October, 1, 2021, 東京--ノーベル物理学賞を受賞された赤﨑勇氏が亡くなられたのは今年の4月1日。その訃報は我々の記憶に新しい。赤﨑氏は、生涯を通じて窒化物半導体(GaN)を用いた青色発光素子の研究に取り組み、その功績が認められ2014年、「白色光源の実現を可能にした高効率青色LEDの発明」でノーベル物理学賞を天野浩氏と中村修二氏とともに受賞した。
青色発光素子は、光ディスクやディスプレイの他、一般照明や自動車用など、広範な照明にも用いられている。省エネへの貢献は計り知れず、その功績は色褪せることがない。先月開催された第82回応用物理学会秋季学術講演会では、故人を偲ぶ「赤﨑勇先生追悼シンポジウム」も行われた。
世界各国からも寄せられたメッセージ
以下に示すように、シンポジウム前半の部では、赤﨑氏の初期の研究において関係が深かった方々がその思い出を語った。講演者の一人が「出来るかどうか分からない時と、やれば出来ると分かっている時では苦労の質が違う」という赤﨑氏の言葉を紹介していたが、この言葉にこそ孤独を恐れず未踏領域の研究を一貫して行った赤﨑氏ならではの見識が表れていると言えよう。
後半の部では、窒化物半導体の現状と今後の展開に関する講演が行われた。本稿では、この中から読者の方々と直接関係する光エレクトロニクス技術に的を絞って、川上養一氏(京大)による「光物性の解明とさらなる探索に向けて」と、上山智氏(名城大)による「光デバイスのさらなる発展に向けて」の概要を紹介する。
「開会挨拶」松尾清一氏(名大総長)
「趣旨説明」波多野睦子氏(応物学会会長、東工大)
◆赤﨑先生と関係の深い方からのメッセージ
「名古屋大学赤﨑研究室のGaN」澤木宣彦氏(愛工大)
「TVカラー化材料から青色 LED InGaN混晶半導体へ」佐々木昭夫氏(京大)
「青色LED開発の歴史」太田光一氏(豊田合成)
「赤﨑先生の助手時代-半導体結晶成長の黎明期-」西永頌氏(東大、豊技大)
◆海外からのメッセージ
Alexander E.Yunovich氏(Moscow State Univ.)、Bo Monemar氏(Linköping Univ.)、Bernard Gil氏(Univ. Montpellier)、Asif Khan氏(Univ.of South Carolina)、中村修二氏(Univ.of California)
◆窒化物半導体の現状と今後の展開
「光物性の解明とさらなる探索に向けて」川上養一氏(京大)
「GaNパワートランジスタの進化」橋詰保氏(北大)
「光デバイスのさらなる発展に向けて」上山智氏(名城大)
「フロンティアエレクトロニクス」天野浩氏(名大)
「閉会挨拶」小原章裕氏(名城大学長)
窒化物半導体光デバイスに残された課題の克服
◆光物性の解明とさらなる探索に向けて:川上養一氏(京大)
InGaN量子井戸を活性層とする青色LEDにおいては、高い電流注入で発光効率が低下する「ドループ」現象や活性層のIn組成を増加させた緑色LEDの効率が低下する「グリーンギャップ」問題、さらに活性層のAl組成を増加させた際の「深紫外AlGaN系LEDの効率低下」現象などが未解決であり、次世代光源応用のためには、任意の波長を高効率(究極的には100%近く)で発光させることができるかが極めて重要だと言われている。
それを実現するのが、川上氏が開発を目指す「発光シンセサイザ」だ。それは究極のテーラーメイド照明光源や高度な加工、環境センシング、バイオ応用などで求められる深紫外多波長光源の開発に繋がり、さらには多波長・高速スイッチングを用いた光空間無線通信(Li-Fi)の実証によって次世代通信システム(6G)への展開も期待されている。
3次元InGaN(AlGaN)構造の多波長制御と高効率発光に関する研究の進展には、マイクロスケールとナノスケールの各ポテンシャル揺らぎに分けて取り組むことが有効だという。前者は3次元構造における混晶組成や分極効果の違いによる多波長化に寄与し、後者はナノスケールでの小さな空間階層でのポテンシャル揺らぎによる励起子の局在化を誘起できるので、高効率化が期待できる。
一方で、これらの空間階層は個別に制御できるものもあれば、相互に関係することもある。それゆえ系統的な理解と利用が重要になる。特に有機金属気相エピタキシーを用いたInGaN成長におけるInの取り込まれやすさは、結晶面方位のc軸傾き角に対し特異な依存性を示す。川上氏は、これを結晶成長機構に立ち返って、光物性を制御して行くための指針の一つだと指摘した。
