January, 21, 2021, 東京--テラヘルツ(THz)波は、電磁波の遠赤外とマイクロ波の間の狭い帯域であるが、最近、国内外で研究成果が多く発表されている。国内の成果は、各大学のニュースで見てもらうことにして、ここでは海外の例をいくつか見ておこう。
アプリケーションでは、「糖尿病のテストにテラヘルツ分光学的ホログラフィックを利用」「テラヘルツパルスベースのデータエンコーディング」「THzホログラフィック分光計」「THz時期測定」「THz照射で表面トポグラフィ計測」などがある。デバイスでは、最近MITが発表した「高出力、ポータブルテラヘルツQCL」が注目される。
この最新のレーザは、非常に複雑な構造であり、「量子井戸とバリアとの間に15000程度の界面がある、その半分は、7原子厚層でさえない」と説明されており、MBEで作製された。一方、ディテクタ側では、MIPTがグラフェンベースのデバイスを作製している。
ここでは、アプリケーションを中心に最近の研究成果を見ておこう。
1.糖尿病テストにTHzホログラフィを利用
2.テラヘルツパルスベースデータエンコーディング法
3.THz周波数域の双曲材料合成
1.糖尿病テストにTHzホログラフィを利用
ITMO大学とAlmazov国立医療研究センターの研究者は、糖尿病診断に新しい方法を提案した。それは糖尿病患者の血液が、この症状がない人々の血液と比べて、テラヘルツ(THz)領域で異なる反応を示すという事実に基づいている。
WHOの数字によると、糖尿病疾患の人は現在、4億2000万人を超えている。過去30年でこの症状の人々の数は着実に増加している。糖尿病は厳重食を守り、薬を飲まなければならないだけでなく、この症状からの合併症は、失明、腎臓障害、循環障害になり得る。
この病気の診断が早ければ早いほど、患者の生活はますます充実し健康になる。研究者が絶えずテスト技術を改善しようとしているのは、そのためである。例えば血糖計は、血糖値モニターには良い方法である。その読取りは、医者にかかるべきであるという警告に役立つが、それは正確な診断には十分でない。
「診断のために静脈血を分析する。極めて正確な分析法はあるが、特別でないものは存在しない。ある方法は全血を分析するためにのみ使用されるが、長続きしない。他の方法は、血液自体に含まれる化学成分ではないものの特性分析に基づいているが、その変容の所産である。これらすべての方法は、いささか高価な化学物質、分析をするための実験室装置を必要とする」とAlmazov国立医療研究センターの研究者、Yulia Kononovaは説明している。
今年7月半ば、研究チームは新しい分析法を紹介する論文を発表した。提案された技術は、液体血液の特殊な濃縮物の分析に関するものであり、これにより長期の蓄積が可能になる。糖尿病の血液組成の特徴における変化を検出するためにテラヘルツホログラム技術を提案している。この技術を利用すると、今後そのテストが数時間内に実行できるようになる可能性がある。
血液ホログラム
糖尿病は、高血糖値になる代謝異常である。さらに、処置が行われず、血糖値が長期間高いままであると、ヘモグロビンやアルブミンなどの血液タンパク質がグルコース分子と結合する。その結果、血液の化学組成は、基準から著しく乖離することになる。
特に、血液成分の変化により、糖尿病患者の血液が、テラヘルツ域で屈折率と反射がわずかに違ってくる。これが、その分析用途に提案されたことである。
「その考えは、血液サンプルが、スペクトルのテラヘルツ域の放射にさらされるというものであり、この放射がサンプルをどのように透過するかに基づいている。これによって血液の組成を計測できる。サンプルを透過することで、その放射は、部分的に吸収され、一部は屈折される。われわれはテラヘルツ放射の広いビームを使い、サンプルを照射する。サンプルからある一定の距離で、ホログラフィック技術を利用して、THz波全体が記録される。その後に数値法を利用して対象物の面に戻った伝搬を計算する。したがって、サンプルと相互作用した、放射特性で全ての情報を含むデジタルホログラムを記録する。この情報に基づいて、血液が糖尿病の患者の特性であるかどうかを推定できる」とITMO大学、研究助手、Maksim Kulyaは説明している。
この方法を好便にしているのは、血液が固体として分析されることである。つまり特別に用意されたペレットの形である。したがって、サンプルは特別な冷蔵庫を購入する必要なく蓄積できる。さらに、水の影響のない血液組成の分析が可能である。水はテラヘルツ放射を非常によく吸収する傾向がある。
「ペレットは固体であり、水平にも垂直にも設置可能である。さらに、その特性は長期間同じままである。また、われわれの方法にとって重要なことは、その厚さについて予め情報を持っていることである。サンプルを準備し、正確にそれを計測することができる。それに対して、液体プラズマは、キュベットに流し込まなければならない。キュベットの壁のために、結果が歪曲される」とITMO大学の学生である、Evgeniy Odlyanitskiyは説明している。分析のために血液を処理するそのような方法は、将来他の研究でも利用される可能性がある。
