November, 28, 2019, 東京--音波など、限られた手段しか使えない海中を始めとする水中環境は「最後のデジタルデバイド領域」とも言われており、水中環境を生活圏の1 つと考えた時、陸上や空間に準じた光無線技術の活用は必須となる。この水中環境をLocal Area Networkと位置付けて、水中光無線技術の研究開発を進めているのが、ALAN(Aqua Local Area Network)コンソーシアムだ。
同コンソーシアムは、電子情報技術産業協会(JEITA)が、より広範な社会課題の解決に向け、あらゆる産業・業種の企業およびベンチャー企業との「共創」を推進することで新市場創出を促進するために創設した「JEITA 共創プログラム」の第1 弾として採択された。設立は昨年の6月、代表には2016 年第1回JEITA ベンチャー賞の受賞企業であるトリマティスの代表取締役・島田雄史氏が就いている。
研究開発コンセプトと活動方針
水中光無線技術の研究開発を進める上で、同コンソーシアムでは、すべてを光無線で行うのではなく、音波や有線技術等とのすみ分けによって、より柔軟性のあるネットワークを目指し、基礎レベルから青色を中心とした光無線技術の研究開発を行うとして、まずは水中ライダでの送受信技術のブラッシュアップから行う計画だ。
そして、水中環境を次世代の新しい経済圏ととらえ、民需に特化した材料、デバイス、機器、システム、ネットワーク開発を推進、開発された技術によって世界をリードし、新たな市場創出や社会課題を解決するとしている。
同コンソーシアムでは、材料、デバイス、機器、システム、ネットワーク(伝搬路を含む)などの技術・開発企業や研究機関、また水中通信、水中構造物調査、海底資源探査、水中セキュリティ、水中モニタリングなどの事業に関するユーザー企業との意見交換を通じて、水中環境における課題やニーズ等を整理・共有するとしており、水中光無線技術に関連したフォーラム等も開催して、国内外における動向等を発信する計画だ。
新しいビジネス創出を目指して
水中光技術の飛躍的進歩で創出される新ビジネスとしては、まずは海底地形図の作成や水中構造物の点検および海底ケーブル調査を容易にすることで日本のインフラ維持に貢献する海底地形・水中構造物調査が挙げられる。
また、海沿岸施設や海岸線の監視の他、養殖施設で魚の成長管理を行ったり、水中ロボットからの映像を陸上で視聴する「VR 水族館」の実現といった水中モニタリング、さらには、日本近海に賦存が期待されている海中エネルギー資源の探査効率を改善することでエネルギー・資源不足という課題を解決する海洋エネルギー調査なども有力なビジネスとされている。
ワーキンググループ
技術検討を行うワーキンググループ(WG)は、水中LiDAR、水中光無線通信、水中光無線給電、筐体・ロボティクス、水中プラットフォームの5 つで構成されており、以下に示す活動を展開する計画だ。
水中LiDAR WG:市場ニーズおよび用途からデバイス・機器の仕様化を行い、可視光波長を用いて距離50m、分解能1cm 以下のレーザスキャニング技術を開発する(参加団体:トリマティス、浜松ホトニクス、産総研、名城大、千葉工大など)。
水中光無線通信WG:システムへの仕様要求からデバイス・機器の仕様化を行い、距離1 ~ 100m、通信速度数十M ~ 1Gbpsの水中機器間および機器・中継器間の通信技術を開発(トリマティス、浜松ホトニクス、太陽誘電、産総研、名城大、山梨大、東海大、早大、千葉工大、情報通信研究機構、電気興業など)。
水中光無線給電WG:市場ニーズおよび用途からデバイス・機器の仕様化を行い、伝送距離1 ~ 10 m、伝送電力10W 以上の水中無線給電技術を開発(東工大、名城大、電気興業など)。
水中プラットフォームWG:市場ニーズから伝送速度・容量を分析、ネットワークの方式設計、システムの仕様要求を行う(KDDI 総研、東北大、太陽誘電、山梨大など)。
筐体・ロボティクスWG:システムへの仕様要求から機構系を設計(海洋研究開発機構〈JAMSTEC〉、千葉工大など)。
この他、市場検討WGも設置されており、次世代市場の創出や社会課題への対策など、アプリケーションの視点から課題提起を行い、市場ニーズとして各技術検討WGと情報共有を行う。
応用展開
