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時代はSPring-8-Ⅱへ
SPring-8シンポジウム2023開催

October, 5, 2023, 東京-- 9月26日(火)、27日(水)の両日、「SPring-8シンポジウム2023」が大阪大学・豊中キャンパスとオンラインのハイブリッド形式で開催された(主催:SPring-8ユーザー協同体〈SPRUC〉、理化学研究所放射光科学研究センター、高輝度光科学研究センター〈JASRI〉、大阪大学)。
 SPring-8の共用がスタートしたのは、今から25年前の1997年10月。これまでに世界のフロントランナーとして高輝度光を活用した多くの成果を輩出し、世界の放射光科学を牽引して来た。産業界の課題解決に繋がる成果も数多く生み出し、社会貢献でも重要な役割を果たして来た。
 2012 年4月には、SPring-8の成果の創出と社会貢献を目的として「SPring-8ユーザー協同体(SPring-8 Users Community:SPRUC)」も創設された。SPRUCは、学術界と産業界の利用者全員で構成されている。その目的は、SPring-8と連携し施設や計測技術の先端性、利用システムの利便性向上に寄与するとともに、科学技術の進歩、新しい学術、新産業の創成、人材育成や社会発展に貢献することだ。
 中心的な活動の一つが「SPring-8シンポジウム」だ。様々な分野におけるユーザーの科学技術的交流の場として2012年以降毎年開催され、最新の研究成果発表とともに、SPring-8の進歩とともに爆発的に増加するビッグデータをどのように扱い、新しいサイエンスをどのように生み出していくか、放射光科学の将来ビジョンを議論して来た。

SPring-8データセンター構想
 SPring-8では現在、ビームラインの改修や加速器の高度化が進められている。その一方で、世界に先駆け実用化された、超広帯域データを生成するCITIUS検出器(直接検出型次世代X線画像検出器)への対応や幅広いユーザニーズを考慮して、データ圧縮とデータ共有に力点を置いたSPring-8データセンター構築の計画が進んでいる。
 計画では、富岳やHPCIコンソーシアムに参画している大型コンピュータとの連携による計算リソースの確保や、国立情報学研究所が提供する研究データ管理サービス「GakuNin RDM」によるデータマネジメントといった、SPring-8サイト以外のサービスとの連携によるハイブリッド化を推進する。
 中核となるオンサイトのデータセンターは、すでに今年の夏から稼働しており、多数試料向けサービスや少数試料向け大量高精細データサービスがスタート、今後各種サービスを拡充していく計画だ。

SPring-8からSPring-8-Ⅱへ
 SPring-8では、老朽化した古い入射用加速器の運用を停止し、隣接するX線自由電子レーザ施設「SACLA」の線形加速器を入射器に利用することで、高性能な入射性能を確保すると同時に、4.7MW(全体の17%)の電力削減と旧入射器本体・付帯設備の更新費用(約70億円)の削減を実現した。
 一方で蓄積リングは部分的な改修が不可能で、そのまま使わざるを得ないのが実状であった。もちろん、これまでにも老朽化したビームライン更新時に性能向上を図ってきたが、それでも限界があり、利用者(特に産業界)から寄せられてきた「混み合っていて使えない」や「使えたとしても、待ち時間が長すぎる」といった課題の他、老朽化・光熱費高騰による安定運転への懸念、米国、欧州、中国等、海外勢の分析能力の進展(第4世代の登場)への対応などといった幾つもの問題を抱えていた。
 そこで、次世代のSPring-8、「SPring-8-Ⅱ」実現に向けての計画が進展している。計画では、蓄積リング本体を最先端のデザインに置き換えることで、消費電力を半減しながら100倍以上の輝度を有する高エネルギー放射光を供給、2050年までのイノベーション創出を支え続ける科学技術基盤とするとともに、日本の国力の持続的発展に不可欠な共用資源とすることを目標にしている。
 具体的には、電子ビームを小さく絞って輝度を上げるマルチベンドアクロマット(MBA)ラティスと複合磁石技術を導入、ビームエネルギーを8GeVから6GeVへと低減することで、エミッタンスの大幅な低減と高輝度化を図る。さらに、偏向磁石を電磁石から永久磁石へ変更するとともに、SACLA線形加速器からのビーム入射によって光熱費半減を図り、サイト全体のグリーン化も進める。
 蓄積リングの4か所に設けられた長直線部の一部にはダンピングウィグラーを設置、エミッタンスを50pm.radまで抑制して世界最高輝度の蓄積リング光源とする一方、6GeVリングにおいても高エネルギーX線利用を一層発展させるために新型真空封止アンジュレータ(IVU-Ⅱ)の短周期化を進め、エミッタンスへの影響を抑制しつつ特定の偏向磁石の磁場強化も行う。プロジェクトは2024年度からスタート、供用開始までトータル5年間で行う予定だ。
 SPring-8-Ⅱは、実用分解能1ナノメートルの「質の革命」とスループット100倍の「量の革命」を実現するものだ。質的な面では、半導体やエネルギー材料、プロセスなどの分析対象を非破壊・リアルタイム・ナノ分析ができるようになることでイノベーションを創出し、量的な面では部品や製品に加え、土木・建築など各種インフラ系試料を大量かつ系統的に分析することでフォジカル空間とサイバー空間を繋ぎ、研究サイクルの加速に貢献する。
 硬X線のSPring-8-Ⅱと軟X線のNanoTerasuは相補的な関係になるという。NanoTerasuは、東北大・青葉山キャンパスに建てられた軟X線放射光施設で来年度から運用がスタートする。産業振興への活用が期待されている。一方のSPring-8-Ⅱは、時定数の長い未来を見据えながら、ロングレンジの成長機会創出に資することが期待されている。
 計画では、強い日本を創る産学官の相互作用を目指し、これまでのアカデミア利用中心から産業利用を増やすことを目標に掲げ、ニーズ調査やSACLA/Spring-8基盤開発プログラムを進めて行く予定だ。

