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理研、光で記憶を書き換えることに成功

September, 1, 2014, 和光--理化学研究所(理研)は、マウスの海馬の特定の神経細胞群を光で操作して「嫌な出来事の記憶」を「楽しい出来事の記憶」にスイッチさせることに成功し、その脳内での神経メカニズムを解明した。この発見は、うつ病患者の心理療法に科学的根拠を与え、将来の医学的療法の開発に寄与することが期待される。
これは、理研脳科学総合研究センターRIKEN-MIT神経回路遺伝学研究センター利根川研究室の利根川進センター長、ロジャー・レドンド(Roger L. Redondo)研究員、ジョシュア・キム(Joshua Kim)大学院生らの成果。
記憶は、記憶痕跡(エングラム)と呼ばれる、神経細胞群とそれらのつながりに蓄えられる。研究チームは、海馬と扁桃体という2つの脳領域とそのつながりに蓄えられた「嫌な出来事の記憶」のエングラムが「楽しい出来事の記憶」のエングラムに取って代わられるかどうかを、最先端の光遺伝学を使って調べた。
実験動物のオスのマウスを小部屋に入れ、その脚に弱い電気ショックを与える。マウスは「この小部屋は怖い所だ」という「嫌な出来事の記憶」を脳内に作る。その際に、活性化する海馬の神経細胞群を、「嫌な出来事の記憶」エングラムとして光感受性タンパク質で標識した。
その後、この標識された細胞群に青い光を照射すると、マウスは怖い経験を思い出して「すくむ」。しかしこのように処理したオスのマウスの海馬に光を照射しながら、メスのマウスを部屋の中に入れて1時間ほど一緒に遊ばせてやると、今度は「楽しい出来事の記憶」が作られた。つまり、「嫌な出来事の記憶」に使われた海馬のエングラムをそのまま使って、異性に会えたという「楽しい出来事の記憶」にスイッチすることができるということが証明された。逆に、同様の光遺伝学の方法を用いて、「楽しい出来事の記憶」を「嫌な出来事の記憶」にスイッチさせることも可能だということを示された。
この現象は、単に後から経験する出来事の情緒的側面(嫌いか楽しいか)が、先行する経験のそれに置き替わるということではない。その証拠に、海馬のエングラムのかわりに、脳ネットワークとして海馬の下流にある扁桃体のエングラムを同じように処理した場合、「嫌な出来事の記憶」も「楽しい出来事の記憶」も、それぞれ作り出すことができるが、同じ細胞でそのスイッチは起こらない。すなわち、扁桃体のエングラム細胞の場合は、一度「嫌な出来事の記憶」に関わると、マウスに楽しいはずの出来事を与えても、「嫌な出来事の記憶」のままであり、逆のケースでは「楽しい出来事の記憶」のままである。
「この研究の最も重要な結論は、海馬から扁桃体への脳細胞のつながりの可塑性が、体験する出来事の記憶の情緒面の制御に重要な働きをしているということだ」と利根川進センター長は説明している。
うつ病の患者では、嫌な出来事が積み重なり、楽しい出来事を思い出すのが難しい状態になっているケースが多いことが知られているが、海馬と扁桃体のつながりの可塑性の異常が一つの原因になっている可能性が考えられる。
研究成果は、科学雑誌『Nature』オンライン版(8月27日付)に掲載。