水中光無線技術の海洋・河川への応用分野は、観光船による海中の可視化、橋脚や港湾設備、ダムなどの点検・測
量、養殖施設の点検や養殖魚介類の成長監視、港湾侵入やEEZ監視、原子力発電所や水中災害現場などにおける危険区域作業、プレート移動の検出や境界型地震検知、海上・海中遭難における捜索・通信確保、オイル・ガスなどの海中施設の点検など、観光・レジャーからインフラ点検、セキュリティまで、実に幅広い。
その一方で、同コンソーシアムは「今ある技術・製品で何かできないか?見せられないか?」を念頭に置いて、まずは「身近で分かり易さ」を追求するとしている。開発要素を極力省き、あまり重いテーマにはせず、アミューズ
メント分野やエンターテイメント分野、教育分野において、気軽に水中光無線技術の応用事例を見せることによって、その可能性を分かりやすい形で示すとして、すでに光学的な技術検討をワークショップレベルでキックオフさせたという。
その上で、次世代技術の追求として、3年後を視野に諸技術・製品の開発も加速させる計画だ。例えばローカル5G との連携によって特定エリア、特定目的でのネットワーク化を目指すなど、水中光無線技術の魅力や可能性をアピールすることで、将来性を示していきたいとしている。
Aqua Pulsar計画
ALAN 発第一弾のプロジェクトが「Aqua Pulsar 計画」だ。「机上でいくら議論検討しても、一向にらちが明かない。プラン遂行には実環境での実験が必須であり、まずは実際に水中に投下して測定してみよう」とのコンセプ
トのもと、青色LD を搭載した水中ライダをROV(遠隔操作型無人潜水機)に搭載して水中実験を実施した。
実験は今年の8月14日(水)、JAMSTEC横須賀本部の多目的水槽で行われた。防水ケースに収容したライダをROVに搭載して水中に投入、水槽内に設置した測定対象物に対し3Dスキャンを行い、日本初の水中での3D 測距画像取得に成功した。
今後は、光学系の改良やハイパワー化に加え、レンジゲート機能の付与によって測定範囲の拡大と分解能の向上を行う。また、スキャニングの高速化・広角化とデータ転送や描画ソフトの高速化によってリアルタイム測定も実現
する。さらには、水中構造物のデータ・画像解析が可能なソフトウエアを開発して、トータルソリューションを提供していく計画だ。
そのため、実験建屋内に大型水槽を常設して、水中ライダをフレームに取り付け精密測定実験を実施して特性の改善を行う。水中ライダの小型化と水中姿勢制御の高度化によって、乱流でも位置・姿勢を維持できるROV の高性能化や自立航行も目指す。
実験の成功で、今後は水中3Dデータ取得を新たな事業とする「Aqua Pulsar Features」をスタートさせる。ターゲットは、水中橋脚点検、海底マッピング、養殖場の育成モニタリング、配管内の亀裂調査、ダムや発電所施設の点検などだ。
展開計画は、①測定データを100万円程度で提供する事業。②ハード・ソフトの作り込みを含む総合的な提案を
行う1,000 万円規模の事業。③リアルタイム水中データ取得を複数年にわたり、億単位で行う事業。④AI 搭載自立型ロボットなどの開発・導入も含めた全自動水中モニタリングシステムの提案を長期的取り組みで行う将来的事業の4ステップで進める。
今年度から、水中光無線通信と水中監視プラットフォームの研究を行うとともに、1Gbps、100 mを目指した大容量・長距離の水中光無線通信技術の研究開発を10月から3年間で実施、濁った水中における最適波長の研究も行う。水中ロボット、水中光無線通信、水中光無線給電とローカル5G を組み合わせたシステム開発も目指す。
特別シンポジウムと展示
CEATEC 開催中の10 月16 日(水)には、特別シンポジウムも開催された。東北大・木島明博氏による「水中光無線技術への期待:沿岸生物生産の現場ユーザーとして望むこと」、トリマティス・島田雄史氏の「水中光無線技術の現状と展望:海中におけるビジネス展開の可能性」、JAMSTEC・吉田弘氏による「あらたな産業はここから始まる:社会課題解決のための新技術」の3本の講演が行われ、展示会場内ブースでは、水中ライダ(トリマティス)や水中光無線給電システム(千葉工大)、青色LED による海中無線とスマートフォンを組み合わせたシステム(KDD 総研)などが展示された。
(川尻 多加志)