January, 7, 2022, 東京--日本光学会・ナノオプティクス研究グループ(代表幹事:慶大教授・斎木敏治氏)は、1994年に設立された近接場光学研究グループを前身としており、2004年から名称を現在のグループ名に変更、今日まで積極的な活動を続けてきた。学生・若手をエンカレッジして行くという趣旨のもと企画された研究討論会も28回目を向え、昨年12月14日(火)にオンライン開催された。
圏論から見るナノオプティクス
当日のプログラムを以下に記すが、今回は同研究グループの第2期代表幹事を務められた堀裕和氏(山梨大)の退官を記念して、ご本人の講演を含めた招待講演3本によるミニシンポジウムが開催された。
3本のテーマは何れも、圏論から見たナノオプティクスに関する講演であり、これは日本ならではの新しいオリジナルな視点でナノオプティクスを捉え、これからの研究の方向性のヒントにしてもらうという趣旨のもと行われたものだ。
圏論とは、数学的構造とその間の関係を抽象的に扱う数学理論の一つ。考察の対象となる圏は、対象とその間の射からなる構造であり、集合とその間の写像、あるいは要素とその間の関係(順序など)が例として挙げられるという。プログラミングやデータベース等、様々な分野に応用されている。
これをあえて簡単に言わしていただくと「あるモノについて調べるとき、そのモノの『成り立ち』を考えるのではなく、そのモノと他のモノの間の『作用』や『関係性』を考える」理論だという(蓮尾一郎氏「ミニ解説:圏論は数学をするための『高級言語』」より)。
ナノオプティクスとの関わりで言えば、一例として圏論によって近接場光学を考察する試みなどが挙げられるが、圏論自体かなり難解な数学理論であり、講演はまるで哲学の世界に足を踏み入れたような刺激的な内容であった。
さて、今回のレポートでは本サイトの読者には光デバイス関連の方々も多数おられるということで、この光デバイスを革新すると注目を集めるトポロジカルフォトニクスと光デバイスへの応用を解説した東大・岩本敏氏のチュートリアル講演「トポロジーが拓くナノオプティクスの新たな可能性」を紹介する。
「開会の挨拶」斎木敏治氏(慶大)
【チュートリアル講演】「トポロジーが拓くナノオプティクスの新たな可能性」岩本敏氏(東大)
【博士課程学生招待講演】「ナノ領域でのフォトクロミズムの時空間ダイナミクス:境界形成とカタストロフィモデル」鈴井洸胤氏(東大)
【招待講演】「光を用いた意思決定の研究」成瀬誠氏(東大)
「深紫外表面プラズモン励起のためのナノ微細構造の最適化及び光電子放出への応用」森澤洋文氏(静岡大)
【招待講演】「ナノオプティクスから眺める諸科学の基盤-量子場と意思決定を結ぶ機能の構成とその意味付け-」堀裕和氏(山梨大/理研)
【招待講演】「圏代数と圏上の状態:量子場への新しいアプローチ」西郷甲矢人(長浜バイオ大)
「窒化シリコンを用いた高透過率カラーメタサーフェスホログラムの製作」山口眞和氏(東京農工大)
「単結晶シリコンを用いた可視光用偏光無依存ラインジェネレータメタレンズ」山田遼太氏(東京農工大)
「紫外プラズモン共鳴を用いた光学式高感度ガスセンサ」本同直人氏(東京農工大)
「閉会の挨拶」斎木敏治氏(慶大)
トポロジー
トポロジーも数学の分野の一つで、日本語では位相幾何学と呼ばれる。モノの形に関する数学で、連続変形して同じになるモノはすべて同じ形だと考える。
もう少しだけ説明すると、正四面体も正六面体も球も本質的に同じモノと捉え、逆にサッカーボールとドーナツには穴があるかどうかの違いがあるので、本質的に違うモノとする。サッカーボールはどんなに変形しても穴の開いたドーナツにはならないからだ。一方、コーヒーカップとドーナツは一見違うモノに見えるが、両方に穴があり、コーヒーカップを変形して行けばドーナツの形になるので同じモノと考える。
