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Science/Research 詳細

新たな周波数資源利用に道を拓くテラヘルツ無線技術

February, 10, 2016, 東京--広島大学、NICT、パナソニックは共同で、シリコンCMOS集積回路により最大100Gbpsを超える伝送速度でデジタル情報の無線伝送を可能とする、テラヘルツ波(300GHz帯)を用いた無線送信技術を世界で初めて開発した。
 2016年後半あたりからWi-Fiに利用される周波数であるミリ波帯(57GHz~66GHz)よりもさらに高い周波数であるテラヘルツ波帯は、一般にはまだ利用されていない新たな周波数資源。テラヘルツ波帯を用いた無線システムの特長は、広い周波数帯域が利用可能で超高速通信に優れている点にある。今回、デジタル信号処理回路との接続が容易なシリコンCMOS集積回路を用い、独自の周波数変換回路と電力合成技術を適用することで100Gbps相当の無線伝送の可能性を国際的な周波数割り当てが見込まれる300GHz帯で世界で初めて実証した。この技術が実用化されれば、データセンタ内のデジタル情報や、スーパーハイビジョンの映像信号を光ケーブルなどを用いることなく無線で接続できるようになる。
 従来、テラヘルツ帯信号を用いた無線通信実験は、高周波動作に有利な化合物半導体を用い、出力をオン・オフし通信を行うような単純な回路方式による検討が主だった。一方、テラヘルツ帯を用いた無線通信技術が広く普及するためには、デジタル信号処理回路との組み合わせや高速化に必須となる多値変調回路との集積化が容易なシリコンCMOS集積回路によりテラヘルツ帯信号の無線伝送を可能とする技術が望まれていた。
 開発した無線技術は、シリコンCMOS集積回路により実用的なテラヘルツ帯の信号生成を実現したものであり、以下の技術を用いている。
1.局部発振信号と中間周波数帯の変調信号を同時に3次非線形回路に入力することで、中間周波数帯から300GHz帯へと変調信号を歪ませることなく周波数変換する独自の周波数変換技術
2.周波数変換後の信号を32個並列に接続し、300GHz帯の出力信号を大きくするための電力結合技術
3.無線送信回路に必要となる差動信号を、入力信号を増幅しつつ電力分配することで効率よく発生する増幅回路技術

 無線通信システムのうち今回は、300GHz帯の送信回路を実現した。テラヘルツ帯無線通信システムの実用化にはこの他に300GHz帯受信回路、高速通信に対応したデジタル信号処理による変復調回路が必要となる。研究グループは、今後これら無線通信システムに必要な回路の基盤技術を開発し、シリコンCMOS集積回路による無線通信システムの実用化を目指す。

技術の要点
1.局部発振信号と中間周波数帯の変調信号を同時に3次非線形回路に入力することで、中間周波数帯から300GHz帯へと変調信号を歪ませることなく周波数変換を可能にする技術
これまで高速伝送を実現するために多値変調を用いる通信システムでは局部発振信号の周波数帯を搬送波の周波数の近くに設定する必要があり、最大発振周波数が300GHzに満たないシリコントランジスタを用いたシリコンCMOS集積回路でこの方式をとる場合、十分な局部発振信号が得られず300GHz帯の無線通信システムを構成することは困難だった。この課題に対し、3次非線形回路を用いる周波数変換技術により局部発振信号の周波数帯を搬送波(300GHz帯)の1/3の周波数(100GHz帯)に下げることが可能となる。この技術を用いることで、シリコンCMOS集積回路により、変調信号を歪ませることなく周波数変換を行うテラヘルツ波帯周波数変換回路を実現した。

2.周波数変換後の信号を32個並列に接続し、300GHz帯の出力信号を大きくするための電力結合技術
今回用いた3次非線形回路による周波数変換技術により、変調信号を歪ませることなくテラヘルツ波帯への周波数変換が可能となるが、増幅動作までは行えないため、無線通信を実現するには出力信号レベルが小さいことが課題となる。3次非線形回路を並列接続し電力を結合する技術を開発することでテラヘルツ波帯信号の出力を向上した。今回は、並列化回路の配置設計が効率的に行え、電力結合が効果的に行えることを考慮し32並列とした。

3.無線送信回路に必要となる差動信号を、入力信号を増幅しつつ電力分配することで効率よく発生する増幅回路技術
従来、互いに位相の反転した信号対である差動信号を用いる回路は、受動素子を組み合わせた差動信号を生成する回路とトランジスタによる増幅回路をそれぞれ設計し接続する構成をとっていた。この構成では回路面積が大きくなる課題があった。トランジスタによる回路に増幅機能と差動信号を生成する機能を組み込むことで、回路の小型化を実現した。