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スローライト応用で進化するLiDAR
JST-ACCEL光レーダー(LiDAR)シンポジウム、開催

September, 9, 2021, 東京--ゼロエミッション化とともに、自動運転に注目が集まる自動車業界。キーテクノロジーの一つであるLiDARの研究開発にいま熱い視線が注がれている。
 そんな中、国立研究開発法人・科学技術振興機構(JST)の「ACCEL光レーダー(LiDAR)シンポジウム~スローライトと関連するフォトニクス手法について~」が8月27日(金)、オンラインで開催された(主催:JST-ACCEL「スローライト構造体を利用した非機械式ハイレゾ光レーダーの開発」、共催:横浜国立大学・先端科学高等研究院)。シンポジウムでは、プロジェクトにおける最新の研究開発成果と世界におけるLiDARの研究開発動向が報告された。

ACCEL 
 ACCELは、JSTが実施している戦略的創造研究推進事業(CREST、さきがけ、ERATOなど)で創出された世界をリードする顕著な研究成果の中から、有望ではあるが企業などではすぐにリスク判断ができない成果を抽出、プログラムマネージャー(PM)がイノベーション指向の研究開発マネジメントを行うことで、技術的成立性の証明・提示(Proof of Concept:POC)や適切な権利化を推進して、企業やベンチャー、他事業などに対して研究開発の流れをつなげることを目指すプログラムだ。
 研究開発課題ごとに、PMと研究代表者が協働、他の共同研究者・参画企業等を含む研究開発チーム(研究開発課題)全体を統率し、責任を持ってPOC実現に向けた研究開発を推進する仕組みを採っている。

シンポジウム・プログラム 
 当日はACCELプロジェクトの研究開発成果が4件、加えて内外におけるLiDARの研究開発事例6件の発表が行われた。以下に講演タイトルと発表者を記し、次章ではプロジェクトの概要と研究開発成果を紹介する。

◆オープニングセッション
「開会の辞」小林功郎氏(横浜国大、PM)
「横浜国立大学からの挨拶」梅原出氏(横浜国大学長)
「JSTからの挨拶」松本洋一郎氏(ACCEL運営委員会委員長、東大名誉教授)
◆LiDAR研究開発 (I)
「Coherent FMCW optical phased array LiDAR in SiP+CMOS with on-chip array calibration」Hossein Hashemi氏(USC)
「Coherent focal plane arrays in silicon photonics, towards high performance 3D imaging using LiDAR」Remus Nicolaescu氏(Pointcloud)
「Swept Source Lidar:非機械式ビーム走査とFMCW LiDAR測定の同時実行機構」岡野真之氏(santec)
◆ACCELプロジェクト
「スローライトLiDARプロジェクト概要」小林功郎氏
「SiフォトニクススローライトFMCW LiDAR」馬場俊彦氏(横浜国大、ACCELプロジェクト研究代表者)
「非機械式スキャニングToF LiDARのための面発光レーザフォトニクス」小山二三夫氏(東工大、ACCELプロジェクト共同研究者)
「LiDARと自動車フォトニクス」西山伸彦氏(東工大、ACCELプロジェクト共同研究者)
◆LiDAR研究開発 (Ⅱ)
「フォトニック結晶レーザーの進展:LiDAR センシング応用に向けて」野田進氏(京大教授)
「中長距離用高解像度LiDARカメラのためのハイブリッド型ToFイメージセンサ」川人祥二氏(静岡大教授)
「Ultra-low loss nonlinear photonics for coherent LiDAR」Johann Riemensberger氏(Swiss Federal Institute of Technology EPFL)
◆クロージングセッション
「閉会の辞」馬場俊彦氏

