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Science/Research 詳細

超高速「カメラ」、潜在的「ニューロモルフィック」材料の隠れた挙動検出

July, 8, 2022, UPTON--ブルックヘブン国立研究所のチームの研究により、人の脳細胞をエミュレートする新技術にとっての有望材料、二酸化バナジウムの絶縁体から金属への転移の驚くべき詳細が解明された。

人の脳と同じように高速に考えることができるが、使用するエネルギーは極めて少ないコンピュータ。それは、研究者が発見、つまり開発しようとしている目標である。脳のニューロンやシナプスと同様に簡単に信号を送り、処理できる。2つ(あるいは、それ以上)の異なる形態間を切り替える固有の能力を持つ量子材料の特定が、この未来的に聞こえる「ニューロモルフィック」コンピューティング技術のカギを握っているかも知れない。

Physical Review Xに発表された論文で、DOEブルックヘイブン国立研究所(Brookhaven National Laboratory)、物理学者、Yimei Zhuとチームは、二酸化バナジウムについて新たな驚くべき詳細を説明している。これは、最も有望なニューロモルフィック材料の一つである。独自の「ストロボスコープカメラ」で収集したデータを利用して研究チームは、この材料が光パルスに反応して絶縁から金属へ転移する時の原子運動の隠された軌道を捉えた。その成果は、高速でエネルギー効率の優れたニューロモルフィックデバイスの合理的な設計ガイドに役立つ。

「脳からヒントを得たコンピューティングのための人工ニューロンとシナプスでエネルギー消費を減らす一つの方法は、量子材料の明らかな非線形特性を活用することだ。このエネルギー効率の背後にある主要なアイデアは、量子材料では、小さな電気刺激が、大きな反応を生むというものである。つまり、材料状態の変化を通した電気的、機械的、光学的、磁気的反応である」とZhuは説明している。

「二酸化バナジウムは、神経模倣生体からヒントを得たデバイスの有望な候補として登場した希少な、驚くべき材料の一つである」と同氏は言う。それは、ほぼ室温で絶縁-金属転移を示す。そこでは、小さな電圧あるいは電流が、スイッチングで抵抗性の大きな変化を生み出せる。これは、ニューロン(神経細胞)とシナプス両方の挙動を模倣できる。

「それは、10000倍、いやそれ以上の抵抗変化で、ゴムのような、完全絶縁から非常に優れた金属伝導体になる」(Zhu)。

同じ物質に固有のこれら2つの非常に異なる物理的状態は、コグニティブコンピューティング向けにエンコードできる。

超高速原子移動を可視化
実験では、研究者は、フォトンの極短パルスで転移を始動した。次に、ブルックヘイブンで開発されたメガ電子ボルト超高速電子回折(MeV-UED)装置を使って、その材料の原子スケールの反応を捉えた。

このツールは、暗設定でシャッターが空いたままの従来のカメラに類似と考えることができる。投げられたボールの動きのようなものを捉えるためにフラッシュを発する。各フラッシュでカメラは、画像を記録し、異なる時間で撮った一連の画像が、ボールの飛行軌跡を明らかにする。

MeV-UED「ストロボスコープ」と同じように動く物体の動力学を捉えるが、遙かに速いタイムスケール(1秒の1兆分の1より短い)、遙かに小さな長さスケール(1㎜の10億分の1以下)である。それは、原子の軌跡を明らかにするために高エネルギー電子を使う。

「以前の静的計測は、二酸化バナジウムの最初と最後の状態を明らかにするだけだった。しかし詳細な転移プロセスは欠けていた。われわれの超高速計測により、原子がどう動くかを見ることができ、短命過渡変化(つまり、隠された変化)を捉え、転移のダイナミクス理解に役立つ。

画像だけでは、全体を示すことができない。10万ショットまで捉えた後、研究者は、独自開発の高度な時間分解原子線解析技術を使い、数十の「電子回折ピーク」の強度変化を精緻化することができた。「それらは、二酸化バナジウムサンプルの原子から散乱する電子によって生まれた信号である。原子や、原子の軌道電子が絶縁状態から金属状態へ移行するときに生まれるのである。

「われわれの装置は、加速器技術を使い、3MeVのエネルギーを持つ電子を生成する。これは、小さな実験室ベースの超高速電子顕微鏡や回折機器よりも50倍高い。その高エネルギーによりわれわれは広い角度で散乱電子を追跡することができる。つまり、より高精度に、より短い距離で原子の動きを見ることができる」(Zhi)。

二段階ダイナミクスと湾曲パス
分析は、転移が2つの段階で起こることを明らかにした。第2段階は、第1よりも時間的に長く、遅い。第2段階の原子の動きの軌跡が直線でないことも明らかになった。

「A点からB点への軌跡を直線と考える、つまり可能な最短パスと考えるが、そうではなく、それはカーブであった。これは、完全に予想外だった」(Zhi)。

カーブは、転移で役割を担う別の力が存在することを示している。

ボールの軌跡のストロボ画像を考え直す。ボールを投げるときに、力を出す。しかし、別の力、重力もボールを地面へ引きつけるので、軌跡は湾曲する。

二酸化バナジウムの場合、光パルスは、転移を進める力であり、原子軌跡の湾曲は、バナジウム原子の周りを周回する電子によって起こる。

研究は、原子ダイナミクスを始動するために使った光強度に関係する手段が原子の軌跡を変えることを示していた。ボールに加えた力が、そのパスに影響を与える仕方と同じである。力が十分に大きいと、いずれかのシステム(ボールまたは原子)は、競合する相互作用に打ち勝ち、直線パスになる。

実験成果を検証して確認し、さらに原子ダイナミクスを理解するためにチームは、分子ダイナミクス、密度機能理論計算を実施した。これらのモデリング研究は、転移中に構造がどう変わったかの力の累積効果判読に役立ち、原子運動の時間分解のスナップショットを提供した。

論文は、理論と実験的研究の組合せがどのように詳細な情報を提供するかを説明している。これにはバナジウム“二量体” (バナジウム原子の上下限対)が、転移中に時間と共にどのように伸びたり回転したりするも含まれる。研究は、二酸化バナジウムについての長年の疑問への対処にも成功した。これには、絶縁から金属への転移中の中間段階の存在、光励起による熱加熱の役割、光励起での不完全な転移の起源も含まれる。

その研究は、光誘起電子や格子力学が、この特定の相転移にどのように影響しているかの科学者の理解を異なる観点から見直す機会を与え、また、コンピューティング技術の継続的進化を押しと進める上で役立つ。

ヒトの脳を模倣するコンピュータを作るとなると、「先は長いが、われわれは間違っていないと思う」とZhuは話している。

(詳細は、https://www.bnl.gov)