2.テラヘルツパルスベースデータエンコーディング法
世界中の研究者がテラヘルツ(THz)領域データ転送法に取り組んでいる。これは、今日の既存技術利用に比べて遙かに高速に情報の送信と受信を可能にする。とは言え、直面する問題は、GHz領域よりもTHz領域でデータをエンコードする方が著しく難しいことである。ITMO大学の研究グループは、データ伝送に使えるようにTHzパルス変調能力を実証した。成果は、Scientific Reportsに発表されている。
先進的経済諸国の通信会社は、新しい5G標準の採用を始めている。これによりユーザは、これまで知らなかったワイヤレスデータ転送速度が利用できるようになる。その一方で、世界はこの新しい世代のデータネットワークに初めて踏み込むが、研究者はすでに、その後継技術の研究にとりかかっている。
ITMOフェムト秒オプティクス・フェムト秒技術研究所の一人、Egor Oparinは「われわれは、6Gの基盤となる技術について議論している。この未来標準は、5Gと比べて100~1000倍の高速のどこからでもデータを転送する。それを実装するには、テラヘルツ領域を含む、新しい技術ソリューションが必要になる」と話している。
データを転送するために使用される発光頻度の増加は、通信チャネル容量を拡大し、リンク遅延を増やす。現在、一本の物理チャネルでマルチデータチャネルの同時転送技術は、IR領域で実装が成功している。この技術は、数十nm帯域の2つの広帯域IRパルス間相互作用に基づいている。THz領域では、パルスの帯域は遥かに大きくなる。
Egor Oparinは「それは、300~3000μmの範囲になる。同時にもっと多くのデータチャネルを挿入することができる、もちろんそのような技術ソリューションがあればの話だ」とコメントしている。
パルストレイン問題
とは言え、これらの技術ソリューションは、確かに難題である。6G適応デバイスを考え始める前に、研究者やエンジニアは、多くの重要な問題に対するソリューションを見出す必要がある。そのような問題の1つは、2つのパルス干渉を確実にすることに関わるが、これが、いわゆるパルストレイン、つまり周波数コムになり、データエンコードに利用される。
「THz領域では、パルスは少数のフィールドオシレーション(振動)を含む傾向がある。まさにパルス当たり1または2である。それらは非常に短く、グラフでは細いピークに見える。そのパルス間の干渉達成は非常に難しい、重ね合わせることが難しいからである」と同氏は説明している。
ITMO大学の研究チームは、数倍長くなるように、パルスを時間的に延ばすことを提案した。しかしまだピコ秒である。この場合、パルス内の異なる周波数は同時に起こるのではなく、相次いで起こる。これは、チャーピング、つまり線形周波数変調である。しかし、別の問題がともなう。チャーピング技術は、赤外域では十分に開発されているが、テラヘルツ域では、その技術の利用についての研究が存在しない。
論文の共著者、Egor Oparinは「われわれは知恵を絞る必要があった」と言う。「マイクロ波で使われている技術に眼を向けた。金属導波路が積極的に利用されているが分散が高くなる傾向がある、つまり、そこでは異なる発振周波数が、異なるスピードで伝搬する。しかしマイクロ波では、これらの導波路はシングルモードで使われており、言い方を換えると、場は一つの構成に分散されている特殊な狭い周波数帶、一般に1波長である。テラヘルツ領域に適するサイズの同等の導波路を採用し、それにブロードバンド信号を通した。狙いは多様な構成で信号が伝搬することだ。これによりパルスは延び、2psから7psに変化した。つまり3.5倍である。これが、われわれのソリューションとなった」。
導波路を使うことで、研究チームは、理論的観点から必要なパルス幅にすることができた。これにより、パルストレインを作る2つのチャープトパルス間の干渉が達成できた。
「このパルストレインの素晴らしい点はパルス構造で時間的、空間的に依存関係を示していることだ。したがって、時間形式、簡単に言うと、時間で、それに空間形式でフィールドオシレーション、つまり周波数ドメインにおけるそれらのオシレーションを表している。われわれは3つのピークを獲得した、時間形式で3つのサブ構造、空間形式で対応する3つのサブ構造である。そのスペクトル形式の一部を除去するための特殊フィルタを利用することで、時間形式で“点滅”させることができる、逆も可能である。これは、テラヘルツ帯でデータエンコードのベースになる」と研究者は説明している。
3.THz周波数域の双曲材料合成
将来、超高感度センサ、THzレーダー、分光計、無線望遠鏡でこれらの二層構造を使えるようになる。また、マスキング面作製にも使えるようになる。
