November, 4, 2025, 東京--
応用物理は、新現象の発見や独自の着想を基に新しい価値を創造する学問。資源の乏しい我が国にとって、まさに生命線の学術・技術分野と言っても過言ではない。その分野を主導するのが応用物理学会(会長:京大・大学院工学研究科教授・木本恒暢氏)だ。1946年に設立され、約80年にわたって幅広い学術・技術分野においてイニシアチブを取り、産学連携や人材育成にも注力してきた。
その応用物理学会の秋季学術講演会が9月、名城大学の天白キャンパス(愛知県名古屋市)とオンラインでハイブリッド開催された。初日には「社会を変えるワイドギャップ半導体の現状と将来」と題する特別一般公開シンポジウムも開かれた。
シンポジウムでは、ノーベル物理学賞受賞者の天野浩氏をはじめ、応用物理学会会長や元会長など、この分野の第一線で活躍する著名な研究者がパワー半導体や発光デバイスなど、いま注目を集めるワイドギャップ半導体の最新動向と未来について語った。以下にシンポジウム全体の講演タイトルと演者を紹介する。また、次章では光デバイスに特化した日亜化学の向井孝志氏による講演「窒化物半導体系光デバイスの最新動向」の概要を紹介したい。
◆サステイナブルエレクトロニクス構築のための窒化物半導体社会実装:天野浩氏(名大)
◆AlGaN巨大分極電荷による新規電気伝導制御:竹内哲也氏(名城大)
◆ダイヤモンド量子センサの可能性:波多野睦子氏(東京科学大)
◆窒化物半導体系光デバイスの最新動向:向井孝志氏(日亜化学)
◆脱炭素社会実現に貢献するSiC半導体の現在と将来:木本恒暢氏(京大)
◆SiC半導体信頼性確保のための欠陥エンジニアリング:加藤正史氏(名工大)
◆酸化ガリウムデバイスの現状と可能性:東脇正高氏(大阪公立大)
◆電動車用SiCパワー半導体の開発動向とカーボンニュートラル:金村高司氏(ミライズテクノロジーズ)
窒化物半導体系光デバイスのいま
日亜化学の向井氏は、GaN系半導体を用いた端面発光レーザの開発の歴史と面発光レーザの最新の研究・開発状況を紹介した。
GaN系半導体は直接遷移半導体であり、幅広いバンドギャップ(0.8~6.2eV)を持っている。深紫外から赤外までの発光が可能であり、光デバイスとして優れた特性を有する。一方、研究当初は格子整合基板がない、結晶成長が困難で良い結晶ができない、n型の残留キャリアが多く伝導度制御が困難などといった問題を抱えており、高効率デバイスの実現は不可能と言われていた。
しかしながらその後、低温バッファ層による結晶の高品質化やp型半導体の実現、さらにInGaN混晶の実現といったブレークスルーがおこり、P型、n型、活性層の光デバイス実現のためのパーツすべてが揃うこととなる。
1993年には日亜化学が青色発光ダイオードを実用化、その後Blu-ray Disc用レーザ光源の発振にも成功して、GaN系半導体レーザの研究・開発は急速に進展していった。日亜化学は95年にバイオレット・レーザ(410nm)の室温パルス発振にも成功している。
端面発光レーザが出せる波長の幅は375nmから540nmレベルまで拡がっており、それに伴って応用も拡大している。一方の面発光レーザは、今のところ試作段階に留まっているというのが現状だ。
グリーンのレーザは、ディスプレイ用光源として期待されている。広い色再現性を実現できるからだ。電力変換高効率(WPE)の高効率化も進展している。541nmで13.9%、546nmで9.7%が達成されている。高効率化は色再現性の高いレーザディスプレイ実現のキーと言われている。
一方、高出力ブルーレーザは、レーザTVや自動車のヘッドライト、溶接などでの応用が期待されている。現状では455nmおいて出力7.11W、WPEは53.2%まで達成されており、毎年そのスペックは更新されている。
面発光レーザは、VCSEL(Vertical Cavity Surface Emitting Laser)とPCSEL(Photonic Crystal Surface Emitting Laser)に分けることができる。
VCSELは、言わずと知れた東京科学大の伊賀健一栄誉教授が発案したもので、小チップ、小パワーで、VR/ARなどの応用をターゲットにブルーやグリーンの開発が進められている。日亜化学では442.3nmで出力2mW、閾値電流(Ith):0.40mA(3.2kA/cm2)、WPE:13.6%(2.6mA)を達成。514.9nmでは出力1.5mW、Ith:2.8mA(14.3kW/cm2)、WPE:3.7%(7mA)を達成した。
PCSELは、京大の野田進特別教授が発案したものだ。フォトニック結晶を利用しており、高出力とシングルモードが両立できるという特長を有する。さらにビーム広がり角も狭い。光通信やプロジェクタ、LiDAR、金属加工、医療用光源などへの応用が期待されている。
京大では、赤外のPCSELにおいて10mm角のシングルモードパルス発振で出力500Wを実現、さらなる高性能化を目指して多層化やアレイ化の研究も進んでいる。
高出力なブルーのPCSELは、金属加工や宇宙通信、水中無線などへの応用が期待されているが、京大と日亜化学、スタンレー電気は439.7nmにおいてパルス発振(500ns、1kHz)で出力3.4W(7.8A)、Ith:2.7kA/cm2、WPE:11%(4.0A)を達成した。
一方、京大とスタンレー電気はCW発振の438nmにおいて出力320mW(5.0A)、Ith:5.4kA/cm2を達成している。温度変化を相殺する分布付きフォトニック結晶の導入でCW発振を実現させた。
京大と日亜化学はディスプレイの波長範囲の拡大と演色性の向上を目指し、出力505.7nmのパルス発振(500ns、1kHz)で出力50mW(5A)、Ith:3.9kA/cm2を実現した。
活性層を2段階で成長させる従来法に代わって再成長フリーの一貫成長を採用することでシンプルな結晶成長プロセスを実現するとともに、p側に加工されたフォトニック結晶であるホール部の安定化に成功した。これまではホール内部にメタル粒子がランダムに付着してしまい光学ロスや電流リークの要因となっていたものを、ホール内部へSiO2を埋め込むことで安定した通電を可能にしたものだ。
端面面発光レーザは30年という月日をかけ、高出力化と高効率化を実現してきた。VCSELやPCSELなどの面発光レーザを含め、これからもこれらの研究・開発が進展して行くことを期待したい。
(川尻 多加志)