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大容量陸上光通信ネットワーク発展の歴史と今後の展開
電子情報通信学会が第52回ICT PIONEERS WEBINARを開催

July, 1, 2024, 東京-- 

 1981年、日本電信電話公社によって我が国初の光通信システムF-32M方式(リンク容量32Mbps)が実用化された。以来、システムは重層的に数多くのパラダイムシフトを起こす技術革新を積み重ねて飛躍的な発展を遂げ、今では多値デジタル変復調技術の実用化によって単一モード光ファイバ(SMF)1心でリンク容量16Tbpsという実用システムも導入されている。約40年間で、実に100万倍近くの大容量化が実現できたということになる。そして今、さらなる大容量を目指したPbps級の伝送システム実現のための研究開発が進められており、その進展が各方面より注目を集めている。
 そんな中、電子情報通信学会(IEICE、会長:慶応義塾大学教授・山中直明氏)のICT PIONEERS WEBINAR講演「大容量陸上光通信ネットワークの研究開発 ~Tbps級リンク容量の研究開発・実用化からPbps級リンク容量を目指して~」(講師:NTTフェロー・宮本裕氏)が6月18日(火)、オンライン開催された。
 WEBINAR講演は、同学会がカバーするICTに関する様々な技術分野の中から根幹となるテーマを選定して、その第一人者が現在、過去、未来について解説するというもので、今回でシリーズ52回目を迎える。

 宮本氏は1986年、早稲田大学工学部電気工学科を卒業後、1988年に同大学院修士課程を修了。その後NTT伝送システム研究所に入社して、大容量陸上光伝送方式の研究開発と実用化に従事。以来、NTT未来ねっと研究所のグループリーダーや上席特別研究員を経て、2020年よりNTTフェローとしてPbps級リンク容量の実現に向けたスケーラブル伝送基盤技術の研究開発を牽引している。
 これまでに同学会の業績賞や功績賞を受賞している他、令和3年には「コヒーレントマルチキャリア多値変調大容量光伝送方式の開発」の功績によって紫綬褒章を受章した。
 今回の講演では、宮本氏が主に関わった1波長あたりのチャンネル容量40Gbpsの波長多重システム(リンク容量1.6Tbps)について、当時の時代背景や実用化した技術要素などが紹介された。具体的には、陸上波長多重光ネットワークおいて、データトラヒックを柔軟に収容するための強力な誤り訂正符号を具備したデジタルフレームフォーマット(OTN:Optical Transport Network)技術と、従来の2値強度変調直接検波方式にかわる多値差動位相変調遅延検波方式について解説が行われた。
 講演後半では、その後大きく発展して今日の実用システムを支えている光通信用多値デジタル変復調技術(デジタルコヒーレント検波方式)を紹介するとともに、長距離伝送時の既存のSMFのリンク容量の物理限界(100Tbps)を超えるPbps級リンク容量を目指した近年の研究動向を展望した。本稿ではPbps級リンク容量実現という点に的を絞って、今後進展が求められている技術を紹介する。

 今回の開催にあたって、同学会・前総務理事の岡壮一氏は「宮本様はNTTフェローとして通信の大容量化というメインテーマを先導する第一人者です。当学会の業績賞や功績賞はもちろんのこと、令和3年の紫綬褒章に輝き、そして今もなお最難関会議である北米光通信国際会議(OFC)や欧州光通信国際会議(ECOC)のポステッドライン論文に採択される成果創出に貢献し続けています。近年の宮本様のご活動を紐解きますと、『キャパシティクランチ』という既存の長距離光ファイバ通信システムの容量限界に挑む多数の研究開発に貢献されています。私達の現代生活に不可欠なインターネットを支える光通信システムをここまで発展させた実績と、物理限界とともに実用システム上の技術課題をふまえた研究者スピリッツこそ、まさにパイオニアシリーズに相応しいものと言えるでしょう」と述べている。

Pbps級リンク容量の実現を目指して
 宮本氏は、今後のスケーラブル光伝送技術として、NTTが推進するIOWN(Innovative Optical Wireless Network)構想を紹介、その基盤となるAPN(All Photonics Network)には、現状の100倍以上となる1Pbps以上の容量が必須だと述べた。
 その一方、近年では既存の光ファイバ(SMF)の物理的伝送限界が100Tbpsだという、いわゆる「キャパシティクランチ」が顕在化。その課題を克服するため、大きな役割を果たす新技術として期待を集めているのが、マルチコアファイバやフューモードファイバを用いた空間多重技術だと指摘した。具体的な研究成果では、NTTは世界初の1Pbpsマルチコア光ファイバ中継伝送に成功。既存の125倍という大容量化ポテンシャルを実証したものとして注目を集めている。
 宮本氏は、波長多重技術進展の歴史を振り返って、Pbps級のリンク容量を実現するには、媒体の進化のみならずノード装置やトランスポンダなどといった中継器の飛躍的な小型化も必要であり、そのためには現在データコム等への適用が進んでいる光電融合技術のさらなる進展が求められると指摘、今ある技術課題はその進展によって克服できると述べた。
 講演の最後では「知の泉を汲んで研究し実用化により世に恵みを具体的に提供しよう」という日本電信電話公社・電気通信研究所の初代所長・吉田五郎氏の言葉を紹介して、宮本氏は常識を打ち破るような非常識こそが研究開発から実用化への道を拓くと述べるとともに、知識と知恵の蓄積によって知の泉は成し遂げられると指摘。研究開発に関わった最先端通信技術が、世界中の人々の社会生活を大きく変革させたと、その歴史を振り返って講演を終えた。

 次回のWEBINAR講演は7月31日(水)、国立情報学研究所の漆谷重雄氏による「学術ネットワークの設計と国際連携」が開催される予定だ。また、9月10日(火)から13日(金)の4日間は、日本工業大学(埼玉県南埼玉郡)で電子情報通信学会ソサイエティ大会が開催される。詳しくは下記URLを参照されたい。
https://www.ieice.org/jpn_r/activities/taikai/society/2024/

(川尻 多加志)