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レーザの新境地を開拓する
第167回微小光学研究会が開催

June, 15, 2023, 東京-- 6月1日(木)、応用物理学会微小光学研究会(代表:伊賀健一氏)主催による第167回微小光学研究会が、横浜国立大・教育文化ホールとオンラインによるハイブリッド形式で開催された。
 レーザの応用はますます多方面に拡がっている。その一方で、新しい構造や材料などの研究開発も急速に進展している。このような状況の中、同研究会が今回取り上げたテーマが「レーザーの新境地」だ。発振波長や発振機構、共振器構造、利得媒質材料など、レーザにおける様々な「新境地」事例として、量子カスケードレーザ、垂直外部共振器固体レーザ、フォトニック結晶レーザ、微小共振器におけるポラリトン、光励起型ペロブスカイトレーザ、ランダムレーザなどの最新の研究状況が紹介された。
 講演題目と講演者、および講演概要を以下に記す。なお、開会の挨拶では5月29日に亡くなられた「日本のレーザの父」霜田光一氏に哀悼の意が表された。レーザ発展に対しての偉大な功績を称えるとともに感謝を捧げ、心よりのご冥福をお祈り申し上げたい。

◆テラヘルツ量子カスケードレーザーの進展 ~高出力化・室温発振に向けて~:平山秀樹氏(理研)
 小型で高出力、狭線幅で安価、しかも連続動作が可能なテラヘルツレーザ(QCL)の光源として注目されているテラヘルツ量子カスケードレーザ(THz-QCL)は、セキュリティ検査や構造物検査、医療診断など、広範囲な応用が期待されている。
 講演では、THz-QCLの高出力化と室温動作に関する最近の実験結果として、リーク電流の遮断とドーピング濃度の高濃度化によってGaAs系で1.4Wの高出力動作(@4.3THz)を実現するとともに、動作に関与する3準位を他の付帯準位(リーク準位)から孤立化する「アイソレート3準位機構」によって、温度を350Kまで上げることができる可能性と、現状での最高動作温度230Kの達成を紹介、室温発振実現の可能性の高まりを示した。
 さらに、GaN系ワイドギャップ材料系QCLの動作予測を、非平衡グリーン関数法を用いた厳密解法に基づき実施、常温動作周波数範囲がGaN系で1.5~15.5THz、ZnO系材料で2.5~13THzという広い未開拓波長領域を開拓できる可能性を示した。

◆フォトニック結晶を用いた面発光型量子カスケードレーザー:斎藤真司氏(東芝)
 レーザダイオードが端面発光型から面発光型になって応用範囲が拡大したように、QCLにおいても面発光型の実現が期待されている。しかしながら、QCLは垂直共振器構造での面発光型の発振が原理上困難。そこで、フォトニック結晶(PC)を用いた構造によって、TM偏光でも面発光するレーザを実現しようというのが斎藤氏の研究だ。
 研究では、MBEを用いてQCLの活性層を660層の量子井戸層(22層で1ユニットとなる量子井戸を30ユニット積層)とした。PCはMOCVDを用いてSiドープInPの結晶再成長で埋め込みを行い、円柱型と5角柱の2種類を(周期1.380μmの正方格子内に配置)試作した。
 その結果、円柱型において波長4μmの面発光型PC-QCLを実現でき、マルチモードのパルス駆動で400mW以上(@77K)の出力を達成、室温発振も確認した。面方向への出射ビーム拡がり角も2度以下で、従来の端面発光型QCLと比べて極めて狭いビームが得られた。一方、5角柱PCでも単峰のFar Field Patternと単一縦・横モードを確認できた。

◆ウェハレベルLD励起固体面発光レーザー:平野豪氏(ソニーセミコンダクタソリューションズ)
 高ピークパワーパルスレーザは、センシングや精密加工、バイオ医療など、様々な分野での応用が期待されているが、これまでの光源形態では製造において複数の光学素子が必要であり、さらにはそれらを精密に光学アライメントしなければならないので、コスト面において課題があった。
 研究チームでは、ウェハレベルの製造を可能にするウェハレベルLD励起固体面発光レーザ(WL-DPSSEL)を提案、僅か1mm3のチップから57.0kW(@1030nm)というピークパワーを得るとともに、500時間以上の安定動作を実現した。
 モノリシック集積の妨げとなっている問題を解決するため、励起光源としてはInGaAs量子井戸を有するVECSELを採用、さらにVECSEL 共振器とQスイッチレーザ共振器が固体レーザ利得媒質を介して光学的に結合された構造を考案して、これら各素子の界面での最適な反射膜設計を行い、励起レーザの損失とQスイッチレーザの利得バランスを最適化した。利得媒質として今回選択したInGaAs量子井戸とYb:YAG以外の組み合わせを用いれば、1030nm以外の波長の発振も可能とのことだ。

