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水中光無線技術実用化の現状と動向
ALANコンソーシアムがベンチャー企業を設立

November, 2, 2023, 東京-- 音波など、限られた手段しか使えない海中を始めとした水中環境は「最後のデジタルデバイド領域」とも言われている。この水中環境を生活圏の一つと捉えた時、陸上や空間に準じた光無線技術の活用は必須となる。
 水中環境を「Local Area Network」と位置付け、水中光無線技術の研究開発を進めているのがALAN(Aqua Local Area Network)コンソーシアムだ。設立は2018年の6月、代表にはトリマティスの代表取締役・島田雄史氏が就いている。6月には「ALANレポート」を発表した。

水中ネットワークの構築
 地球表面の約70%は海だ。この海に周囲を囲まれた日本は、世界有数の海洋国家。国土の面積は世界ランク60位だが、領海と排他的経済水域では6 番目という広さを有している。そのため、水中・海中の利活用は、我が国に大きな価値と優位性をもたらすと期待されている。
 地上や空中、宇宙に比べ、水中環境における利活用が進まない理由には、水の持つ様々な特性が影響している。特に情報通信技術の水中適用には、これが大きなハードルとなってきた。
 海の色が青く見えるのは、吸収のため赤色が失われやすく、青色に向かうほど透過されやすいという性質を持っているからだ。そのため、青色光は水中での多様な活用を可能にすると期待を集めている。
 水中での情報通信技術適用の可能性は、青色LEDの登場によって大きく拡がった。青色レーザなどへの展開も含め、近年では効率や明るさなどの技術的進歩も進んでいる。水中光無線は近年、安全保障分野においても注目を集めている。
 コンソーシアムでは、「水中を一つの生活圏ととらえた場合、情報通信手段として地上や空中の発展をけん引した無線技術の適用は不可欠である。この無線技術として、水中を透過できる光の利用が極めて重要」とする一方で「情報通信を全て光の無線技術だけで構築するのではなく、これまでも利用されてきた有線技術や、光と異なる特徴を持つ音波と棲み分けたうえで、より柔軟性のある『水中ネットワーク』を構築することが肝要」と提言する。
 さらに「近年大きく進展した青色光を技術の中心に据え、日本は世界をリードして特に民需として材料・デバイス・機器・システム・ネットワークなどの光無線技術の研究開発を推進すべきである」と指摘、「水中世界を次世代の経済圏としてそこに新たな市場を創出し、また、既存の社会課題の解決につなげていくことは極めて意義深い」と述べている。

活用の具体例
 水中光無線技術の実現と進展は、新たな市場創出と発展を創出する。第1次産業関連では、いけすなど養殖場の点検・監視・観察・計測といった管理業務や設置・保守作業などへの活用、ダムなどの水力発電設備や水上ソーラー発電設備など、エネルギー分野における管理・保守業務、設置作業などへの活用が期待される。
 海上に加え、海中を利用した輸送、海底や海中の資源・エネルギー開拓などにも適用できる。海底ケーブルや、水中・海中と陸上を結び付けている港湾設備、橋脚などの水中構造物、インフラの調査・点検・監視、さらに精密な海底地形図の作成への活用や地震、津波、台風に関わる波浪などの防災監視にも適用できる。
 環境問題に関しても、海洋マイクロプラスチックの監視・観測や二酸化炭素の水中モニタリングなどへの活用が期待を集めている。
 民生応用としても海中観光・旅行、水中eスポーツ、VR水族館などの水中アクティビティやレジャーへの応用のほか、地上生活圏の各種の水槽やプールなどの保守管理など、その応用範囲は広い。
 水中・海中に関わる産業の新たなプラットフォーム構築と、その社会実装を進めるためには、水中・海中における高度なセンシングと、動画などの膨大な情報通信を可能とする通信技術、さらには水中ドローンなど、水中ロボティクスの技術的発展が欠かせない。これらの機器や仕組みに対する電力・給電技術も必要だ。
 特にセンシング・通信・給電に関しては、無線技術の実現と高度化の加速が求められている。これらの技術が搭載される多様な水中ロボットが進化することによって、広大な水中・海中を、制限なく利活用することが可能となる。