スローライトLiDARプロジェクト
 「スローライト構造体を利用した非機械式ハイレゾ光レーダーの開発」プロジェクトは、平成28年度に採択された。本来なら今年3月で終了する予定だったが、新型コロナウイルス感染症に伴う研究遅延対応策として、研究期間が9月まで延長された。研究代表者は馬場俊彦氏(横浜国大・大学院工学研究院教授)、小林功郎氏(横浜国大)がPMを務める。
 プロジェクトは、CRESTで進められたフォトニック結晶を用いたスローライト技術の研究開発をベースにしており、そこではスローライトの基本理論の開拓と基本動作の原理実証を行うとともに、超小型分散補償器や光相関器、ビーム掃引器などの機能素子を開発するなど、世界をリードする数多くの成果を得ることができた。
 この成果を継承発展させるため、ACCELプロジェクトではスローライト技術の応用として、機械的に動く部分がない高分解能(ハイレゾ)な光偏向器を開発し、これをコア技術とするモジュールを試作、光レーダに必要な機能や性能を実証して、ロボットや自動車などの3次元空間認識など、今後技術的な進展や市場の拡大が期待される光レーダ分野において、超小型、高分解能、耐振動性、コスト競争力など、優れた特徴を持つ光レーダを実用化するための研究開発が進められた。

 フォトニック結晶は、光の半波長程度の微細で周期的なナノ構造を持つ結晶。その構造と光の波としての性質を利用することで、光の振る舞いを制御できる。スローライト技術は、光のエネルギーが進む速度を光の速度に比べはるかに遅くするというもので、スキャニングや変調、スイッチ、同期など、様々な光機能を従来技術よりはるかに高性能化できる。光偏向器は光の出射方向を変化させる装置で、主に周辺を観察するスキャナとして利用されるが、一般的に回転する鏡を利用するなど、機械式が多いのが現状だ。

 プロジェクトの具体的な研究開発は、信号光と参照光の間のビート周波数から測距を行う周波数変調連続波(FMCW:Frequency Modulation Continuous Wave)方式を横浜国大の馬場氏が担当。これはシリコンフォトニクスでFMCW回路を作製して、フォトニック結晶導波路からのスローライトを使用するもので、CMOSプロセスを用いるので高密度集積ができ、大量生産も可能だ。感度が高くクロストークもないので、速度や振動の計測にも応用できる。
 フォトニック結晶導波路に回折格子を導入すれば、片方から光を入射した時で27度、反対側からも入射すれば合計で54度という幅広いビーム振れ角を実現でき、ビーム拡がり角0.04度で1,350点という解像点数を得ることが可能だ。研究チームでは、フォトニック結晶導波路に光を結合するための複雑な形状を機械学習によって自動生成、これを元にスローライトスキャナを作製して0.1dB近くの低接続損失を実現した。
 スローライトビームスキャナでは、波長を掃引することでビームを振るが、同じことは導波路を温め屈折率を変えることでも可能だ。100kHzからMHzクラスの高速応答も実現できるという。スローライト効果を用いたことで、30度前後の触れ角を達成するのに従来なら2,000Kの温度が必要だったが、これを300K程度で実現することができた。多波長の光と熱光学効果を利用することで、異なる波長で異なる角度をカバーする並列的なビームスキャニングが可能になった。
 特別なプリズムレンズを導波路上に載せることで、扇状ビームを点状ビームに変換することにも成功した。さらに、導波路を多数集積してこれらを切り替えることで、横方向にも縦方向にもビームを振ることができるようになった。研究チームでは、32本のフォトニック結晶導波路を持った2次元光ビームスキャニングチップを作製、2.7μsというビーム切り替え時間と、15,000点の2次元解像点数がある場合で25fpsというフレームレートが可能だという。
 光偏向チップとFMCW信号を生成するSSB変調器、Geフォトダイオードを集積したLiDARチップも作製し、これにプリズムレンズを搭載してワンボックス化するとともに、プロトタイプのモジュール化も実施、変調帯域16GHzで距離分解能9.4mmという値を実現した。3次元イメージングテストでは154×32の4,928点という点群画像の取得にも成功、リアルタイムテストも実施しており、速度や振動計測への応用にも成功した。
 さらに、スローライト導波路を長手方向に縦列アレイ化することで0.02度というビーム幅も実現、さらなる高感度化も可能だという。馬場氏は、今後は開口を拡げるとともに内部損失およびノイズ低減を行うことで、200m測距も可能になると指摘した。