ITMO大学とHerzen State Pedagogical大学の研究グループは、THz周波数領域で動作する新しいセンサに取り組んでいる。そのデバイスのプロトタイプを作製するためには、研究者はTHz周波数範囲で必要な光学品質を持つ材料を合成しなければならない。グループは、ビスマスベース二層構造を作ることでこれを達成した。研究成果は、Rapid Research Lettersに発表された。
双曲線媒体
研究チームは、新しい材料をビスマスベースとすることにした。そのような材料は、価電子帯と伝導帯の間に小さなオーバーラップがある半金属であり、これはTHz周波数域の検出デバイスに重要である。
ITMOテラヘルツ生体医学研究所のエンジニア、Petr Demchenkoは、「誘電体、半導体、導体がある。それらはエネルギーギャップの幅が異なる。導体である金属では、価電子帯と伝導帯にオーバーラップがある。半導体は、エネルギーギャップがある。半導体では、このギャップは最大3eVであり、誘電体では、それは3eVと5eVの間であるので、電流は流れない。しかし、これら2つの間に半金属があり、それにはアンチモン、スズ、ビスマスが含まれる。それらのバンドギャップは小さいが、それでも存在する」と説明している。
さらに、ビスマスとアンチモンには、別の重要な品質がある。以前の論文によると、ビスマスベースの材料は、THz領域で双曲線媒体の特性を示す。しかし、これは実験的に証明されていなかった。
「双曲線媒体は特別なクラスの光学材料である。そのような材料の誘電率の主要構成要素は、方向が異なる反対荷電である。これは、いささか異常な効果を生ずる。例えば負の屈折率となることがある。これは、標準的な光学材料ではありえない。方向が異なる、ある周波数範囲で、その材料は放射の影響を受けない誘電体、あるいは放射を反射または吸収する金属のいずれかになり得る」とAnton Zaitsevは説明している。
マイカへのビスマスのスプレイ法
THz周波数範囲の正確な部分でこうした特性を作るために研究者は、マイカ面にビスマス結晶構造を成長させることにした。そのために、熱降下、つまり熱スプレイと言われる方法を選んだ。
Petr Demchenkoによると空気を抜いたフラスコ内で全てが起こる。
「フラスコは、スライドするシリンダーを備えた特別なチューブを持つ。それが入ってくる材料であるビスマスをグラインドする。次に、ビスマス粒子が熱ヒーター、モリブデンボートインレットに乗る。これらの粒子量を制御することで、最終材料で層厚を調整することができる。熱ヒーターは、270℃に加熱する。ビスマスが、液体状態の上を飛び回る気体になるようにするためである。熱ヒーターの上にバルブがあり、フラスコの中に十分なガスができるまで、バルブは閉じたままである。次にバルブが開き、ビスマスがホルダのところへ上がってくる。そこには、パターン化された金属マスクを備えたマイカプレートがある。ガスがプレートに積りガス粒子が一か所に固まらず結晶構造を作るようにプレートも加熱される。その後にプレートを30分間、250℃以下に保つ。これで、その構造が安定し、薄い二層構造が得られる。ビスマスの厚さは、数十nmから数百nm、マイカプレートは、17μm。
この方法は、半導体へテロ構造を造るために利用されることがよくある分子エピタキシーよりも遥かに簡便で安価である。潜在的に、この新しい材料をベースにしたデバイスは、ヘテロ構造でできた類似物よりも利用しやすい。
負の屈折率
研究チームは、手に入れた材料の光学特性を分析した。その構造に、THz域のローバス領域で双曲線の性質があることを証明するためである。その物質を透過するパルスの特性を調べた後、研究者は空気媒体を透過した放射の時間遅延と比べて、時間遅延が負であることを確認した。時間遅延の長さは、ビスマス層の厚さに依存する。
「実験中、ビスマスとマイカを透過する放射が、空気を透過するよりも速く透過し始めたことを発見した、それはわれわれがビスマスの厚さを大きくしたときである」とPetr Demchenkoは話している。こうして、その材料は双曲線媒体のような挙動を示す特にTHz領域である。これは、以前には達成できなかった。
可能なアプリケーション
その新材料は、ポータブル高性能の超高感度THzディテクタのプロトタイプ作製に利用されることになる。しかし、その材料は通信やプロービングシステム、バイオセンサにも利用できる。
「われわれの材料は、THzディテクタ基盤作製に利用できる。空港や鉄道の駅でのセキュリティシステムでラゲージのスキャンに利用され病気の診断にも利用できる」。その材料は、THz放射から物体を隠すマスキング面の作製にも利用できる。つまり、THzレーダーからそれらを見えなくする。また電波天文学にも利用可能である。
「われわれは電波天文学で利用されている望遠鏡がTHz領域でも機能することが分かっていないことがある。これは、まさに実行しようとしている範囲である。例えばブラックホールは、この領域で研究されている。そのために研究者は、半導体ディテクタを適用するが、それは最初に液体ヘリウムの温度まで冷却する。われわれのディテクタは、室温で動作する」。