実際の研究では、3次元マイクロファセットによる蛍光体フリー白色LEDの実現に成功、半極性GaN基板テンプレート上に作製した3次元構造を考案して、極性面フリーな多色発光構造ができることを確認した。3次元構造中の波長分布のコントロール法についても研究を進め、テーラーメイド照明に向けてInGaN-3次元構造からの多波長発光SNOMマッピングを作成。3次元マイクロファセット上でのInGaNの成長機構や構造・組成解析、混合色合成と制御に関する研究を行った。
プラズモニクスと3次元構造の相乗効果を利用した多波長化と高効率化にも成功した。多波長化は金属種、ナノ構造、配列によるプラズモニクス制御と、半極性面上の多色発光を組み合わせて実現、高効率化は発光速度の増加によって達成した。目標は発光寿命10ps、内部量子効率90%だ。
発光シンセサイザ研究の学理としての目標は、新しい「光材料物性工学」の創成と、発光過程の解明・制御だと川上氏は述べる。そこでの根源的な命題は、どのようにして発光波長をコントロールできるかであり、インコヒーレントなLEDで超短パルス光は実現できるかだとも指摘した。
◆光デバイスのさらなる発展に向けて:上山智氏(名城大)
窒化物系半導体光デバイスは、そのポテンシャルの全てを使い切ってはおらず、進むべき道はまだ多く残されていると、上山氏は指摘する。
AlGaInN系半導体は理論上、発光波長が210~1680nmの広範囲に及ぶとされているが、LEDとして実用化されているのは280nm付近の深紫外領域から530nm付近の緑色まで。半導体レーザの発振実績もこの波長域にほぼ一致している。この現状を打破するため、動作波長範囲の外側への拡大が求められている。
窒化物系デバイスは、優れた温度特性や環境負荷の少なさといったアドバンテージを有している。それ故、可視長波長領域において競合する燐系や砒素系と同等性能を得ることができれば、窒化物系が選択されるのは必定だという。講演では、今後の窒化物系半導体発光デバイスのさらなる高効率化や発光波長域の拡大、低コスト化など、いまだ十分に解決されていない課題が取り上げられ、その将来技術が紹介された。
上山氏は、今後発展が期待される応用分野として、液晶や有機ELと比べ高輝度・高効率・高速応答・長寿命が期待できる大型フラットパネルディスプレイ用の「マイクロLED」、白色レーザと波長多重によって室内で100Gbpsを実現するLi-Fiを実現する「可視光通信」、レーザの使用によってマイクロ波に比べ長距離通信が可能な「光無線給電技術」の3分野を挙げた。
その上で、緑色近傍で高効率な光デバイスが存在しないグリーンギャップ問題や閾値電流に由来するレーザのエネルギー変換効率の低さ、これらの原因とされるQCSE(Quantum Confined Stark Effect:量子閉じ込めシュタルク効果)について解説した。
動作波長域の拡大や高効率化、低コスト化の実現には、ナノ構造の活用と結晶成長の革新が重要だという。具体的なナノ構造活用例としては、ナノPSS(patterned sapphire substrate)を用いたLEDに加え、長波長光デバイスやレーザに適したGaNナノワイヤ・GaInN/GaN量子殻によるコアシェル構造、トポロジカル・フォトニック結晶レーザなどが紹介された。
結晶成長で注目されるのが、スパッタリングエピキタシーだ。低温成長と大口径の基板成長が可能で高スループット、安価な装置と材料が使用できるのでLEDの大幅な低コスト化を実現すると期待されている。具体的には、ガラス基板上のスパッタリングには低融点材料が使用でき、ScAlMgO4(SAM)基板を使えば、長波長MQWの圧縮歪が減るのでQCSEを低減できる。さらに基板を剥離できるので再利用が可能となり、コストダウンが可能だという。
フロンティアエレクトロニクス
最後に講演をした天野浩氏(名大)は、窒化物半導体を用いることで、これまで動作する半導体のなかった光波長域、動作温度域、高周波および高出力域動作、さらには従来の半導体では不可能だった新機能を発揮する「フロンティアエレクトロニクス」という赤﨑氏の造語を紹介した。
天野氏は「この『フロンティア』という言葉にこそ、山の頂を指すより『一人荒野を行く』赤﨑先生の強い意志が表れている」と述べ、その業績を称え、感謝と決意を表し、そして心よりの冥福を祈った。
(川尻 多加志)