October, 2, 2025, 東京--
電子情報通信学会(IEICE、会長:植松友彦氏〈放送大・東京渋谷学習センター所長・特任教授〉)では、2020年の6月から「ジュニア会員制度」を設けている。若い学生たちに、多感な時期から電子・情報・通信分野に対し興味を持ってもらい、将来のリーダへ羽ばたいてもらうことを願って創設された制度だ。
ジュニア会員の対象は、小学生から学部3年以下の大学生。入会金、基本年会費、追加ソサイエティ登録費は無料、加えて大会講演参加費や聴講参加費も無料となっている。ただし、条件として名誉員・成員・所属学校の教員のいずれか1名の推薦が必要だ。制度は、若い学生たちが技術者や研究者との交流、国際会議への参加といった研究のプロフェッショナル達の世界を体験できるというもので、同学会では「ジュニア会員の活動を通じて創造の翼を羽ばたかせませんか?」と呼び掛け、会員を募集している。
8月28日(木)にはジュニアを対象としたWebinarも開催された。セミナーでは初めに同学会若手会員活性化WG幹事の小川賀代氏(日本女子大・教授)が挨拶とジュニア会員の活動を紹介。その後に東京電機大・名誉教授の宮保憲治氏が「可視光通信の原理とその応用技術 -心理学・生理学からのアプローチを含めた将来サービスへの応用-」を講演、続いて名古屋大・教授の山里敬也氏が「スマホのカメラで通信してみよう!」と題する講演を行った。その講演概要(山里氏の研究は同氏のHPも参照にした)を紹介する。
可視光通信応用のトピックス
◆可視光通信の原理とその応用技術 -心理学・生理学からのアプローチを含めた将来サービスへの応用-:宮保憲治氏(東京電機大・名誉教授)
宮保氏は、可視光を用いた通信の原理、さらに可視光を含めた新しいマルチメディア環境として光・音・香りを融合した室内空間と、緑色のLED光を利用して人工的に1/fゆらぎ光を生成した室内空間における「癒し」効果を心理学・脳生理学を用いて検証した結果を紹介した。
実験では視聴覚、嗅覚単体の刺激よりも、これらを組み合わせた刺激の方がより高い「癒し」効果が表れることが実証され、さらに光の色彩種別による刺激は心理的、生理的に異なる影響を生体に与える可能性があるとして、1/f のゆらぎ光を発生する緑色LEDを使用して実験を行ったところ、最も高い「癒し」効果が得られたという。
一方、東日本大震災の原発事故から14年、最近では放射線被ばくに対する関心が薄れつつある。しかしながら、原発に起因する放射線量の把握を定量的かつ容易に可視化できる技術は必要だ。宮保氏は放射線量を照明光の色種別で可視化する技術も紹介した。
提案するのは、ガイガーカウンタと接続したフルカラーのLED照明街路灯を道路沿いに多数設置して、放射線量が通常レベルの時は白色光で道路を照らしつつ、放射線量に応じて照明色を段階的に変化させるというもの。これでどこに放射線のホットスポットがあるかが識別できる。ちなみに一番危険な所は紫色の光が点いて警告する。
講演後半では、将来の実用化が期待されている可視光CSK(色相偏移変調)技術の原理と、イメージセンサを活用した場合の可視光通信の応用方法、および心理学を用いて検証した時の望ましい利用方法について、さらにセキュリティ技術の可視光通信への適用方法も含め、可視光の新しい応用システムの可能性が紹介された。
宮保氏は、今後可視光通信の実用化によって発展が期待できる科学・工学の連携として、電子・情報工学と臨床医学との連携(電子工学、心理学、〈脳〉生理学、医療工学)、交通・環境工学とビジネス社会への浸透(自動運転、車々間通信、センサ/環境モニタリング)、さらにはその二つの付加価値を高める高度情報通信(5G、6GやNTN〈非地上系ネットワーク〉等)とAIなどを列挙して、その連携に期待したいと述べていた。
◆スマホのカメラで通信してみよう!:山里敬也氏(名古屋大・教授)
信号機や照明、車のライトなど、エコな照明として普及が進むLED。このLEDを照明だけでなく、通信機器として活用しようというのが可視光通信だ。LEDの光を人の目には見えないくらいの高速で点滅させ、そのパターンを受信機で検知して情報を伝えようというものだ。
可視光通信は 2001年、慶応義塾大の中川正雄教授が提唱したもの。日本オリジナルの技術だ。しかしながら、実用化に向けて大手電気メーカーが大規模なプロジェクトを実施している米国や欧州などと比べると、国内での普及はいまひとつ進んでいないのが実情だ。それゆえ、日本においてはさらなる研究開発と実社会への普及が求められている。
LED は半導体デバイス。人の目には見えないくらいの速さで点滅させることができる。さらに、受信機として用いられる高速度カメラは、通常のカメラの約30倍、1秒間に約1,000枚もの撮影ができる。この二つを組み合わせることで高速伝送ができ、文字や音楽、映像などの情報を送ることが可能になる。
山里氏の研究チームは、可視光通信を交通分野において発展させようと研究を行っている。その研究は、急速に普及しているLED 信号機から走行中の車にデータ伝送を行う「路車間可視光通信」というものだ。LED信号機に通信機能を加えることで、交差点の近くでドライバーからは死角となる「右折待ちの車の影に隠れる直進車の情報」や「横断歩道の歩行者の状況」など、高い所に設置された信号機からなら、車からは見えない道路上の様々な情報を捉えることが可能だ。この情報を可視光通信で走行車に送れば、交通事故削減につながる。
仕組みとしては、LED信号機に見立てたLEDアレイ(送信機)のLED一つ一つを毎秒4,000回点滅させてデータを伝送して車に搭載した高速度カメラ(受信機)で受信、同じく車に搭載したパソコンでデータを元に戻す。実験では、車が交差点へ近づいていき信号待ちをする状況を想定、100m程度の距離で文字情報を、30m程度の距離では文字情報に加え音声情報も正しく受信することに成功した。
山里氏は、今後は映像の伝送も可能していきたいと考えている。また信号機だけではなく、車のテールランプからも同時にデータを受信するなど、複数の情報源を同時に受信できることを可能にしていきたいと述べている。さらには、車から車へ情報を送るマルチホップ伝送にも挑戦したいとしており、これにより前方の交通事故や渋滞情報を後方車にまで送ることができるようになると期待を述べた。山里氏は、まだまだ多くの技術的な課題はあるが、それらの克服は不可能ではないとしている。
(川尻 多加志)