シンポジウム・プログラム
 今回のシンポジウムでは数多くの最新の研究発表の他、パネルディスカッションやポスターセッションが実施され、第12回のSPRUC Young Scientist Award 授賞式も行われた。少々長くなるが、二日間にわたるプログラムを以下に記す(シンポジウム・ホームページより作成)。

◆セッションⅠ:オープニング
開会挨拶:西堀英治氏(SPRUC会長)
挨拶:尾上孝雄氏(阪大理事副学長)、松尾浩道氏(理研理事)、雨宮慶幸氏(JASRI理事長)
来賓挨拶:稲田剛毅氏(文科省研究環境課長)

◆セッションⅡ:施設報告
SPring-8 の現状:坂田修身氏(JASRI)
SPring-8 データセンター構想:初井宇記氏(理研)
SPring-8Ⅱの概要:矢橋牧名氏(理研、JASRI)

◆セッションⅢ:大阪大学×SPring-8
SPring-8/LEPS2 (BL31LEP) で拓くクォーク核物理:石川貴嗣氏(阪大核物理研究センター)
生体超分子複合体構造解析ビームライン(蛋白研ビームライン)BL44XU:中川敦史氏(阪大蛋白質研究所)

◆セッションⅣ:研究会報告
結晶核モノクロメーターを用いた物質科学のための先端メスバウアー計測技術の開拓:三井隆也氏(SPRUC核共鳴散乱研究会)
放射光が切り拓く地球惑星・高圧物質科学研究:太田健二氏(SPRUC地球惑星科学研究会)
米国アルゴンヌ国立研究所の放射光施設Advanced Photon Sourceの利用申請から実験まで~SPring-8 とその次期計画を考える:水谷隆太氏(SPRUC高分解能X線イメージング研究会)
スピン分解光電子運動量顕微鏡と摂動下共鳴X線非弾性散乱の新展開:菅滋正氏(SPRUC固体分光研究会、原子分解能ホログラフィー研究会)
放射光分光を活用した社会実装・国際標準化への取り組み:吹留博一氏(SPRUC顕微ナノ材料科学研究会)
SPring-8で得られる異種データのハイブリッド構造解析による構造化学研究:橋爪大輔氏(SPRUC結晶化学研究会)

◆セッションⅤ:最先端光源をリードするSPring-8/SACLA
ミラーによる放射光X線ナノ集光技術の最前線:山内和人氏(阪大)
SACLAを利用した極限環境下の物質に関する研究:尾崎典雅氏(阪大)
高エネルギーX線用X線顕微鏡開発とナノデバイス構造観察:表和彦氏(リガク)

◆セッションⅥ:パネルディスカッション・SPring-8/SACLAとデータ科学の融合が生み出す可能性
小松崎民樹氏(北大)、赤井一郎氏(熊本大)、矢代航氏(東北大)、関山明氏 (阪大)、加藤健一氏(理研)

◆セッションⅦ:ポスターセッション
SPRUC研究会、共用BL、専用BL、理研BL、施設、長期利用課題、大学院生提案型課題(長期型)

◆セッションⅧ:SPRUC総会・YSA授賞式・受賞講演
SPRUC活動報告、2022年度決算、2023年度予算報告等
12th SPRUC Young Scientist Award 授賞式
受賞講演1:高エネルギーX線回折を用いた価電子軌道の直接観測:鬼頭俊介氏(東大)
受賞講演2:柔軟な多孔性配位高分子の動的挙動のその場観察による解明:大竹研一氏(京大)

◆セッションⅨ:クロージング
総括:石川哲也氏(理研放射光科学研究センター長)
閉会挨拶:西堀英治氏(SPRUC会長)

(川尻 多加志)