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Science/Research 詳細

次世代時間標準「光格子時計」の高精度化に成功

February, 13, 2015, 東京--東京大学大学院工学系研究科の香取秀俊教授、理化学研究所 香取量子計測研究室の高本将男研究員らは、低温環境で原子の高精度分光を行う光格子時計を開発し、2台の時計が2×1018の精度で一致することを実証した。この精度は、2台の時計で1秒のずれが生じるのに160億年かかることに相当する。これらは、次世代の時間標準の基盤技術となる重要な成果。
 光格子時計は、現在の「秒」を定義するセシウム原子時計の精度を1000倍近く向上させる次世代の時間標準として、世界中で盛んに研究されている。光格子時計の精度の向上を阻む最大の困難は、原子を囲む室温の壁から放射される電磁波(黒体輻射)が、原子の固有の振り子の振動数を変化させてしまうことだった。
 研究グループは、低温環境でストロンチウム原子を分光することによって、黒体輻射の影響を1/100に低減する低温動作・光格子時計を開発した。2台の時計を約1ヵ月間にわたって比較することで、それらが2×1018の精度で一致することを確認した。
 このような高精度な原子時計の実現は、「秒の再定義」を迫るだけでなく、従来の時計の概念を超える新しい応用の可能性を秘めている。離れた場所にある2台の原子時計の重力による相対論的な時間の遅れを検出することで、土地の高低差を測る「相対論的な測地技術」への展開のほか、物理定数の恒常性の検証など、新たな基盤技術の創出や新しい基礎物理学的な知見をもたらすことが期待される。
 研究グループは、低温に冷却した恒温槽(周囲環境からの温度変化の影響を防ぐ構造で、長時間一定温度に保つことができる容器)の中で原子の高精度分光を行うことで、黒体輻射の影響を大幅に抑える低温動作・光格子時計を開発し、高精度化に挑戦した。
 黒体輻射の放射エネルギー密度は、シュテファン=ボルツマンの法則に従い、壁の絶対温度の4乗に比例して増加する。この結果、原子を取り囲む壁の温度を低減することによって、黒体輻射の影響は大幅に抑制されます。研究グループは、絶対温度95Kに冷却した恒温槽の中で、原子を高精度に分光する時計システムを構築し、黒体輻射の影響を室温(およそ296K)のときに比べて、約1/100に低減した。
 時計の精度を評価するには、比較する時計が必要になるが、現在の「秒」を定義するセシウム原子時計の精度(およそ1×1015)では、光格子時計の1018の精度を評価することができない。研究グループでは、低温動作・光格子時計を2台開発し、黒体輻射による「原子の振り子」の振動数の変化を検証するとともに、2台の時計の再現性を検証した。
 これまでに理論計算でしか得られていなかった黒体輻射の影響を、「原子の振り子」の振動数変化として実験的に評価。2台の時計のうち、一方を室温(296K)、他方を低温(95K)で温度制御した恒温槽内で、「原子の振り子」の振動数を同時に観測した。その結果、振動数が約2Hzシフト(変化)するのが観測された。この変化は、理論計算で求められた黒体輻射シフトとも一致し、原子を取り巻く黒体輻射を実験的にも完璧に制御できたことが示された。このストロンチウム原子の黒体輻射シフトの実測は世界初の成果。さらに、黒体輻射シフトの温度依存性の測定では、シュテファン=ボルツマンの法則に従う絶対温度の4乗の依存性を観測している。
 「原子の振り子」の振動数を18桁もの有効数字で正確に計測するときには、原子を観測する際の「量子ゆらぎ(量子力学的限界から生じる測定誤差)」の効果が、実験を制限する。これまで次世代の原子時計の有力候補と考えられてきた、捕獲された単一のイオンを使う方法では、「量子ゆらぎ」の平均化のために、およそ10日間の測定時間が必要なことが大きな問題だった。研究グループはおよそ1000個の原子を光格子に捕まえて観測することによって、わずか2時間の平均時間で精度2×1018で原子時計の比較精度に到達した。このようなN 個の原子の同時観測で、同じ精度を得るために必要な平均時間を1/N に短縮することが光格子時計の大きな強みである。将来的には100万個の原子の同時観測によって、1×1018の精度を1秒の平均時間で達成することが可能。
 開発した低温動作・光格子時計の再現性を評価するために、約1ヵ月間にわたって低温(95K)で動作させた2台の時計の振動数の比較を行った。比較実験を11回繰り返すことで、2台の時計の周波数(およそ429×1012Hz)が、数mHz程度の極めて小さなばらつきで一致していることが示された。これらを平均化処理することによって、2台の時計が2×1018(≒0.8mHz/(429×1012Hz))の精度で再現されていることが示された。一方、開発した時計に由来する不確かさ(系統的不確かさ)は4.4×1018と見積もられている。このような2台の時計の再現性が1018前半で実証されたのは世界で初めての成果。
 この研究成果は、「秒の再定義」の議論を加速させるとともに、高精度な時計を用いた応用的研究へとつながる重要な成果。