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次世代情報通信ネットワーク構想 IWON
理化学研究所、「光量子工学研究」シンポジウムを開催

March, 18, 2022, 東京--理化学研究所・光量子工学研究センター主催による理研シンポジウム第9回「光量子工学研究-エクストリームフォトニクスが拓く未来の光科学-」が、2月28日(月)と3月1日(火)の両日、オンライン開催された。
 同センターでは、電子の動きを捉えるアト秒パルスレーザや可視光でナノメートルの世界を見る超解像顕微鏡を始め、メタマテリアルによる光操作、超高精度な光格子時計による相対論的測地学、人類に新たな目を提供するテラヘルツ光など、光の可能性を極限まで追求し、今まで見えなかったものを見るための研究・開発を続けている。
 研究を推進するのは、アト秒科学研究チーム、超高速分子計測研究チーム、時空間エンジニアリング研究チーム、量子オプトエレクトロニクス研究チーム、超高速コヒーレント軟X線光学研究チーム、生細胞超解像イメージング研究チーム、生命光学技術研究チーム、画像情報処理研究チーム、フォトン操作機能研究チーム、先端レーザー加工研究チーム、テラヘルツイメージング研究チーム、テラヘルツ光源研究チーム、テラヘルツ量子素子研究チーム、光量子制御技術開発チーム、先端光学素子開発チーム、中性子ビーム技術開発チーム、超短パルス電子線科学理研白眉研究チーム、技術基盤支援チームの各チームだ。
 見えなかったものが見えるようになれば、それを理解・制御することも可能になる。加えて、同センターでは最先端の光技術を研究の世界だけのものとせず、広く応用展開を行い、社会的課題の解決に貢献することも目標に掲げる。
 今回のシンポジウムは、ポストコロナ時代における新しい光の利用・応用を見据え、光の持つポテンシャルを極限までに追求する「エクストリームフォトニクスが拓く未来の光科学」をテーマに、我が国の光科学を牽引する研究者による特別講演・招待講演と、若手ならびに異分野研究者による最新の研究成果が報告された。
 センターの大まかな研究を把握する一助になればと、両日の講演プログラムを以下に記す(Short Presentation Sessionは除く)。レポートが少々長くなることをお許しいただきたい。さらに、本稿では2日目に行われたNTT先端技術総合研究所所長の寒川哲臣氏による特別講演「IOWN(Innovative Optical Wireless Network)時代に向けた新たな光技術への挑戦」の概要を紹介する。

プログラム 
2月28日(月)
◆はじめに:緑川克美氏(光量子工学研究センター長)
◆理事挨拶:小寺秀俊氏(理化学研究所理事)
◇特別講演:Society5.0実現にむけた光・量子技術への期待:五神真氏(東大大学院理学系研究科教授)
◆アップコンバージョン相互相関によるサブナノ秒テラヘルツ波パルスの高感度検出とパルス幅評価:瀧田佑馬氏 (テラヘルツ光源研究チーム)
◆Hot Carrier Dynamics and Electron-Phonon Coupling in Photoexcited Graphene Investigated by Time-Resolved Terahertz Spectroscopy:山下将嗣氏(テラヘルツイメージング研究チーム)
◆High-Temperature Operating Terahertz Quantum Cascade Lasers Based on The Design Employing Indirect Pumping and Simple Quantum Structures:Li WANG氏(テラヘルツ量子素子研究チーム)
◇招待講演:テラヘルツプラズモニック機能デバイスの創出とその次世代Beyond5G無線通信への応用:尾辻泰一氏(東北大電気通信研究所教授)
◆Carrier-Envelope Phase Control of Synthesized Waveforms with Two Acousto-Optic Programmable Dispersive Filters:Yu-Chieh LIN氏(アト秒科学研究チーム)
◆実用化応用に向けた光格子時計の小型化の実現:髙本将男氏(時空間エンジニアリング研究チーム)
◆The Molecular Origin of Multiphasic Ultrafast Dynamics in the Primary Event of Microbial Rhodopsins:Chun-Fu CHANG氏(超高速分子計測研究チーム)
◆Formation of Organic Color Centers in Air-Suspended Carbon Nanotubes Using Vapor-Phase Reaction:小澤大知氏(量子オプトエレクトロニクス研究チーム)
◆新チームの立ち上げとこれからの目標:森本裕也氏(超短パルス電子線科学理研白眉研究チーム)

