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フォノンとフォトンの新領域を目指して
第170回微小光学研究会開催

March, 21, 2024, 東京-- 

 第170回微小光学研究会が3月13日(水)、早稲田大・早稲田キャンパス(東京都新宿区)で開催された(主催:応用物理学会/微小光学研究会)。テーマは「熱と光-フォノンとフォトン‐」だ。
 光とフォノンの関係では、音響フォノンによるブリルアン散乱や光学フォノンによるラマン散乱などがよく知られている。フォノンは「熱を運ぶ粒子」とも言え、近年フォノンを制御しようという研究が活発化、光によるフォノン制御やフォノンによる光制御など、光との繋がりも注目を集めている。研究会では、第一線で活躍する研究者によって、フォノンと光にまつわる基礎から最新の研究成果までが紹介された。以下に講演題目と講演者名、講演概要を紹介する。

フォノンとフォトンの機能融合
◆基調講演:フォノンエンジニアリング~フォトンとフォノンの連成による熱輸送の最前線:野村政宏氏(東大)
 半導体デバイス中の放熱問題や熱機能性材料、環境熱発電などに対する関心が高まっている。これらに使用される材料やデバイスの開発に欠かせないナノスケールフォノン輸送に関する研究も活発化している。
 固体中の熱キャリアである熱フォノンの輸送を高度に制御するには、ナノスケールにおいて顕著となる特性を理解するとともに、ナノ構造を用いた制御が必要だ。講演では、野村氏がかつて取り組んでいたフォトニクス研究の視点から半導体中の熱輸送現象が解説された。
 野村氏の研究グループは、単結晶Si薄膜に円孔を整列させたフォノニック結晶構造を作製、円孔の合間を移動する熱フォノンが指向性を獲得することと円孔を放射状に配列して熱流が空間の一点に集まることを実証して、熱流を高度に制御できることを証明した。フォノン流体力学的熱輸送実現に適した材料であるグラファイトにおいては、フォノン流体の形成を阻害する同位体の純化と適切な寸法の準備が重要だということも突き止めた。
 光とフォノンの混合状態である表面フォノンポラリトンは、固体表面や薄膜に局在しつつ面内を伝搬するため、極めて薄い薄膜において伝導を凌駕する主な熱キャリアになる可能性が理論的に指摘されていた。研究グループでは、厚さ30~200nmのSiN自立薄膜を形成して300~800Kの温度領域で光学的に熱伝導率を計測、その結果、表面フォノンポラリトンがこれら薄膜において主要な熱キャリアになることを確認・証明した。
 野村氏は、フォノン・熱輸送を高度に取り扱うフォノンエンジニアリングが、世の中に広く普及している電子製品のみならず、これから社会導入が進むと期待されている環境発電デバイス搭載機器等にも適用されるだろうと指摘した。

◆電子集団と光学フォノンの結合~コヒーレントLOフォノン-プラズモン結合モードによるTHz電磁波放射:中山正昭氏(大阪市大)
 LOフォノン-プラズモン結合(Longitudinal Optical Phonon-Plasmon Coupled:LOPC)モードは、半導体に不純物をドーピングしたり光励起によって自由キャリアが生成されると、その集団縦振動である電子・正孔プラズモンと縦型光学(LO)フォノンが分極相互作用することによって形成される。1960年代に確立された物理描像だが、コヒーレント制御という観点では未だフロンティアな研究領域だ。中山氏の研究グループは、半導体構造を制御することでコヒーレントLOPCモードから放射されるTHz電磁波周波数の光制御が可能だという新たなコンセプトを発表した。
 中山氏は、フェムト秒パルスレーザによってi-GaAs層に生成される瞬間的過渡電流(表面電場による瞬間的ドリフト運動)のキャリアがプラズモンとして作用し、それが均一な空間電場によって分極増大されたコヒーレントLOフォノンと結合してコヒーレントLOPCモードが形成されると指摘した。さらに、光励起強度によってキャリア濃度(プラズマ振動数)は制御でき、これによりコヒーレントLOPCモードからのTHz電磁波周波数を制御できると述べるとともに、コヒーレントLOPC(-)モードの寿命はLOフォノン振動周期の3倍程度であると報告した。

◆近接場ふく射によるエネルギー輸送と熱光起電力発電:磯部和真氏(岡山大)
 ある温度の物体から遠方へ熱的に放射されるふく射の強度は、物体内部のプラズモンやフォノンなどの振動子の平均エネルギーであるPlanck分布を超えないとされている。しかしながら、放射体表面から数μm以下の距離に受容体がある時、放射体表面に局在するプラズモンやフォノンが作るエバネッセント波である近接場ふく射との相互作用によって、このPlanck分布を超える高強度ふく射熱流速が生じる場合がある。この高強度近接場ふく射をナローギャップ半導体で電力へと変換するのが熱光起電力発電(TPV:Thermo Photo Voltaic)だ。
 磯部氏は、FDTD(時間領域差分)数値シミュレーションを使った近接場ふく射の振る舞いを解析する手法を紹介するとともに、熱的に生じる近接場ふく射の挙動は、電磁場シミュレーションの結果に後から温度項を乗ずることで安易に評価できると報告。さらにプラズモニックな共鳴を引き起こす周期キャビティやMSM(Metal-Semiconductor-Metal)多層膜構造が、近接場ふく射輸送の促進やTPV発電の高発電密度化に大きく寄与すると指摘した。

