤り耐性量子コンピュータなどを適材適所に活かしたアクセラレータ基盤を開発する。

研究開発テーマ
 研究開発テーマは「レーザ加工」、「光・量子通信」、「光電子情報処理」の三つ。先ず「レーザ加工」(サブPD:安井公治氏〈三菱電機・FAシステム事業本部産業メカトロニクス事業部技師長〉)では、① サイバー(シミュレータ)とフィジカル(レーザ加工)の高度な融合によるスマート製造実現のためにCPS 型レーザ加工機システムを開発(研究責任者・小林洋平氏〈東大物性研教授〉、参画機関:東大、九大、ギガフォトン、協力機関:パデュー大)、②同じくスマート製造実現のために日本が有するコア技術の一つ「空間光制御技術」を開発(研究責任者・豊田晴義氏〈浜松ホトニクス・中央研究所研究主幹〉、参画機関:浜松ホトニクス、宇都宮大)、③ 日本発フォトニック結晶レーザの高出力化を実現する(研究責任者・野田進氏〈京大大学院工学研究科教授〉、参画機関:京大、三菱電気、ローム、協力機関:北陽電機等)。
 「光・量子通信」(サブPD: 佐々木雅英氏〈情報通信研究機構〈NICT〉・未来ICT研究所主管研究員〉)では、量子暗号、秘密分散、秘匿計算の統合により、解読技術の進展によるセキュリティの危殆化の懸念がないクラウドサービスについて世界に先駆けた開発を行い、電子カルテやゲノム解析情報、スマート製造情報などを用いて実証する(研究責任者・藤原幹生氏〈NICT・未来ICT研究所量子ICT先端開発センター研究マネージャー〉、参画機関:NICT、日本電気、東芝、学習院大、北大、東大、ZenmuTech)。
 「光電子情報処理」(サブPD:西田直人PDが兼任)では、スマート製造の実現に必要な量子コンピュータ等の計算資源を高速に最適活用することを可能にする次世代アクセラレータ基盤の開発・実装を行う(研究責任者・戸川望氏〈早大理工学術院教授〉、参画機関:早大、フィックスターズ、QunaSys)。

成果目標
 具体的な成果目標としては、CPS 型レーザ加工機システムの実装では、レーザ加工条件の初期選定のリードタイムを現在の9割減とする。高精度・高スループットな加工を実現する空間光制御技術では、現在の10~100倍程度の高速化を目指し、製造業における加工の世界トップの生産性を実現する。フォトニック結晶レーザの高輝度化では、現在の一般的な半導体レーザの10倍を目指すとともに高性能化を実現して、将来のレーザ加工等への応用を見据えつつ、人や障害物をいち早く検知し、安心・安全な移動を可能にするセンシング技術に活用可能な超小型光源を実装する。
 市場競争力の高い量子暗号装置では、耐タンパ性の向上と従来比4分の1の低コスト化を達成するとともに、100km圏ネットワーク上で秘密分散ストレージ技術と統合することにより、完全秘匿なデータ伝送、バックアップ保管、2次利用など、新たな秘匿アプリケーションを提供する量子セキュアクラウドシステムを実現する。
 光電子情報処理では、スマート製造等の実現に係わる組合せ最適化等の問題を世界で最も高速に処理する光電子情報処理の次世代アクセラレータ基盤を世界に先駆けて開発する。

出口戦略
 プログラムでは、これらの研究を推進するために重要課題の抽出を行うとともに、社会実装や出口戦略の立案などの共有と成果のシナジー効果が得られるよう拠点を設立して、国内外の企業ネットワークへテストプラットフォームを提供、技術データの収集や各企業と実装に向けた議論等を実施して、企業の評価例・採用実例等を研究開発にフィードバックして企業の事業化に結実させる計画だ。
 また、機密性の高いデータを扱う医療分野やスマート製造分野のユーザと共同で試験運用を行い、量子暗号技術等に関する標準化を進めるとともに、将来において評価・検定・認定を運用するためのエコシステムモデルを構築して、運用ガイドラインを策定する。
 さらに、ネットワーク上のリソースの組合せ最適化等の問題を高速で処理するために開発した次世代アクセラレータ基盤を実現するソフトウェアを実装完了し、オープンテストベッド化を完了させ、企業による準製品化に貢献するとともに、これらの研究成果の積極的・戦略的な広報を実施、企業等に限らず社会全般へ向けて成果の浸透を図り、世界シェアの拡大を行い、関連業界のフラッグシップを目指す。

