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青色半導体レーザで害虫を撃墜
日本光学会が第48回光学シンポジウムを開催

July, 6, 2023, 東京-- 日本光学会(会長:静大・川田善正氏)主催による「第48回光学シンポジウム」講演会が6月22日(木)と23日(金)の両日、東大・生産技術研究所(東京都目黒区)の会場とオンラインによるハイブリッド形式で開催された(共催:応用物理学会・フォトニクス分科会)。
 同講演会は「実用的な最先端の光学設計/光計測/光学素子/光学システム」をテーマとして、光学設計者や技術者が日頃の研究・開発の成果を発表・討論する場として毎年開催されている。今回の講演会で発表された研究報告は、招待講演を含め全部で22件。ここでその全ては紹介できないので、以下に招待講演のみの講演題目と講演者を記す。
 さらに、次章では食糧安全保障の観点からも自給率向上が求められる農業・漁業におけるスマート化研究の一例として、青色半導体レーザによる害虫駆除にスポットライトを当てた、阪大の藤寛氏による「光技術を利用したスマート農業・漁業応用」の講演概要を紹介する。

【招待講演】
◆高精細な3次元撮像のためのインコヒーレントディジタルホログラフィの研究:信川輝吉氏(NHK)
◆IoT(手段)からSoT(目的)へ:大橋郁氏(エバ・ジャパン)
◆レンズレスカメラに適した深層学習モデルとは:山口雅浩氏(東工大)
◆メタレンズとAIを融合したスペクトル撮像技術:曽我部陽光氏(NTT)
◆量子アニーリングを用いたブラックボックス最適化によるメタマテリアル開発:田村亮氏(NIMS、東大)
◆高輝度中赤外レーザーを用いた非侵襲血糖値センサー -実用化に向けて-:山川考一氏(ライトタッチテクノロジー、量研)
◆光技術を利用したスマート農業・漁業応用:藤寛氏(阪大)
◆3次元光計算イメージングとその生命科学及び散乱透視イメージングへの応用:的場修氏(神戸大)

農薬を使わない害虫駆除
 安全保障の議論が防衛、経済、資源、食料などの幅広い分野において活発化している。食料分野においても我が国の自給率の低さは以前より指摘されていたが、力による現状変更をよしとする権威主義国家のあからさまな行動によって、グローバリズムに任せるのがベストと思っていた、これまでの楽観的状況は一変してしまった。

 「光技術を利用したスマート農業・漁業応用」を講演した阪大の藤寛氏は、青色半導体レーザによる害虫(ハスモンヨトウ)駆除の研究に特化して講演を行った。世界の農作物生産額165兆円のうち、26兆円(16%)が害虫や害獣によって失われているという。このうち害虫の駆除は、これまでは農薬が主流であった。ところが、近年では害虫が薬剤抵抗性を持つようになり、農薬が効かなくなっている。新しい農薬を開発しても、しばらくすると害虫は再び薬剤抵抗性を獲得してしまう。イタチごっこの様相を呈している。
 ハスモンヨトウは蛾の一種で、チョウ目ヤガ科に属する農業害虫、ヨトウムシの一種だ。幼虫は夜間に行動するため見つけにくく、そのため被害も拡大しやすい。食欲は旺盛で、キャベツなどは一晩で食い荒らされてしまう。農水省の「指定有害動植物」に指定されており、対象植物を定めない、つまり幅広い農作物に害を及ぼすとされている。

 レーザを使った害虫駆除は各国で検討されている。アザミウマやアブラムシの他、ゴキブリを駆除する技術なども研究されており、米国では家畜等に寄生する小さな蚊をカメラ等で検知して、レーザで駆除する技術が開発された。
 蚊は小さい(成虫で体長4~5mm、飛翔速度は約0.7m/s)ので、レーザ光を照射して容易に駆除ができる。これに対し、ハスモンヨトウの成虫の大きさは体長15~20mm、飛翔速度は約2m/sだ。同じレーザ光(スポット直径6mmΦ)を照射しても、翅の一部が損傷するだけ。急所を探し出す必要がある。