◆サーマルフォトニクス~放熱と発電の新技術:櫻井篤氏(新潟大)
 熱工学にフォトニクスの概念を取り入れた新たな研究分野がサーマルフォトニクスだ。次世代の放熱技術、排熱回収技術として注目を集めており、熱放射の非平衡性やトポロジカル物質を用いた非反対性を利用したエネルギー輸送や熱放射制御などが提案されている。
 講演では、メタサーフィス(2次元メタマテリアル)による波長選択性熱放射制御と波長選択宇宙放熱(赤外天文衛星用極低温(40K)ラジエータ)の他、赤外線の選択照射で省エネルギーかつ高品質な乾燥プロセスを実現する、機械学習(ベイズ最適化)により設計コストを削減した波長選択性・超狭帯域熱放射エミッタ、さらには非平衡放射を用いた新たな排熱回収技術としてサーマルフォトニクス(TPX)発電が紹介された。
 TPX発電は、生成電力の一部を非平衡ふく射エミッタの駆動電力とすることで正味電力を得る熱機関であり、黒リン半導体を採用することで従来のTPV発電と比べ15倍の発電量と低音かつ遠方場での発電が可能だという。

◆赤外線センサの高感度化技術~フォノニック結晶の基本特性と応用例:藤金正樹氏(パナソニック)
 ナノメートルオーダーの周期構造を持つフォノニック結晶を材料に組み込み、熱輸送媒体の一つであるフォノンの伝搬を人工的に操作して阻害すれば、従来の物性値限界を超える断熱性能が実現できると、その研究に注目が集まっている。
 藤金氏の研究グループは、フォノニック結晶の特異な物理特性を明らかにするとともに、世界初となるフォノニック結晶搭載IRセンサの試作に成功した。具体的には、フォノニック化SiやSiNにおいて熱伝導率が大幅に低減することを実測し、フォノニック結晶のナノ構造に起因する弾性率の低下および相転移圧力の低下を確認、フォノニック結晶の特異な熱伝導率低下の一因にナノ構造化による結晶状態の変化が影響していることを明かにした。
 IRセンサの試作においては、既存の半導体工程に適用可能な自己組織化ナノ加工技術の確立に成功し、フォノニック結晶を搭載したサーモパイルIRセンサの感度の10倍化を世界で初めて実証した。藤金氏は、ZT(熱電性能指数)のさらなる最適化によって、ボロメータをも超える性能を発現することが期待されると述べた。

◆メタサーフィス熱電変換:久保若奈氏(農工大)
 熱電変換素子は、温度差によって生じる化学ポテンシャルの違いを起電力に変換するゼーベック効果を利用して、熱エネルギーを直接電力に変換するというものだ。素子の両端に温度差がある限り恒久的に電力を作り出すことができるので、メンテナンスフリーなエネルギー源として注目を集めている。しかしながら、熱電素子上の温度勾配が消失するような均一な熱輻射環境では駆動しないという課題も抱えていた。
 久保氏の研究グループは、高い吸収断面積を有するメタサーフィスを適用すれば、均一な熱輻射環境においても熱電発電が可能になると考え、それを計算的に検証・実証した。具体的には、メタサーフィスの電極表面にAgディスクを形成(メタサーフィス素子)して、均一熱輻射環境で熱電素子上に温度勾配を誘起させることに成功。これにより均一熱輻射環境下での熱電発電の実現に成功した。
 久保氏は、今回の成功によって道路や建物表面に滞留する未利用の熱を回収して発電する環境発電素子への展開が期待できるとする一方で、さらなる発電特性の向上には広帯域吸収特性を有するメタサーフィスの起用が不可欠であり、今後メタサーフィスの吸収特性向上によって発電特性の向上を図ると述べた。

◆放射冷却素材「SPACECOOL」の省エネルギー社会への展望:末光真大氏(SPACECOOL)
 暑熱対策の重要性は高まっている。解決の一助として注目を集めるのが、直射日光下で周囲より受動的に温度低下する放射冷却素材だ。熱を大気の光透過率が高い波長帯8-13μm(大気の窓)の熱輻射に変換して、宇宙空間に放出する放射冷覚現象を利用する。
 これまでの研究は乾燥した時期や砂漠地帯、標高が600mの台地といった放射冷却現象を得る上で有利な条件下だったり、秋から冬にかけての太陽光強度が弱い時期に試験を行った事例が多く、日本の夏や東南アジアのような高温多湿環境で効果を調べたものはなかったという。
 末光氏の研究グループは、日中周囲より低温となる放射冷却素材を設計・作製、日本の海抜0m地帯の夏の直射日光下で性能を発揮させることに成功した。材料設計は、太陽光スペクトルが分布する波長帯のふく射率を0%に近くし、反射率を100%に近づけることが望ましいが、研究グループではSiO2とB2O3による無機材料の放射層とAgとAlによる太陽光反射層を組み合わせた設計を行い、太陽光反射率>95%、大気の窓における熱放射率>95%という値を達成した。
 トラックコンテナやテントといった高性能な断熱材が使用されていない用途に加え、屋外分電盤といった内部に熱源が存在する用途などに大きな効果が得られると期待される。講演では、中東地域へのアプローチや放射冷却効果が得られやすい地域への展開によって地球温暖化の緩和やIoE(Internet of Energy)社会実現への貢献についても紹介された。

今後の予定
 次回研究会は6月7日(金)、産総研関西センター(大阪府池田市)で開催される予定だ(オンラインでも開催)。テーマは「微小光学×宇宙 -Future Optical Sky-」とのこと。
 9月29日(日)から10月2日(水)には、国際会議「MOC2024(The 29th MicroOptics Conference)」が台湾(高雄市)の中山大学国際会議場で開かれる。
 この他、8月5日(月)と6日(火)の両日、微小光学を始め光エレクトロニクス全般に関する基礎から応用までを学べる「微小光学セミナー2024 オンライン」も開催される。
 これら情報の詳細は、https://www.comemoc.com/topics.html で参照を。
(川尻 多加志)