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超高速光技術の横断的議論がもたらすブレークスルー
超高速光エレクトロニクス特別研究専門委員会、第1回UFO研究会を開催

October, 10, 2019, 東京--超高速光技術は、光ファイバ通信分野だけではなく幅広い科学技術分野を横断的に貫く基幹技術だ。その研究開発においては、電子情報通信分野のみならず、理学系物理や化学、生物・医学系との交流も図られてきた。この超高速光技術を軸に、基礎から応用まで、材料からシステムまで、関連する光技術を広範に俯瞰することによって、各技術分野におけるブレークスルーの可能性が高まると期待を集めている。
 超短パルスファイバレーザの技術的進展は近年急速に進んでおり、使い勝手の良い小型のターンキーシステム実現に留まらず、光コヒーレンストモグラフィー用超小型光源として医療技術の進展にも貢献、さらに高精度加工技術などへの応用によって産業技術の進展を支えている。
 9月27日(金)、電子情報通信学会・エレクトロニクスソサイエティ・超高速光エレクトロニクス特別研究専門委員会(委員長:電通大・美濃島薫氏〈写真〉)主催による今期(2019年6月から2年間)・第1回超高速光エレクトロニクス(UFO)研究会が、電通大・創立80周年記念会館(東京都調布市)において開催された。
 超短パルスファイバレーザでは従来、エルビウム(Er)ドープファイバをベースとした1550nm帯光源が主流であったが、近年ではイットリビウム(Yb)ドープファイバなどを用いた新規光源の研究開発も進んでおり、さらなるの進化の兆しを見せている。
 同委員会の歴史は約30年間と古い。その間、名称を何回か変更して現在に至っているが、一貫して超高速光技術をキーワードに活動を続けてきた。同委員会では、超短パルスファイバレーザおよびその応用を今後の重点トピックスとして活動することを目標に掲げ、その進展をいち早く捉えるとともに、会員に情報提供を行い、意見交換を推進する計画だ。もちろん、従来の超高速光エレクトロニクスに関するトピックスについても網羅するとともに、関連する技術テーマについては、他の研究会とも一層の連携を図り、技術交流を活性化させたいとしている。
 さらに、電子情報通信学会の活性化に向け若手研究者の新委員への登用を図るなど、体制改革を進めており、若手会員の活動機会を増やすことで、若年層研究者や学生層が電子情報通信学会に対し、より関心を持つよう運営を行っている。
 超高速光エレクトロニクスの研究は、超短パルス光源や超高速光通信・デバイス技術など、超高速の時間軸を直接扱う分野に留まらず、広範な応用分野の基盤技術として展開を見せている。同委員会では、「材料・デバイス」、「新レーザ技術・新レーザ応用技術」、「バイオ・ 通信計測」、「フェムト秒・アト秒基礎科学」の4部会において、超高速光エレクトロニクスに関する基盤技術から関連する応用までの広範な分野をカバー、新たな方向性を生み出すための活動を行っており、今期第1回目の研究会では、各部会から関連する最新のトピックスを選定、超高速光エレクトロニクス研究の全体を俯瞰することによって、今後の方向性を議論する機会にしたいとしている。

プログラム
 美濃島氏は、委員長挨拶の中で「光研究はノーベル賞の宝庫」であり、「光に関わる物理・化学賞は歴代100人に及ぶ」として、「特に近年は、当研究会に関係の深い分野での受賞が多い」と指摘。さらに「フェムト秒、アト秒の世界は原子、分子、電子の動きや超高速光通信、計測、デバイスなどにおける超高速の時間軸で起こる現象に加え、微小領域、超精密、超広帯域の現象も捉えることができ、研究会の関係する分野は拡がっている」と述べ、「超短パルスや光コムで扱う時間、空間、周波数、強度といった多次元の制御性・操作性は超高速技術が基盤であり、それは異分野をつなげる広範な基盤技術であり、最先端の応用を生み出す」と期待を示した。
 続く講演では、同委員会がカバーする4分野から選定した、各部会主査らによる以下に示す6 件の招待講演と美濃島氏による基調講演の合計7本のチャレンジャブルな研究に関する講演が行われた。

「長距離光伝送および光スイッチングノードにおける信号処理技術」植之原裕行氏(東工大)
 植之原氏は、光ファイバ伝送の非線形歪み補償性能を向上させる技術として、信号処理アルゴリズムにおける強度平均化による性能向上と、ニューラルネットワークによる歪み補償性能の向上について紹介、光OFDM方式を用いた光アド・ドロップ多重・分離回路についても解説した。技術トレンドや性能水準向上の変化の速い領域のさらなる発展を、本質面から追及し続けたいとしていた。

