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期待の集まる有機薄膜太陽電池の研究とその応用
応用物理学会でシンポジウム開催

April, 5, 2024, 東京-- 

 2024年・第71回応用物理学会春季学術講演会が3月22日(金)から25日(月)までの4日間、東京都市大学の世田谷キャンパス(東京都世田谷区)とオンラインのハイブリッド形式で開催された(主催:応用物理学会)。
 講演会初日には、有機分子・バイオエレクトロニクス企画シンポジウム「有機薄膜太陽電池の社会実装に向けて必要なこと」が一般公開で開かれた。今回のシンポジウムでは、有機薄膜太陽電池とペロブスカイト太陽電池との「共通基盤技術」がテーマに取り上げられた。
 太陽電池に関する話題として今マスメディアで盛んに取り上げられているのが、ペロブスカイト太陽電池だ。日本発の技術ということも大きく影響しているのかもしれない。しかしながら、太陽電池にも様々な種類がある。マスメディアはともすれば、各社とも同じ話題だけを取り上げる(皆同じ方向を向いてしまう)という癖があるようで、「別の視点で」という姿勢がもう少しあっても良いのではないだろうか。
 さて、有機薄膜太陽電池はエネルギー変換効率も20%に達し、欧州や中国を中心に活発に研究が行われている。ペロブスカイト太陽電池も、有機薄膜太陽電池における基盤技術を活用して、電荷回収層(電荷輸送層)や電極、界面制御等での研究開発が進められているのが実情だ。
 有機薄膜太陽電池は色調、軽量、フレキシブルといった長所に加え、塗布印刷プロセスによる大幅な製造コスト低減やライフサイクルアセスメントといった環境配慮という点でも期待を集めている。特に、有機半導体を組み合わせることで光吸収波長領域の選択や極薄膜化の実現によってエネルギーハーベスターや農業分野への導入など、興味深い応用も試みられている。
 今回のシンポジウムは、有機薄膜太陽電池の基礎研究から実証事業に加え、ペロブスカイト太陽電池との共通基盤技術(プロセス、界面制御、周辺部材などの技術)という点にスポットライトを当て、有機薄膜太陽電池の社会実装をイメージしてもらうことを目的に開催されたものだ。当日の講演題目と講演者名は以下の通り。

当日プログラム
◆イントロダクション:柳田真利氏(産総研)
◆有機薄膜太陽電池における曲線因子の損失解析:大北英生氏(京大)
◆有機薄膜太陽電池の高効率化に向けた材料開発:尾坂格氏(広島大)
◆農業用ハウスへの搭載に向けた緑色光波長選択型有機太陽電池の開発:家裕隆氏(阪大)
◆有機薄膜太陽電池の耐久性および歩留まり率の向上:中野正浩氏(金沢大)
◆有機系太陽電池のブレードコート作製技術における課題:藤井彰彦氏(大阪工大)
◆低コスト化に向けた塗布型ハイバリア構造の開発:硯里善幸氏(山形大)
◆カーボンナノチューブ透明電極を用いた有機薄膜太陽電池:松尾豊氏(名古屋大)
◆有機薄膜太陽電池から発展した高効率で安定したペロブスカイト太陽電池:白井康裕氏(NIMS)

有機薄膜太陽電池研究の課題
 有機薄膜太陽電池(ペロブスカイト太陽電池を含む)における課題と言われているのが短絡電流の向上だ。これに加え有機薄膜太陽電池においては、開放電圧の向上が必須であり、発電効率と長期耐久性を実現するために発電ならびに劣化機構の解明も重要になってくる。
 用途として今注目を集めているのがシースルー太陽電池。農業用として期待を集める他、建物の窓やモビリティなどへの導入も有望視されている。EUにおいては一次電池の規制が議題に上がっていることから、太陽電池の屋内導入も視野に入ってくる。太陽電池を再利用するライフサイクルアセスメントという視点も今後は重要になってくるだろう。課題の克服には、有機薄膜太陽電池分野のコミュニティだけでなく、様々な材料の太陽電池の研究者や開発・応用関係者を含めた人々とのディスカッションを通じ、融合を進化させていくことが必要だ。

食料安全保障から見た農業応用
 講演で紹介された緑色光波長選択型有機太陽電池は、有機半導体の構造修飾によって波長選択性を付与できる。緑色光と赤外光を発電に利用して、青色光や赤色光の波長は透過して農作物の育成に利用できるというものだ。
 農地などにも広く使用されているシリコン系の太陽電池には波長選択性がない。さらに、2012年にスタートした再生可能エネルギー電気の固定価格買い取り制度で全国に設置された太陽光発電パネルは2030年以降耐用年数を超え、2020年3,000トン程度だった廃棄量は2030年以降最大28万トンに増えるという。シリコン系太陽電池は、廃棄という点で大きな問題を抱えている。
 一方、ペロブスカイト太陽電池も波長選択性はなく、現在主流となっている材料に有毒物質を使用していることもあって、回収・廃棄という点で課題が残されているとも言われている。
 緑色波長選択型有機太陽電池の特長は、約0.8kg/m2と軽量なので農業用ハウスの屋根に設置できることだ。特定の波長は透過できるので発電と農作物育成の両方が可能で、太陽光エネルギーを効率的に利用できる。透過型ということは農地面積を確保でき、波長選択光により農作物の単収はむしろ増加する。
 太陽電池の農業応用では、農地の上に高い架台と太陽光パネルを設置して太陽光発電を行うソーラーシェアリングという方式が良く知られている。だが、この方式はそもそもの設計思想が大規模農地向けであり、都市部での導入向けには考えられてない。収益という面でも売電が中心であり、農地の一定部分が太陽電池で覆われてしまうので農地面積は減少し、かえって収穫量が減ってしまうという弊害があった。
 一方の緑色光波長選択型有機太陽電池を用いるソーラーマッチング方式は、太陽電池そのものが軽量なので農業用ハウスの屋根に設置でき、農村と都市のいずれにも適用が可能で太陽光エネルギーの地産地消を可能にする。緑色光以外の波長は透過して育成に使用できるので農地面積も確保でき、波長を活かした農作物の品種改良が可能という特長も有している。
 日本の食料自給率は現在37%と先進国最低レベル。食料安全保障の観点からも憂慮される状態が続いている。一方、国内の農林業では年間5,000万トンもの温室効果ガスが排出されており、このうち燃料燃焼が占める割合は33%にも及ぶ。この燃料のほとんどは化石燃料で、輸入に頼っているのが実情だ。戦争や発展途上国の経済発展、円安影響による資源の買い負けなど、安定確保は難しくなる一方だ。
 緑色光波長選択型有機太陽電池は、農業用ハウスで使用する化石燃料を大幅に削減できる他、農作物の収穫量も増加できるなど、社会問題解決に貢献する革新的な技術だと言えよう。今後の研究・開発と普及に注目して行きたい。
(川尻 多加志)