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日本国際賞・受賞記念講演が行われる
光ネットワーク産業・技術研究会、2023年度第3回討論会を開催

December, 1, 2023, 東京-- 光産業技術振興協会の光ネットワーク産業・技術研究会(代表幹事:慶應義塾大学教授・津田裕之氏)が2023年度第3回討論会「公開ワークショップ」を11月6日(月)、産業技術総合研究所・臨海副都心センター別館(東京都江東区)とオンラインのハイブリッド形式で開催した。
 今回のワークショップでは、通信関連のブレイクスルー技術をテーマに、今後のフロンティアとして注目を集める研究と今年の日本国際賞を受賞した東北大学卓越教授の中沢正隆氏と情報通信研究機構主席研究員の萩本和男氏による受賞記念講演が行われた。以下、当日のプログラムと両氏の功績を紹介する。

◆挨拶:津田裕之氏(代表幹事、慶應義塾大学 教授)
【一般講演】
◆広帯域伝送用光ファイバ増幅器:後藤龍一郎氏(ファイバーラボ 経営企画グループグループリーダー)
【記念講演】
◆半導体レーザー励起光増幅器の開発を中心とする光ファイバ網の長距離大容量化(オンライン講演):中沢正隆氏(東北大学 卓越教授)
◆光ファイバ通信大容量化の歩みを支えた技術と産業:萩本和男氏(情報通信研究機構 主席研究員)
【一般講演】
◆フォトニック結晶面発光レーザーを用いた自由空間光通信の最新動向:石村昇太氏(KDDI総合研究所 光部門コアリサーチャー)
◆光ビームを用いる通信・モニタリング・給電の水中無線技術:宮本智之氏(東京工業大学 未来産業技術研究所准教授)
◆宇宙エレベーター建設構想:石川洋二氏(大林組 技術本部未来技術創造部担当部長)
◆KDDIにおける衛星通信と携帯電話通信について:松ヶ谷篤史氏(KDDI 技術企画本部Beyond5G戦略室室長)

日本国際賞
 日本国際賞(Japan Prize)は、「世界の科学技術の発展に資するため、国際的に権威ある賞を設けたい」との政府構想に対して、民間からの寄付を基に設立されたもの。顕彰事業は国際科学技術財団が実施している。
 賞の対象となるのは全世界の科学技術者。独創的で飛躍的な成果を挙げ、科学技術の進歩に大きく寄与して、人類の平和と繁栄に著しく貢献したと認められる人だ。毎年、科学技術動向を勘案して決められた2分野で受賞者が選ばれる。今年は、「エレクトロニクス、情報、通信」分野で中沢正隆氏と萩本和男氏が、「生命科学」分野でゲロ・ミーゼンベック氏(オーストリア)とカール・ダイセロス氏(米国)が共同受賞した。
 受賞業績は、中沢氏と萩本氏が「半導体レーザー励起光増幅器の開発を中心とする光ファイバ網の長距離大容量化への顕著な貢献」、ミーゼンベック氏とダイセロス氏が「遺伝子操作可能な光感受性膜タンパク質を用いた神経回路の機能を解明する技術の開発」であった。
 4月13日(木)、東京都千代田区の帝国ホテル東京で行われた授賞式には、天皇皇后両陛下ご臨席のもと三権の長や関係閣僚、各界代表など、約140名の人々が出席。天皇陛下からのおことばに続き、4名の受賞者の挨拶や参議院議長の祝辞が述べられた。受賞者には賞状、賞牌、賞金が贈呈された。

光通信の飛躍的発展を支えた革新的技術
 中沢氏は1952年生まれ、金沢大学工学部卒業、東京工業大学大学院総合理工学研究科修士課程および博士課程修了後に日本電信電話公社に入社、その後東北大学電気通信研究所教授および所長、電気通信研究機構長などを歴任、現在、東北大学の卓越教授。
 萩本氏は1955年生まれ、東京工業大学工学部卒業、同大学大学院総合理工学研究科修士課程修了後、日本電信電話公社に入社、NTT未来ねっと研究所所長、NTT先端総合研究所所長を歴任後、NTTエレクトロニクス代表取締役を務め、現在、情報通信研究機構主席研究員。

 単一モードファイバを用いた光通信は1980年代に実用化されたが、当時の増幅器は光信号を電気信号に変換する電気式で、装置は大型、しかも大電力が必要だった。そこで、光信号をそのまま増幅できる小型・高効率・広帯域の光増幅器の出現が切望されていた。
 中沢氏は、エルビウム添加ファイバと、それを励起する1.48µmのInGaAsP半導体レーザーを用いる手法を世界で初めて提案。光増幅の原理は、1.48 µm光がエルビウム原子の基底状態の電子にエネルギーを与えて励起状態へと押し上げ、この電子が誘導放出で出すエネルギーを1.55µmの通信光が受け取って増幅するというもの。
 現在の光通信は、長距離を伝送するために1km当たりの光減衰が0.2dBという最低損失波長である1.5µm波長帯が用いられている。エルビウム原子の誘導放出で生じるエネルギーは、この波長帯の光を増幅でき、その結果12.5dBという利得を実現できた。加えて、増幅波長の幅は40nmという広帯域でもあった。
 中沢氏の提案は、これまで1.5m2もある大がかりな励起光源を必要としていた光増幅器が、小型でかつ電池でも駆動できる可能性を示した。広帯域で光増幅できることも、その後の光通信の大容量化に貢献する可能性を秘めていた。
 一方の萩本氏は、この提案をもとに実用的な光通信システムの構築に取り掛かった。この半導体励起EDFAを使って1.8Gbit/sの強度変調直接検波方式で試験を実施、その結果212kmもの長距離伝送が可能だという結論を得た。世界で初めて光増幅器の実用性を実証したものであった。この革新的な技術は、それからわずか5年で世界中を繋ぐ幹線系長距離伝送網に採用されることとなる。

