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進化を続ける小型集積レーザ(TILA)
マイクロ固体フォトニクス研究会/レーザー学会「小型集積レーザー」専門委員会が開催

September, 21, 2023, 東京-- 「光科学の研究は、自然科学分野における未知の領域に光を灯すという目的だけでなく、我が国の産業競争力向上の源泉としても、その進展に各方面から注目が集まっている。
 そんな中、「新たな光科学への期待」というテーマのもと9月13日(水)、マイクロ固体フォトニクス研究会ならびにレーザー学会「小型集積レーザー」専門委員会(第10回)が、分子科学研究所(愛知県岡崎市明大寺町)とオンラインのハイブリッド形式で開催された。
 研究会では、小型集積レーザ研究の最新状況が紹介されるとともに、フォトニック結晶面発光レーザと冷却原子型超高速・量子コンピュータという光科学における注目の研究2本の講演が行われた。当日のプログラムを以下に示し、次章以降では講演の概要を紹介する。

◆座長挨拶:平等拓範氏(理研/分子研)
◆講演「フォトニック結晶面発光レーザー」野田進氏(京大)
◆講演「量子スピード限界で動作する冷却原子型超高速・量子コンピュータ」大森賢治氏(分子研)
◆委員会報告「TILA-LIC2024準備状況説明」
◆名刺交換会
◆社会連携研究部門平等研究室見学(希望者)

小型集積レーザ(TILA)
 物質や材料の性質をマイクロメータオーダーで制御して固体レーザや非線形光学波長変換などの光学特性を強調、さらには新たな機能を発現させることを目指すのがマイクロ固体フォトニクスだ。
 今、微細な秩序制御(高度な物質制御)を施した物質の集積によるジャイアント光(高輝度光・高輝度温度光)の発生・制御が望めるジャイアントマイクロフォトニクスによる小型集積レーザ(Tiny Integrated Laser:TILA)に注目が集まっている。
 その研究は、高強度レーザの小型化を実現するマイクロチップレーザ、NdやYbなどを用いたレーザセラミックス、疑似位相整合を用いた非線形光学波長変換の三つの方向で進行している。応用は、金属表面を叩いて押し延ばすことによって表面に圧縮残留応力を与えるピーニングやフォーミングの他、レーザ核融合用の光源や自由電子レーザ、放射光源、粒子加速器の小型化など、多岐に渡る。
 座長を務める平等拓範氏は、高出力レーザの形状として分布面冷却(Distributed Face Cooling:DFC)構造を考案した。近年の研究では、新たに不安定共振器型マイクロチップレーザを考案、70MWの世界記録を達成した。実験室においては100MWを超えているという。
 分子研内には、小型集積レーザの社会実装を目指す「TILAコンソーシアム」が設立されている。コラボスペースとして分子研内の建屋をリニューアル、広いクリーンルームが設けられ、接合装置も移設された。ベンチャー企業として「HyTILA」も設立され、発足時15団体だった会員(有料会員)も現在では38団体に増えた。会員になれば、社会連携研究部門との共同研究や分子研が所有する知的財産実施に係わる優遇措置に加え、同部門が収集したデータの提供や技術相談などの特典も受けられるとのことだ。

フォトニック結晶面発光レーザ(PCSEL)
 野田氏は、高ビーム品質・高輝度動作を実現する2重格子フォトニック結晶を考案して、最大輝度1.5GWcm-2sr-1という従来の半導体レーザの10倍以上の高輝度化を実現、これを用いてビーム拡がりが小さく空間分解能の高いLiDARを開発した。基本的にPCSEL搭載LiDARは複雑なレンズ系が必要ないので簡素化・小型化を実現できるが、今回は従来のPCSEL搭載LiDARに比べても、さらに体積1/3という大幅な小型化を達成した。量産工法としては、高速・簡便なナノインプリントリソグラフィ法を採用、電子ビーム露光を用いたPCSELに迫る性能を実現している。
 複合変調フォトニック結晶も開発、自由空間の狙った方向へのビーム出射や様々な形状のビーム(ストラクチャードライト)射出を実現して、フラッシュ型とビーム走査型を組み合わせた3次元LiDARを開発、反射率の低い物体の追尾も可能にした。
 加工応用においては、独自理論を用いてフォトニック結晶を形成した直径3mmのPCSELを作製、最適な結合係数を得るとともに、回折限界に近いビーム拡がり角(~0.05°)を実現、直径3mmというこれまでの10倍の面積でも高ビーム品質動作を実現した。さらに連続動作時の温度分布を打ち消すように格子定数分布を導入した温度補償構造を採用、単一モードで50Wの発振(ビーム品質M2~2.36)とCW輝度1GWcm-2sr-1の壁を超えることに成功した。
 野田氏は、直径10mm(あるいはそれ以上)においてフォトニクス結晶構造の微調整と結合係数値をさらに適正制御すれば、大型レーザをも凌ぐ完全単一モードで輝度10GWcm-2sr-1以上の性能を有する究極のレーザの実現も期待できると述べた。研究は、ワット級GaN-PCSELやアイセーフ光通信、宇宙空間通信などにも拡がっており、量子計算を活用したPCSELデバイス構造の最適化にも取り組んでいる。
 京大に拠点として設立されたPCSEL-COEは1,000m2強の広さを有し、試作ラインや企業集結スペースも設けられている。装置メンテや動作者の拡充も図っており、拠点は窓口機能も果たし、弁護士活用や商社活用も行う。拠点強化と社会実装によって研究開発を通じて生み出されるモノおよびコトを提供して行くという。引き合いは国内外100以上の企業・機関に増えており、ドイツのフラウンホーファーやオランダのPhoton-Delta等、日独蘭連携も実施している。