 我が国では、内閣府のムーンショット型農林水産研究開発事業の一環として、レーザを使った大型害虫駆除の研究が進められている(研究担当機関:京大、農研機構、東北大、阪大、農工大、摂南大、慈恵医大、農大)。
 このプロジェクトは、青色レーザ光による殺虫技術の他、新たな天敵系統の育種や行動制御、共生微生物を用いた害虫密度抑制といった、これまでにない新たな防除技術を開発・組み合わせることで、化学合成農薬に依存しない害虫防除体系を確立し、消費者・生産者・環境すべてにやさしく、持続的な農業体系を開発するというものだ。
 2030年までに、先端的な物理的手法と生物学的手法を駆使して、化学農薬を用いない新たな害虫被害ゼロ農業技術のプロトタイプを開発・実証する予定で、2024年までに物理的手法として、施設野菜における常設型の害虫検知・追尾・レーザ殺虫技術を開発する。生物的手法としても、作出したオールマイティ天敵の施設栽培での防除効果を実証、共生微生物による不和合虫放飼の害虫密度低減効果を室内試験で実証する。

 プロジェクトに参画している阪大では、青色半導体レーザのパルスビームを用いたハスモンヨトウの駆除技術の開発に成功した。前述したように、蚊は小さいがゆえ全体にレーザ光を照射しやすく容易に駆除ができる。しかし、大きな蛾の全体を同様に照射するには、大きなエネルギーが必要だ。低いエネルギーで駆除するには急所を発見する必要があった。
 研究チームでは、ハスモンヨトウの各部位に青色レーザ光を照射して損傷の度合いを調べ、胸部や顔部において損傷が大きいことを突き止めた。これらの急所を狙えば、比較的低い光エネルギーで損傷を与えることができ、結果として飛翔を阻止、産卵活動を低下させ、繁殖を抑えることができる。
 具体的には、飛んでいるハスモンヨトウをカメラで高速画像検出して追尾、照準を合わせてレーザパルス光を照射して撃墜するというもので、先ず高速カメラで飛んでいる蛾を捉え、フレーム間差分法によってその画像から動体検出を行って位置を随時特定、瞬時に半導体レーザからパルスビーム(波長:450nm、ビーム径:5~6 mmΦ、パワー:5~20W、パルス幅:100ms)をガルバノミラー経由で照射する。
 同じくプロジェクトに参画している農研機構では、飛んでいる害虫の飛行軌跡を予測する技術を開発中だ。不規則に飛翔する蛾に確実に照準を合わせる技術で、レーザ光による撃墜技術と組み合わせて、飛んでいるハスモンヨトウなどの農業害虫を確実に撃墜することが期待されている。

 藤氏は、普及のためにはシステムとして数万円から10万円を目指したいと述べる一方、予稿集の中で「LED が先行して利用されているが、LD もその特徴を活かした用途展開が期待される。例えば光ファイバーによる遠隔場所への照射やレーザービームの直進性を活かした害虫駆除、鳥獣駆除などである。将来はITやAI技術との融合によって予測性や生産性の高いスマート農業・漁業が普及し、世界的な人口増加と食料需要に答えられる社会に発展すると期待する」と記している。

OPJ 2023
 11月27日(月)から29日(水)までの3日間、「Optics & Photonics Japan 2023(OPJ 2023)」が北大・学術交流会館(札幌市北区)で開催される。北海道での開催は23年ぶりとのことだ。
 一般講演に加え、OPTICAやSPIE、EOSの特別講演や、フォトニクス分科会と共同で台湾(TPS)、タイ(TOPS)、シンガポール(OPSS)などの学会からの招待講演によるシンポジウム、さらには様々な国内学会との合同シンポジウムも企画する。講演申込期間は2023年7月24日(月)~ 8月24日(木)、発表は対面を原則とするとしている。最新の情報については、下記URLをクリック。
https://opt-j.com/opj2023/
(川尻 多加志)