 EDFAの多波長光信号を一括増幅できるという優れた特性は、複数波長を混ぜて伝送し、検出側で分割する波長分割多重伝送技術(WDM)と相まって、90年代半ばから光通信の大容量化を牽引、テラビット大容量光伝送の扉を開いた。光通信はその後、多値変調伝送技術やデジタルコヒーレント伝送技術といった新技術が次々に登場、単一モードファイバの物理限界とされる100テラビットを超え、今やペタビット伝送も視野に入るなど、常に進化を続けている。

歴史を振り返り未来を展望
 中沢氏は講演の中で、半導体レーザー励起光増幅器 (エルビウム添加光ファイバ増幅器:EDFA)発明への道を振り返った。1980年電電公社入社時、中沢氏が最初に取り組んだのが光ファイバの破断点を検出するOTDR(Optical Time Domian Reflectometer)の研究だった。当時光ファイバに添加されていた希土類はネオジムで、これにより1.32μmのレーザーを発振させていたが、中沢氏は検出距離を伸ばすため損失の最も少ない1.55μmが発振できるエルビウムの使用を提案、その研究開発を押し進めた。
 82年から84年にかけては1.55μmのエルビウム・リン酸ガラスレーザーの開発とOTDRへの応用研究に取り組み、87年にはエルビウム添加ファイバレーザーに関する論文を発表した。そして89年、遂に半導体レーザー励起EDFAのプロトタイプの作製に成功。世界初の快挙であった。
 EDFAを用いた新たな光伝送技術への挑戦としては、3つのマルチ(3M)技術が紹介された。3Mとは Multi-level modulation、Multicore fiber、Multimode controlの3つの頭文字(M)を採って名付けられたもので、急増するインターネット・トラフィックの問題を解決すると、世界中で研究開発が活発化している。この技術を用いた10Pbit/s光伝送実験も、ECOCやOFCなどの学会で報告されている。
 Beyond 5Gに向けた無線と光のシームレスな統合技術(Fully Coherent Mobile Fronthaul)にも注目が集まる。超高速・大容量、超低遅延、超多数同時接続を実現すると期待されているBeyond 5Gだが、そこで用いられる高周波アンテナシステムは空間伝搬損失が大きいので光ファイバで無線通信を長距離伝送する光モバイルフロントホールが重要になる。中沢氏はこの時、経済的で高性能なフルコヒーレント通信が有望だと指摘した。
 光通信技術は単に伝送技術に留まらず、無線通信や宇宙通信、光コンピュータ(信号処理技術)などへの展開が期待される。中沢氏はこう語って講演を締め括った。

 萩本氏は、EDFA開発を中心とする光ファイバ網の長距離・大容量化への顕著な貢献を中心に、技術的および産業的な視点で、この40年の進展を振り返った。第1世代の光ファイバ通信の基本構成の確立から第2世代のEDFAによる中継系開発と高速伝送および波長多重による大容量化、第3世代のデジタルコヒーレント技術による大容量化に関するトレンドが紹介された。
 EDFAが照らし出したのは、広帯域だが損失がネックだったファイバや外部変調器、合分波器などのデバイスが生き返ったこと、中継器回路とファイバ伝送路の融合、インターネットによるデジタルコンテンツの世界的流通、熱雑音克服による新たな信号処理の可能性だったという。
 開発に関しては、パスを前に投げられないラグビーに例え、次に走る人に対しなるべく走りやすいタイミングで、具体的な手段を提供することが肝要だと指摘。EDFAの導入過程では、社会インフラを担う人はリスク対処を気にするが、メリットが実感できれば様々な所で使用してくれると自身の経験を語った。
 実際の導入には、新デバイスの信頼性や性能を定義するスペックの確定に加え、方式パラメータの確定やマージン設計を実施、導入ステップとしては生産性の向上や国際標準への提案・採択、事業環境との整合と運用性試験の他、導入支援やマーケット拡大へのフォローアップなども行い、インフラ導入は慎重かつ迅速に全国展開された。
 萩本氏は、光ファイバ通信ネットワークは社会基盤になったとして、コロナの時代に間に合って良かったと述べた。一方、膨大なデータが機械学習でインテリジェント化され、人間が一生かけて得る経験値を一瞬で超えてしまう時代が迫っており、エネルギー問題が深刻になると指摘。最後に、光技術が新たな時代に益々重要なテクノロジーに進化することを祈念すると講演を締め括った。

次回討論会
 次回の第4回討論会は2024年1月25日(木)、海外動向関連のテーマ(仮)でNICT情報通信研究機構本部本館4階国際会議室(東京・小金井市)とオンライン(仮)で開催される。詳しい情報は下記HPに掲載されるので、参加の際には参考にして頂きたい。
http://www.oitda.or.jp/main/study/pnstudy/pnstudy.html

(川尻 多加志)