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光I/Oコアを支える大学発テクノロジー「光ピン」
NEDOとPETRA、世界初、最小規格のオンボード光モジュールで400Gbps伝送を実現

October, 1, 2019, 東京--AIやIoTの進展によって電子情報の流通量は加速度的に増加、より多くの情報を短時間で処理することが求められている。特に膨大な情報量を扱うデータセンタでは、LSIやメモリ、スイッチなどの間における情報伝送量と速度の増大に伴って、消費電力が急激に増加していることが問題となっている。
 この問題の解決のため、従来の電気配線に代わって光配線を用いた伝送技術の開発競争が世界各国で繰り広げられている。この光配線におけるキーデバイスの一つである、電気信号と光信号を相互に変換する光トランシーバでは、さらなる高速化や省電力化のため、これまで主流だった電子回路基板端部に実装されるタイプに代わり、電子回路基板上のLSI近傍にも実装が可能なオンボード光モジュールの開発が求められてきた。

オンボード光モジュールで400Gbps伝送を実現
 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と光電子融合基盤技術研究所(PETRA)は、この3月、標準化組織COBO(Consortium for On-Board Optics:2015年に設立されたオンボード光モジュールの標準化と普及のための標準化組織)規格において最小のClass Aオンボード光モジュール(34mm×36mm×8mm)で、400Gbpsの伝送速度を世界で初めて実現した。
 このオンボード光モジュールは、PETRAが開発したシリコンフォトニクス技術を用いた世界最小5mm角の超小型光トランシーバ:光I/Oコア(写真)を4個搭載するとともに、その実装技術を適用したもので、電気信号と比べ電力消費の小さな光信号で情報処理を行うことができることから、データセンタ用サーバなどのICT機器の処理速度向上と省エネルギー化に貢献すると注目を集めている。
 NEDOでは、2012年から22年まで実施期間で「超低消費電力型光エレクトロニクス実装システム技術開発」プロジェクト(プロジェクトリーダ:東大特任教授・荒川泰彦氏)をPETRAに委託、オンボード光モジュールの技術開発と、開発成果の国際競争力を確保するため国際標準化活動を進めてきた。一方のPETRAは、プロジェクトの具体的な研究開発を推し進めるとともに、この分野で唯一の標準化団体であるCOBOに設立当初から参画、国際標準の確立に向け具体的活動を進めてきた。
 今回の成功は、このプロジェクトで開発した①シリコンフォトニクス技術を用いた世界最小5mm角の超小型光トランシーバ:光I/Oコア技術、②高密度実装を可能とするポリマー光導波路の配線技術、③小型化を可能とする高密度コネクター技術、の三つの技術成果を適用して実現したものだ。

光I/Oコアと光ピン
 適用されたキーテクノジーの一つで、1ch当たり25Gbps(4chで合計100 Gbps)の高速送受信機能を有する光I/Oコアには送信用及び受信用があり、次に示す構成とすることで、光トランシーバとして必要な機能を、従来の1/4以下の5mm角という世界最小面積で実現した。
 送信用光I/Oコアは、光源(量子ドットレーザ)、CMOSドライバIC、東海大教授の三上修氏が提案した光を出力する光ピン(縦型導波路)、および電気入力のためのTGV(Through Glass Via)付ガラスで構成されている。もう一方の受信用光I/Oコアは、受光器等を集積したシリコンフォトニクス集積回路基板、電気信号を増幅するCMOS・TIA(Trans Impedance Amp)‐IC、光を入力する光ピン、および電気出力のためのTGV付ガラスで構成される。
 送信用光I/Oコアでは、LDからの出力光が、スポットサイズ変換器を通して光導波路に結合し、光変調器でドライバICからの25Gbpsの電気信号により光信号に変換され、回折格子結合器で光ピンを通して外部に出力される。受信用光I/Oコアでは、25 Gbpsの入力光がゲルマニウム面受光器で光信号から電気信号に変換され、TIA-ICで増幅されて外部に電気信号として出力される。光信号と電気信号の入出力部は、光ピンとTGVを用いることで同一平面上に実現された。
 光の入出力部に接着固定される光ファイバは、従来はシングルモードファイバが用いられており、1μm以下の高精度な位置合わせが必要だった。このため、光を使って接続時に光のパワーを観察(光軸調整)しながら、光の入出力部に光ファイバの端面を接着固定する必要があり、生産性の向上や低コスト化の課題になっていた。
 これに対し、光I/Oコアでは光の入出力部に光のビームサイズを制御可能な光ピンを用いることで、マルチモードファイバ、あるいは樹脂系マルチモード導波路との接合において、10μm程度の位置合わせ許容度を実現。これによって光軸調整は必要なくなり、電気ICなどで一般的に用いられているフリップチップボンディング装置を活用することで光の入出力部での接着固定が可能になり、生産性向上と実装コスト低減が達成できた。

大学発テクノロジーの製品化
 光I/Oコア実現において大きな役割を果たした光ピン。もともとは、東海大教授の三上修氏が(内田禎二氏とともに)2001年、ファイバの先端を45度ミラーに加工した方式の光ピンを発表(口頭発表は1999年とのこと)、2005年には紫外線硬化樹脂を用いたマスク転写法による光ピンを発表している。
 その後、PETRAがこの技術に注目、三上氏の技術指導を受け研究開発を進め、PETRAより分離・新設されたアイオーコア(株)が今春、光I/Oコアの製品化に結び付け、2020年春には本格的な量産が予定されている(同社は電子情報技術産業協会〈JEITA〉の第4回JEITAベンチャー賞を受賞した)。
 光ピンは長い年月を経て、光I/Oコアにおけるキーテクノロジーとして花開いた。大学の研究が製品化される事例はあまり多くないとも言われるが、東大特任教授の荒川泰彦氏が(榊裕之氏とともに)1982年に提案した量子ドットレーザとともに、光ピンはその貴重な成功例として実世界に飛び立っていった。
(川尻 多加志)