 光パルスの往復時間を計算する飛行時間(TOF:Time of Flight)方式を担当するのは、東工大の小山氏だ。VCSELは低コスト・大量生産が可能であり、LiDAR応用として見た場合には、ビームをシャープにすることで対象物の輝度が上がってSN比が向上するので、長距離化が可能という特長を有している。
 VCSELビームスキャナでは、先ず種光源としてVCSELを用意、同一の構造体を横方向に長くして、そこに光を結合・伝搬させる。共振器は垂直方向に形成されており、縦方向でジグザグ伝搬することでスローライトを伝搬させる。波長を変えれば角度を大きく変化させることができ、素子長を長くすればシャープなビームが形成できる。
 パッシブデバイスに使用した実験では、波長を変えることで光偏向角60度以上、ビーム拡がり角0.04度、1,000点以上の解像点数を得ることができた。アクティブデバイスでも実現可能で、ビーム拡がり角0.03度で解像点数600点を達成している。
 ToF-LiDARでは大きな出力も必要だ。企業との共同研究では、素子を長くすることで光出力を上げ、1cm長の光偏向器で最大3W(CWモード)という出力を得た。LiDARに求められるのはパルスモードだが、現状では100ナノ秒のパルス幅で10W程度の出力が得られている。一層の高出力化は、さらなる短パルス化で実現でき、理論的には100ピコ秒以下の短パルス化も可能だという。
 長尺な素子は実用的ではないということで、短縮化の研究も行われた。1mm角チップの中に長さ1cmの光偏向器を折り返して収納、4.5Wの出力を得ることに成功した。
 波長可変については、熱光学効果を用いた。3次元センシングにおいて十分な波長可変スピード、数十kHz程度が得られることを確認している。集積光源の出力については最大4W、ビーム拡がり角0.1度以下(パルスモード)、解像点数200点を実現した。DOEを使えば1,600点の解像度が得られるという。
 このDOEを併用することで、研究チームでは最大光偏向角120度以上、4,000点という解像点数を実現している。方式上難しい垂直方向に光を出すためには、左右2対のプリズムミラーを使用した。シリンドリカルレンズを用いて2次元スキャニングも試み、10,000点の解像点数を得ることにも成功した。2次元にすることで輝度を160倍にでき、これはLiDARイメージングにとって大きなメリットになるという。
 研究チームでは、デモンストレーションにおいて60mの距離で深さ精度30cmの3次元画像の取得に成功(光源ピークパワー0.5W)、リアルタイム計測ではフラッシュToFカメラを用いて、同じく60mの距離で深さ精度60cmを達成した(フレームレート10fps、光源ピークパワー0.5W)。
 今後の課題は、高出力化やセンサと同期した連動で、特に高出力化については数十Wクラスの光源によって100mを超える測距を太陽下の環境で実現できるようになるという。小山氏は、CMOSセンサとの連携で完全ソリッドステート化を目指し、産業界と一緒に開発を進めたいと述べた。

 システムの実証は、東工大の西山氏が担当する。今回の講演では、前半で自動運転におけるレベル1から5までの各レベルで求められる機能、光技術の活用領域、現状の自動車に搭載されている技術、LiDAR市場などの概要に加え、LiDARの基礎についても解説。後半では、西山氏が担当する社会実装のためのFMCM方式における化合物半導体光源の一体化に関する研究開発が紹介された。
 ACCELプロジェクトにおける現状のFMCMモジュールはバルクシステムで、これはいわゆる第3世代。方式としては、レーザを外部から持ってきている。FMCM方式のLiDARを社会実装するには、これを第4世代の ワンチップ化しなければならない。研究チームでは異種材料集積技術によって、これを実現した。
 システムとしては、自動車の標準フォーマットであるROS(Robot Operating System)で計測データの伝送を行えるようにして、実際に自動車へ搭載できることを実証。さらに、モノの認識に機械学習を導入して、3次元の物体検出を精度良く行うことにも成功した。
 
 プロジェクト終了にあたり、馬場氏は「この技術を本格的に社会実装するための活動を続けて、日本の核となる技術に発展させていきたい」と述べた。
 300名を超える事前登録と240名強の参加者。この数字が示すのは、LiDARに関する研究・開発に対する各方面からの注目と期待であろう。
(川尻 多加志)