◆GaN系フォトニック結晶レーザーの高出力・高ビーム品質動作:江本渓氏(スタンレー電気、京都大)
 高出力・高ビーム品質の青色波長帯域レーザ光源は、銅やCFRPなどの難加工材料の加工、高輝度照明、水中通信、センシング、無線給電など、様々な分野への適用が期待されているが、これらを実現するものとして、2次元フォトニック結晶の特異点での大面積共振効果を利用したフォトニック結晶レーザ(PCSEL)に注目が集まっている。
 研究チームでは、低閾値電流密度動作実現のため、GaN系材料で2次元フォトニック結晶の共振効果を高めるデバイス構造を設計。光閉じ込めが増強可能な層構造を設計するとともに、十分な面内共振効果を得るための共振器サイズを設定して面内損失を低減させた。空孔の形成法では、SiO2を下敷きにする従来手法を見直し、MOCVD法の結晶成長モードを制御する手法を考案、サイズのばらつき制御を実現して、従来より一桁以上小さい~2.6kAcm-2の低閾値電流密度での発振と200mW以上のピーク出力を実現した。
 さらには、高出力化のため2重格子フォトニック結晶構造を採用して、P-GaNとオーミック接触が可能な透明導電体ITOに加え反射層にAg膜を積層した高反射電極を作製。これらの最適化で~2Wというワット級高出力と、極めて狭い拡がり角~0.14°のビーム特性を有するGaN PCSELの開発に成功した。

◆鉛ハライドペロブスカイトにおける室温ポラリトンの生成と制御:山下兼一氏(京都工芸繊維大)
 ポラリトンとは光と物質の混成励起状態のことで、半導体微小共振器の中での光/物質間強結合によって形成される準粒子である。ポラリトン粒子の室温ボーズ・アインシュタイン凝縮が幾つかの材料系で報告されるなど、量子技術応用への期待も高まっている。
 山下氏は、室温でのポラリトン凝縮観測に適した活性層材料として鉛ハライドペロブスカイトに注目、この材料を用いた微小共振器における室温ポラリトンの生成と制御について報告を行った。
 研究チームでは、高反射分布ブラッグ反射鏡が堆積された石英基板2枚を対向してクリッピングし、その間隙に直接単結晶を成長させる貧溶媒ミストアシスト結晶化法を採用、活性層にCsPbBr3の単結晶を用いたVCSEL構造を作製して、微小共振器において室温ポラリトン凝縮の起源の可能性を見出した。
 ポラリトン凝縮にはまだ明らかになっていない事項や解決すべき課題も多い。山下氏は、その例としてポラリトン凝縮相を所望の位置に制御良く生成させる技術の確立とポラリトン状態や凝縮状態におけるコヒーレンス寿命の短さなどを挙げ、これらを解決する試みについても紹介した。

◆ハロゲン化ペロブスカイトからの光励起型DFBレーザー発振:松島敏則氏(九州大)
 太陽電池用として注目されているハロゲン化ペロブスカイトからは、高効率なフォトルミネッセンスが観測され、この特徴を活かせばLEDの発光層やレーザデバイスの活性層に用いることができる。ペロブスカイトLEDの外部エレクトロルミネッセンス量子効率は有機EL素子に匹敵するほど高く、室温・大気中での連続レーザ発振も可能だという。
 研究チームが作製した擬2次元型ペロブスカイト膜は、紫外線を照射しなくても蛍光灯の光を吸収する。実験では明るい緑色のフォトルミネッセンスを観測できた。組成を最適化すれば100%に近いフォトルミネッセンス量子収率を得ることができるという。フェネチルアミンを用いた擬2次元型ペロブスカイト膜を用いて、困難とされていた室温・大気中における光励起型の連続レーザ発振にも成功した。
 円形DFB共振器上にナフチルメチルアミン系の擬2次元型ペロブスカイト膜をスピンコートしたレーザデバイスでは、室温で最も低い閾値を達成した。73Kで約0.01μJcm-2というレーザ閾値を得ることにも成功している。松島氏は、電力注入型ペロブスカイト半導体レーザを実現するための最初のステップとして、優れた発光特性が得られる低温駆動が有効なことを示せたとしている。

◆ランダムレーザーの仕組みおよびその制御:岡本卓氏(九州工業大)
 光がランダムに多重散乱する不規則構造を持つ媒質中での誘導放出を利用するランダムレーザは、従来のレーザとは異なる発振機構を持ち、スペックルノイズを出さない。照明やディスプレイ、環境やバイオ・医療センシングなど、様々な分野での応用が期待されている。大きさや形状の自由度が高いという特長を持っている一方、発光効率が低く、発光スペクトルの制御が難しいといった課題も抱えている。
 特徴の一つが、時間的コヒーレンスは比較的高く維持される一方、空間的コヒーレントは低いということだ。制御については、励起光の空間強度分布を最適化することによって発光スペクトルと発光角をチューニングすることが可能であり、散乱媒質にランダムに分布させた単分散球の直径と屈折率を変えれば発光スペクトル制御ができる。また、散乱体の分布に不均一性を導入すれば効率を向上させることもできる。
 近年では、不規則ではあるがランダムではないという、変わったランダムレーザの研究も行われている。これには、不規則構造として従来の複雑な構造を簡略化、チェッカーボード構造の2次元ランダム媒質が提案されている。この他、光トラッピングでレーザの発光状態を動的に制御できることも明かになった。

今後のイベント
 9月24日(日)から27日(水)の4日間、宮崎市のシーガイア・コンベンションセンターで第28回微小光学国際会議(MOC2023)が開催される。
 次回研究会(第168回)は10月17日(火)、「生体・医療微小光学」をテーマに(仮)、東京工業大・大岡山キャンパス・デジタル多目的ホールで開催される予定だ。
 双方ともに、詳しい情報は下記URLをクリック。
http://www.comemoc.com/topics.html
(川尻 多加志)