「超短パルスレーザーにより誘起される不可逆過程解明のための大規模データ活用」谷峻太郎氏(東大)
 超短パルスレーザ加工は、パラメータが多数存在するため最適化に時間がかかってしまう。そこで、この不可逆系において何がどのように起こっているのかを明らかにする必要があるが、その理解のためには、光を用いたその場観察により精密な情報を大量に取得することが重要で、この大量データをもとにして統計的手法を用いた解析や深層学習を用いた解析を行うことができる。具体例として谷氏は、如何にレーザアブレーションが進んでいくかのモニタリングを行い、加工装置、測定装置の自動化が行われることは、高精度なデータを高速に取得するための重要な手法になると指摘した。

「フェムト秒レーザーによる表面プラズモンの過渡励起とナノ加工」宮地悟代氏(農工大)
 FS-LIPPS(フェムト秒レーザ誘起表面周期構造)形成の物理メカニズムの研究を続ける宮地氏は、フェムト秒レーザパルスによる表面改質→近接場によるアブレーション→表面プラズモンポラリトン(SPP)→周期的アブレーションという一連の流れで構成される相互作用過程の物理モデルによって、均一なナノ格子の形成に成功。メカニズムをさらに理解するため、Si回折格子を用いることで非金属物質への過渡的SPP励起の実証にも初めて成功した。今後は、SPPのダイナミクスを制御して、加工形状の制御と応用を試みる予定だ。

「光周波数コムによる時間・空間・周波数の多次元制御性を用いた応用展開」美濃島薫氏(電通大)
 美濃島氏は、材料研究のための光ネットワークアナライザを紹介するとともに、自在なマルチコムのコヒーレント制御性応用として、偏光変調コムと光渦コムについて解説した。この他、空気の屈折率(揺らぎ)を超高精度でリアルタイムに自己補正するアダプティブコムによる遠隔形状計測やチャープコムによる超高速情報変換とCEP(包絡腺位相)制御による光演算などを用いて、大型形状から顕微物体までの瞬時計測を可能にするワンショット3次元計測を紹介。美濃島氏は、光コムで「光を自由自在に操作し使い尽くす」と述べるとともに、光コムは光を真のインテリジェントプレーヤにするとともに、あらゆる科学技術の画期的進展に貢献できる広大なポテンシャルを秘めていると指摘した。

「高機能パルスレーザーによる誘導ラマンイメージング」小関泰之氏(東大)
 高機能パルスレーザを用いた高速・多色誘導ラマン散乱(SRS)イメージングを紹介した小関氏は、スペクトルフィルタリングを用いた高速波長可変パルスレーザや高速波長切り替えパルスレーザを用いた多色SRSイメージングシステムとその組織・細胞イメージング応用、低雑音ファイバレーザ光源(9の字型構成を活用した低損失・ピコ秒Erファイバレーザ)、量子増強SRS顕微法(超低損失顕微光学系と負荷抵抗を大きくしつつ回路の飽和を抑えるフィルタを用いた光検出回路で構成、高量子効率フォトダイオードも採用するという)について解説した。

「フェムト秒ツリウム固体レーザー再生増幅器の開発とそれを光源とした中赤外白色光発生」藤貴夫氏(豊田工大)
 藤氏は、高出力2μmフェムト秒レーザ実現のためTm(ツリウム):YAPに注目、中赤外OPA(光パラメトリック増幅器)と組み合わせて、当初用いていたYAG結晶をフッ化物ファイバである偏波保持ZBLANファイバに変更して、白色光発生に成功した。さらに、長尺のファイバでは白色光のコヒーレンスが低いので、再生増幅器の周回数を減らして高コヒーレンスの白色光発生を実現。将来展望としては、前置増幅を増やし、再生増幅器の周回数を減らしても高い強度が得られるようにすることと、シンプルな中赤外光パラメトリック増幅器の開発を挙げた。

「中赤外フェムト秒プラズモニクスと振動分光への応用」芦原聡氏(東大)
 中赤外超短パルスによる振動分光および反応制御は、高い潜在性を持つ一方、振動遷移の双極子モーメントが小さいために大きな課題を抱えている。金属ナノアンテナを利用した中赤外フェムト秒パルスの電場増強効果に着目した芦原氏は、これを光電場駆動現象や非線形振動分光、分子反応制御に適用した。特に分子反応制御においては、赤外パルスのチャーピングとプラズモニック電場増強効果を有機的に組み合わせることで、液相においてカルボニル伸縮振動モードの高振動誘起とそれによる解離反応を達成した。

横断的議論のすすめ
 専門性が高度化すると、技術の縦割りが進み、横断的な議論が難しくなると言われる。今回の研究会には、電子情報通信学会に所属する人以外の多くの人が参加しており、講演後に別会場で行われた研究交流会でも、講師も参加して縦割りを超えた意見交換が行われていた。
 同委員会では、今後も各部会に関連するトピックスをテーマに取り上げ、今期2年間で6回程度の研究会を開催する。詳しい情報は、下記URLホームページに掲載されるので、チェックしていただきたい。
https://www.ieice.org/~femto/?lang=ja
(川尻 多加志)