May, 1, 2025, 東京--
量子の本質的な性質である量子重ね合わせや量子もつれを用いる量子技術の研究開発が急速に進展している。最近では、大規模化やシステム化などのエンジニアリング的研究に重点が置かれてきているという声も聞かれる。
量子コンピュータは、従来のコンピュータでは時間がかかりすぎて解けない問題を解けると大きな期待を集めているが、その実現には1,000万量子ビット級の大規模化が必要だと言われており、様々な課題も残されている。
特に、量子状態を指定するパラメータ数が量子ビット数に対し指数関数的に増えることで量子状態における量子もつれ状況もより複雑になってしまい、その効率的な識別方法や大量情報を効率良く書き込んだり読み出したりする方法は十分に理解されていない。さらに、これまで研究されているもつれ光の波長域はごく限られた領域でしかないのが現状だ。
これらの課題に対し、情報科学、数学、理論物理学および実験物理学の研究者が一致団結して取り組み、新たな学術の潮流を生み出すとともに、新しいアプリケーション創出につなげようというのが、科学技術振興機構(JST)の令和6年度戦略的創造研究推進事業総括実施型研究ERATO(Exploratory Research for Advanced Technology)に採択され、昨年10月に発足した「竹内超量子もつれプロジェクト」だ。研究統括は、京都大学大学院工学研究科教授の竹内繁樹氏が務め、2030年3月までの5年間で12億円の資金が投じられる。
ERATO
ERATOは、1981年に発足した創造科学技術推進事業を前身とするプログラムだ。規模の大きな研究費をもとに既存の研究分野を超えた分野融合や新しいアプローチによって挑戦的な基礎研究を推進することで、今後の科学技術イノベーションの創出を先導する新しい科学技術の潮流の形成を促進し、戦略目標の達成に資することを目的に創られた。
その特徴としては、革新的技術のシーズの創出を目指し、研究総括が独創的な構想に基づく研究領域(研究プロジェクト)を自らデザインし、異なる分野・機能からなる研究グループにより構成した大型研究プロジェクトを指揮して、新たな分野の開拓に取り組むという点が挙げられる。
竹内超量子もつれプロジェクト
竹内氏は、光子の量子もつれ状態の生成・検出など、量子情報処理の基礎研究における成果に加え、これまでにも光量子センシング研究で数多くの先駆的業績を上げてきた。
今回の超量子もつれ研究では、情報科学、数学、物理学の理論研究と量子光学の実験研究の融合を図り、複雑な量子状態やこれまでに実現されていない波長域での量子もつれ光など、超量子もつれの基礎原理の理解と活用に関する研究を行う。
プロジェクトは、これらの研究によって現在の量子コンピュータの考え方を超えた新たな量子情報処理を創出するとともに、量子コンピュータの実装方法の効率化や新たな光量子センシングの創出を目指すというもので、その進展には材料科学から医療までの幅広い分野における学術的・社会的貢献が期待されている。
プロジェクトは竹内氏を研究総括とし、京都大学大学院工学研究科准教授の岡本亮氏、同助教の向井佑氏、ならびに電気通信大学大学院情報理工学研究科教授の原聡氏をグループリーダとして、京都大学の他にも電気通信大学、関西大学、金沢大学、大阪大学、広島大学、東北大学、香川大学などの研究者や大学院生からなる3つの研究グループ(理論グループ、超越量子相関実験グループ、極限量子もつれ実験グループ)が、国内外の研究機関と連携しながら研究を推進する。
超量子もつれ
量子もつれ状態とは、複数の量子が特定の相関(状態の組み合わせ)の量子力学的な重ね合わせにあり、量子がそれぞれ独立した量子状態を持っているとは見なすことができないような状態のことだ。例えば、2つの光子が「両方とも垂直偏光にある状態」と「両方とも水平偏光にある状態」の重ね合わせ状態などがある。
竹内氏らは最近、多数の量子が複雑な量子相関を形作った状態について、それらが線形光学素子のみで実現できるかどうかなど、従来の「量子もつれ」の概念とは異なる概念による分類が有効な場合があることを見出した。今回の研究領域では、そのような多数の量子が複雑な量子相関をもった状態や、従来は実現されていなかった波長域での量子もつれ光などを合わせて「超量子もつれ」と称した。
学術的・社会的に大きなインパクト
研究では、情報科学、数学、物理学の理論研究と量子光学の実験研究の融合を図り、従来の「量子もつれ」の概念を超えた、多数の量子による複雑な量子状態である「超量子もつれ」の基礎原理の理解と活用の研究を行う。
これにより、複雑な量子状態の識別と効率的な情報の入力・出力を可能にする新しい手法の開発に挑戦する。具体的には、様々な量子の中でも室温で状態制御が可能かつ長距離伝送も可能な光子を用いて実証的な研究を実施するとともに、従来は実現されていなかった波長域での量子もつれ光の実現と応用研究も行う。
これらの研究により大規模な量子状態の理解と活用が可能となり、現在の量子コンピュータの考え方を超えた新たな量子情報処理の創出や量子コンピュータの実装方法の効率化の実現などが期待でき、加えて未踏波長域を用いた新たな光量子センシング(レーザ光を光源に用いた場合の感度限界を打破する「量子もつれ顕微鏡」や可視域の光検出器を用いて赤外域分光を可能にする「量子赤外分光」など)の創出も目指す計画だ。
光量子技術発展の加速は、金融、材料科学、生産技術、生命科学、医療などの幅広い分野で学術的・社会的に大きなインパクトをもたらすと期待されている。プロジェクトでは、光量子技術に関する人材の育成にもあたる予定だ。
3月27日(木)には第1回の公開キックオフシンポジウムも京都大学桂キャンパスとオンラインでハイブリッド開催された。本格始動した「超量子もつれプロジェクト」の進展にいま大きな注目が集まっている。
(川尻 多加志)