水中光無線技術の意義
 音波はすでに水中無線で広く利用されている。技術的な進歩も継続している。その利点は、信号が極めて長距離まで届くことであり、キロメートル単位での利用も可能だ。しかしながら音波の周波数はキロヘルツ程度であり、通信速度は大体10Kbps程度と非常に遅い。波長が長いことに起因するセンシングの分解能にも制約があり、現代社会における情報通信の観点からは十分な特性を備えていない。
 一方、電波は地上における通信で幅広く利用されているものの、水中においては損失が非常に大きい。Wi-Fiのようなギガヘルツ帯の高周波は、数mmしか伝搬しない。周波数が低ければ、距離はわずかに伸びるが、AMラジオ程度のメガヘルツ帯でも伝搬できるのは数十cm。低周波の10kHz程度になれば数十m単位で伝搬も可能だが、この周波数では通信速度が1Kbps程度になってしまう。
 有線ならば、通信や給電の性能的に問題は少ない。Gbpsクラスの速度も利用できる。しかしながら敷設作業が必要で、海中での移動体利用では配線長という制約があり、加えて配線の絡まりや長尺配線の保管など、問題も多い。
 そこで、水中・海中においても通信の無線技術への移行が重要になってくる。光は電波と同じ電磁波の一種だが数百THzという超高周波。この中で特に青色や緑色は、水の特性からほぼ唯一の透過可能な高周波電磁波となっている。
 地上では光を利用した通信やセンサが多用されているが、同等の性能が水中・海中でも利用できると期待を集めている。ただし、水中の伝搬距離は水質によって大きく変化する。例え好条件でも数百mや数kmといった距離の通信には利用できない。そこで、様々な状況や環境、必要な特性に応じて音波や電波、有線などを組み合わせた通信システムの構築が求められる。
 小型で高効率、かつ明るい青色光源である青色LEDや青色レーザの利用が容易になったのはここ 10年ほど。水中光無線技術は、ごく最近活発化し始めたばかりの分野で、技術的な進展がまだまだ必要だ。光無線技術の進展によって、その応用範囲がますます大きく広がっていくことが期待される。

ALANレポート
 コンソーシアムが発表したレポートは、水中光技術とその応用分野に関わるメンバーが、その知見をもとにして(1)水中・海中という次世代の経済圏の実現に関わる水中光技術(特にLiDAR・光無線通信・光無線給電)や、水中ロボティクスなどの技術動向を知らせる(2)社会実装に必要なニーズ等を情報共有する(3)これらの研究開発等の成果の情報発信を通じて、社会の理解促進や市場の活性化を図ることを目的に執筆された。
 内容については、水中・海中分野ビジネスの優位性やコンソーシアム組織・会員の活動を紹介するとともに、産業・応用領域・技術の動向・課題・技術ロードマップ、水中光通信技術・機器の市場見込みなども解説している。一般公開データに関しては、下記URLで見ることができる。
https://www.alan-consortium.jp/document/

ベンチャー企業「アクアジャスト」設立
 コンソーシアムでは、新しいコンセプトの水中センサロボットを駆使して新たな水中事業の実現を目指すベンチャー企業「アクアジャスト」(代表取締役CEO:島田雄史氏)の設立を発表した。
 事業としては、海洋・海中を代表とする水中環境に適した水中センサロボットをプラットフォームとした水中リアルモニタリングシステムを構築するとともに、システムから取得したデータの運用やデータを活用したサービスを行って水中環境下の大容量データ伝送を実現すべく水中光無線通信を手掛ける。センサ・通信に関しては、光だけではなく、音波、電磁波、カメラ等の技術とのマッチングやミキシングを行うことで水中環境のDX化を推進する計画だ。
 発表会では、世界初の「水中フュージョンセンサ」技術も紹介された。従来にはなかった RGB3色のレーザを搭載したLiDARとカメラの同時搭載かつハードを融合した世界初の技術だ(特許出願中)。これまでは、センサによって取得したデータを複雑な画像処理推定技術で元の色合いに復元していたが、開発した技術によって必要とされていた精度と処理時間の課題が解決できた。11月から顧客との実証実験を開始する予定で、各業界・各ユースケースでのデータをもとに水中フュージョンセンサ市場の拡大を目指す。
(川尻 多加志)