3月1日(火)
◇特別講演:IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)時代に向けた新たな光技術への挑戦:寒川哲臣氏(NTT先端技術総合研究所所長)
◆レーザーアブレーションによる推力の発生:和田智之氏(光量子制御技術開発チーム)
◆Stress Measurements via Neutron Diffraction at Compact Accelerator Based Neutron Source RANS:岩本ちひろ氏(中性子ビーム技術開発チーム)
◆分子配向した近赤外吸収J会合体の局所形成と超長波長シフト:青山哲也氏(先端光学素子開発チーム)
◆技術基盤支援チームにおける研究機器開発事例の紹介:綿貫正大氏(技術基盤支援チーム)
◇招待講演:ハライドペロブスカイト半導体の光電変換特性と高電圧出力の開発:宮坂力氏(桐蔭横浜大医用工学部特任教授)
◆回折限界を超えた超解像ライブセルイメージング法(SCLIM)-膜交通メカニズムの全容解明を目指して:神奈亜子氏(生細胞超解像イメージング研究チーム)
◆生体内レチノイン酸の可視化:下薗哲氏(生命光学技術研究チーム)
◆Visual Saliency Guided Image Compression for Telepresence Robotics System:Zhe SUN氏(画像情報処理研究チーム)
◆High Aspect Ratio Plasmonic Structures for Gas Sensor:Cheng Hung CHU氏(フォトン操作機能研究チーム)
◆GHzバーストモードフェムト秒レーザーによるマイクロ・ナノ加工:小幡孝太郎氏(先端レーザー加工研究チーム)
◆おわりに:緑川克美氏(光量子工学研究センター長)

IOWN 
 革新的な技術で従来インフラの限界を超え、あらゆる情報をもとに個と全体との最適化を図り、多様性を受容できる豊かな社会を創る。その実現のため、光を中心とした革新技術を活用した高速大容量通信と膨大な計算リソース等を提供できる端末を含むネットワーク・情報処理基盤を構築する。これがNTTの提唱するIOWN (Innovative Optical and Wireless Network)構想だ。2024 年の仕様確定、2030 年の実現を目指して、その研究開発が進められている。
 IOWN構想は、ネットワークから端末まで、すべてにフォトニクスベースの技術を導入した「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」、実世界とデジタル世界の掛け合わせによる未来予測等を実現する「デジタルツインコンピューティング(DTC)」、あらゆるものをつなぎ、その制御を実現する「コグニティブ・ファウンデーション(CF)」の三つで構成されている。
 今回のシンポジウムでは、このうちのAPN に関連する先端的フォトニックデバイス・システムおよび光技術をベースとしたコンピューティングの研究開発や光格子時計ファイバーネットワークの取り組みなどが紹介された。

 光通信がスタートした1980年代に比べ、その通信速度は40年間で6桁も高速化し、近年ではデジタルコヒーレント通信用信号処理回路(DSP)の開発でさらなる大容量化が進んできた。一方で、マルチコアファイバや空間モード多重による通信容量拡大の研究開発も進行中だ。
 APNでは、フォトニクスをベースとした技術を活用し、低消費電力、高品質・大容量、低遅延伝送を実現するため、三つの目標性能が掲げられている。その一つが「電力効率を100 倍に」することで、ネットワークから端末まで、できるだけ光のままで伝送する技術や光電融合素子といった新デバイスの導入を検討する。次に掲げるのが「伝送容量を125倍に」すること。マルチコアファイバなどの新しい光ファイバを用いた大容量光伝送システム・デバイス技術の導入を検討する。そして、三つめが「エンド・ツー・エンド遅延を200分の1に」すること。情報を圧縮することなく伝送するなど、様々な新しい技術導入を検討する。