トポロジーと光は、もともと光波に現れる特異点と関係して発展してきたという。双方を理解する時、岩本氏はトポロジーを渦と考えれば良く、そこに存在する特異点が重要だと述べる。そして、螺旋状波面を持った光ビーム(光渦)を扱う、実空間における光のトポロジカルな特徴に注目するトポロジカル光波(∈特異点光学)と、波数(運動量)空間における光のトポロジカルな特徴に注目し、トポロジカルエッジ状態を使って光導波路や共振器を実現するトポロジカルフォトニクスの双方を合わせた「トポロジカル光科学」という概念は、光が持つ渦の性質を理解・制御・活用するという点で共通性が高く、統一的視点で議論することによって新たな発展が生まれると指摘する。
トポロジカルフォトニクス
周期構造中の光の伝搬はバンド構造に支配される。物性科学においては、このバンドのトポロジカルな性質(バンドトポロジー)が新たな物質相の発現などに重要な役割を担っており、トポロジカルフォトニクスは、バンドトポロジーの概念をフォトニック結晶中の光に適用して、新たな機能を発現・応用しようというものだ(岩本研HPより)。
トポロジカルフォトニクスは、トポロジカル物性科学の概念を光の制御に展開する科学としての面白さに加え、新奇光デバイスへの応用の可能性という工学としての大きな期待を集めていると指摘する岩本氏。研究チームでは、半導体を中心とした集積フォトニクスへの応用を目指したトポロジカル半導体ナノフォトニクスの研究を推進している。
この分野の研究は近年、トポロジカルエッジ状態を利用した構造揺らぎや欠陥、曲げに強い光伝搬を実現するトポロジカル導波路や高効率・高安定レーザ、一方向レーザ、大面積・高出力レーザなどのレーザ応用研究、さらには量子コヒーレンスをより安定的に保持できる量子光学デバイスといった新奇フォトニックデバイスに関するものなど、数多くの成果が報告されている。
研究の最前線
岩本研では、トポロジーを活かした初のナノ共振器レーザ(トポロジカルナノ共振器レーザ)を実現した。トポロジーが単一共振器モードの存在を保証して、共振器の細かい構造を考えなくてもロバストなシングルモードで、かつフォトニックバンドギャップの大きさに関わらず中心に共振器モードを作ることができる。大面積・高出力レーザへの応用を目標に研究を進めている。
トポロジカル導波路についても、半導体のみで実現可能なトポロジカルフォトニック結晶の一つであるバレーフォトニック結晶を用いたバレーフォトニック結晶導波路を実現した。急峻な曲げがあっても高効率な光伝搬が可能だという。さらに、半導体のみで実現可能なトポロジカルスローライト導波路の実現にも成功している。
この分野の最近の話題としては、トポロジカルグラフェンプラズモンや可視域・テラヘルツ域への波長域拡大、非線形光学への展開、Reconfigurableトポロジカルフォトニクス、非エルミート光学などが注目を集めているが、トポロジカルフォトニクスは一方向グレーティングカプラや、運動量空間での偏光特異点を利用した光渦生成、光情報処理分野における光渦の利用など、新しい展開が拡がっているという。
岩本氏は、ナノオプティクスやナノフォトニクス技術とトポロジーによって、トポロジカル光科学はさらなる進展が期待できると述べていた。
今後の予定
次回の研究討論会の開催は、今回と同時期を予定しているとのことだが、研究グループではできれば対面、もしくはハイブリッド方式で行いたいとしている。
関連の国際会議については、7月29日~31日にAPNFO 13(The 13th Asia-Pacific Conference on Near-Field Optics)が北大で、8月29日~9月2日にはNFO 16(The 16th International Conference on Near-Field Optics, Nanophotonics and Related Techniques)が、カナダのビクトリア大で開催される予定だが、新型コロナウイルスの感染状況によっては開催形式が変更される場合もあるので、最新情報は下記ナノオプティクス研究グループのホームページを参照していただきたい。
http://nano-optics-group.org/
(川尻 多加志)