シンポジウム・プログラム
 当日のシンポジウム・プログラムは以下の通りだ。プログラムに対する期待や各講師による研究テーマの概要と進捗状況ならびに最新の研究成果が報告された。

開会挨拶:QST理事長・平野俊夫氏
主催者挨拶:内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)付政策参与プログラム統括・須藤亮氏
来賓挨拶:衆議院議員/医学博士/自由民主党政務調査会副会長・冨岡勉氏
量子技術イノベーション戦略について:文部科学省科学技術・学術政策局研究開発基盤課量子研究推進室長/内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)付企画官・奥篤史氏
【プログラム紹介】
SIP「光・量子を活用したSociety 5.0実現化技術」PD・西田直人氏
【研究課題紹介】
レーザー加工:サブPD・安井公治氏
 「CPS型レーザー加工機システム研究開発」東大・小林洋平氏
 「空間光制御技術に係る研究開発」浜松ホトニクス・豊田晴義氏
 「フォトニック結晶レーザーに係る研究開発」京大・野田進氏
光・量子通信:サブPD・佐々木雅英氏
 「量子暗号技術」NICT・藤原幹生氏
光電子情報処理:サブPD・西田直人氏
 「次世代アクセラレータ基盤に係る研究開発」早大・戸川望氏
【パネルディスカッション】
「光・量子の技術で加速するサイバーフィジカルシステム(CPS)の可能性」
ファシリテーター:西田直人氏
パネリスト:安井公治氏、佐々木雅英氏、東大ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構特任教授・荒川泰彦氏、ビジネス+IT編集長・松尾慎司氏、東大総合文化研究科/教養学部特任講師・内田麻理香氏
閉会挨拶:QST理事・田島保英氏

おわりに
 量子技術に関しては、国家の覇権をかけた動きが活発化している。米国では5年間で1,400億円の国家予算を投入する計画で、GoogleやIBM、ベンチャー企業が量子コンピュータを開発中だ。欧州では10年間で1,250億円のフラッグシッププロジェクトをスタートさせ、英国やドイツは独自の研究開発を実施している。中国に関しても1,200億円を投じて量子関係の研究所を建設中であり、アリババやHuaweiなどが自社内に量子コンピュータチームを立ち上げた。これに対し、我が国の量子技術関係全体の国の予算は70億円だという。しかしながら、日本には基礎理論や基礎技術での強みがある。その強みを活かした取り組みが、今まさに求められている。
 講演では、国際標準化機関ITU-Tで日本が提案した量子暗号通信における量子鍵配送に関する規格案が10月25日、Y.3800として国際標準に採択されたことが報告されたが、最後のパネルディスカッションでは、採択までの経緯で120件を超える各国からの批判との「凄まじい戦い」があったことも紹介された。20年以上に渡って、同じメンバーで一気通貫の研究を続けてきた日本だからこそ勝ち取れたものだ。この他、CPSに関してGAFAクラスのプラットフォーマーを創りたいといった意欲的な発言や、これまでのフォトニクス関連の研究開発において国家プロジェクトが重要な役割を果たしたことが指摘されるなど、約1時間にわたって興味深い議論を聴くことができた。
 パネルディスカッション終了後には「ネットワーキング」と称する交流会も行われ、会場では各研究を解説したポスター展示やデモ展示なども披露され、多くの参加者の関心を集めていた。なお、プロジェクトの詳細は下記URLのホームページに紹介されているので、参照していただきたい。
 https://www.qst.go.jp/site/collaboration/20660.html
(川尻 多加志)