量子スピード限界で動作する冷却原子型超高速・量子コンピュータ
 量子シミュレータは、量子多体問題(相互作用する3粒子以上の量子力学的な問題)のシミュレーションに特化した量子コンピュータだ。中でも強い相互作用をする多数粒子の集団である強相関系は多くの重要な物理・化学現象を支配するもので、これを理解することが現代科学・技術における中心課題の一つとされている。
 量子多体問題を現状のスパコンで解くのは非常に難しい。だが量子シミュレータを用いれば、例えば「富岳」で10573年かかるものが1秒以下で計算できるようになるという。大森氏の研究チームは、原子レベルで動作する世界最速の量子シミュレータの開発に成功した。超高速・パルスレーザを用いて強相関リュードベリ原子集団を生成するとともに、アト秒精度のコヒーレント制御によって実現したものだ。これにより、強相関・極低温リュートベリ原子集団における1フェムト秒オーダーの超高速・多体電子ダイナミクスがアト秒の精度で制御・観測できるようになった。
 量子コンピュータのハードウエアには超伝導型、イオントラップ型、冷却原子型などがあるが、超伝導型やイオントラップ型が扱える量子ビットの数は100~1,000が限界。だが量子コンピュータを何らかの社会に役立てるには、10,000量子ビット以上が必要と言われている。レーザ光(光ピンセット)で原子を並べ(量子ビット)、レーザ光で操作する(量子ゲート)冷却原子型は、10,000量子ビット以上を扱うことができ、大規模化を実現できる。量子ビットの波の性質が、超伝導型の4桁以上長く続く(高コヒーレンス)という特長も有している。
 量子ゲートには1量子ビットゲートと2量子ビットゲートの2種類があるが、1量子ビットゲートが個々の量子ビットが独立に動作して、お互いの連携がないと計算できないのに対し、2量子ビットゲートなら量子ビット間に量子もつれが生じるので、指数関数的に高速化が可能だ(2の1,000乗)。これこそが量子コンピュータの速さの源泉、量子コンピュータの本質そのものだという。しかしながら、その開発はこれまで困難とされてきた。
 量子ビットは外部からのノイズに弱い。一方、冷却原子型の2量子ビットゲートの動きは、これまでは非常に遅く(~1マイクロ秒)、このためノイズが生じる時間スケール=マイクロ秒よりずっと速いゲート操作が求められてきた。これは、あらゆる量子コンピュータ・ハードウエアが追求し続けているテーマである。
 研究チームは光ピンセット配列型の冷却原子系を開発、世界最大レベルの800原子を一括して冷却・初期化することに成功した。世界最高レベルの量子ビット初期化技術(コヒーレント制御)だ。量子スピード限界で動作する超高速2量子ビットゲートの実現にも成功した。1,000億分の1秒(10ピコ秒)だけ光る超高速レーザパルスを用い、6.5ナノ秒という動作時間を実現、従来の冷却原子型を2桁も加速させることに成功した(ちなみに2020年に発表されたGoogleの超伝導型は15ナノ秒)。これによって、ノイズの時間スケール=マイクロ秒より圧倒的に速いゲート操作時間が実現できた。

今後のアクティビティ
 次回の研究会は、第11回が12月20日(水)に「どうする?日本企業(仮)」というテーマで、第12回は2024年2月14日(水)、「原子拡散室温整合(仮)」というテーマで開催される予定だ(共に分子研とオンラインのハイブリッド開催)。
 国際会議「TILA-LIC2024」も2024年4月24日(水)から26日(金)までの3日間、パシフィコ横浜で開催される。論文投稿締め切りは12月18日(月)で、ポストデッドラインの投稿締め切りは2024年2月23日(木)だ。公式サイトは9月下旬には立ち上がる予定で、URLはhttps://tila-lic.opicon.jp/になるもよう。
(川尻 多加志)