 コンピュータにおいて演算を行うチップに用いられてきた電子技術は、高集積化に伴いチップ内配線から出る発熱量が性能を制限しつつある。また、ムーアの法則にも限界が見えてきたと言われている。IOWNでは、チップ内の配線部分に光通信技術を導入することで低消費電力化を実現するとともに、光技術ならではの高速演算技術を組み込むことにより、光と電子が融合したチップを実現することを目標にしている。
 そのロードマップは、「ステップ1」でシリコンフォトニクスにより実装された回路とファイバ、アナログICなどを集積した構造を実現し、チップ外部との接続速度を高速化。「ステップ2」でチップ間を超短距離の光配線によって直接接続。「ステップ3」でチップ内のコア間を光配線で接続し、超低消費電力化を実現することを目指している。
 これまでの具体的な成果としては、波長サイズの埋込活性層とフォトニック結晶を組み合わせたLEAP(Lambda-scale Embedded Active-region PhC)Laserを開発、世界最小の低消費電力動作を達成した他、ナノ受光器とナノ光変調器を近接集積してO-E-Oアンプフリー動作を実現。光の干渉だけで動作する超低遅延な光論理ゲートも世界で初めて実現した。同社では、これらを組み合わせて光が得意とするアナログベクトル演算(積和演算)を活用した光ニューラルネットワークアクセラレータを実現させたいとしている。

 高周波(サブTHz)電子デバイスについても研究開発を進め、300GHz帯において120Gbpsの無線伝送(9.8m)に世界で初めて成功。増幅器の周波数を制限する寄生容量成分をインダクタ成分で中和する回路を500GHz帯で初めて増幅回路に採用して、20dBという高利得増幅器ICも実現した。気象予報精度の向上につながる技術として期待が集まっている。

 光技術を活かしたコヒーレントイジングマシン「LASOLV」も開発して、従来計算機では困難だった複雑で多量の計算が必要な問題の一つ「組み合わせ最適化問題」を解く研究を進めている。10万ノードのMAX-CUT問題において、既存のデジタル計算機より約1,000倍も高速で基準解に達することに成功しており、これをAPNにおける複雑な光の波長割り当て問題や、機械学習の高負荷な処理に活用する計画だ。
 特定問題を解決するイジングマシンのさらに先の方式として期待されているのが、汎用量子コンピュータだ。方式にはゲート方式と測定誘起方式があるが、同社では、ゲート方式において光子を用いた量子情報処理のためのプログラマブル光集積回路を実現、高度なPLC技術を用いて量子情報の複数の要素素子を単一デバイスで高忠実度に実装することに成功した。これまでの広いスペースと光学素子の精密な位置合わせが不要になり、すべての系のコンピュータ制御が可能になる。光のチップで量子コンピュータを含む情報処理が実現できると期待されている。
 一方で、ゲート方式は50~100ビット程度が限界とも言われている。そこで注目されるのが、先に量子もつれを作る測定誘起方式だ。時間領域多重においてチップ化の必要がなく、大規模化が容易で室温動作ができ、10億ビット以上の計算が可能だという。同社では、理研・東大との共同研究において光源を担当しており、非線形光学デバイスを用いた光ファイバ接続型量子光源モジュールを実現、6dBのスクイージング(CW、シングルパス)に成功した。

 量子センシング・量子通信を実装するための最初のステップとして、理研・東大と共同で商用光ファイバを用いた光格子時計のクロック配信実験も推進中だ。同社が所有する多くの局舎に光格子時計を設置して光格子時計ネットワークを構築、相対論的測地応用を始め、どのような新しいネットワークサービスが実現可能となるか、検討を進めている。

 2020年1月、光/無線通信、光電融合技術を活かして今のインフラの限界を克服し、持続可能な社会を創造する「IOWN Global Forum」がNTT、インテル、ソニーの3社によって設立された。これは新規技術やフレームワーク、技術仕様、リファレンスアーキテクチャの開発を通じて、IOWNの実現を目的とする非営利団体で、今年2月時点で、世界の主要ベンダーを始め、アジア、米州、欧州を含む89組織・団体が参画している。

 寒川氏は最後に「IOWNはカーボンニュートラル達成と成長を同時に実現する企業、国を超えた成長戦略だ」、「アカデミアの方々とともに、一緒に推進できれば幸いだ」と述べて講演を終えた。
(川尻 多加志)