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日本の科学技術政策は産業の復活に寄与しているのか
日本学術振興会光エレクトロニクス第130 委員会、「光の日」公開シンポジウムを開催

March, 25, 2019, 東京--3月8日(金)、東京理科大学・森戸会館(東京都新宿区)において、日本学術振興会(学振)光エレクトロニクス第130 委員会主催による「光の日」公開シンポジウム2019が開催された。
 同委員会は昭和36年、光と電波の境界領域第130委員会として設立され、レーザ開発を中心に光と電波の共通基盤に立った研究活動を進めてきた。平成5年5月にはレーザによって開かれた光技術とエレクトロニクスとの融合による研究を一層拡大発展させるため、現在の委員会名に改称、光エレクトロニクス分野において、先端科学技術や企業のニーズに対応し、新技術創出に資するための活動を続けている。委員会内には第1部会:将来基盤技術、第2部会:光デバイス・レーザ、第3部会:光計測・バイオ、第4部会:IT関連技術の4部会が置かれ、年に5回の研究会を開催している。
 平成18年3月、光に感謝し、敬意を示し、かつ親しみと愛をこめ、同委員会では3月8日を「光の日」とすることを決議した。「光の日」が3月8日に選ばれた理由は、光の速さが真空中でほぼ 3×108m/s であって、フォトンは吸収されない限り休むことなく走り続けるとの理由からだという。同委員会では、この記念日の行事として、毎年3 月8 日近辺に「光の日」公開シンポジウムを開催してきた。
 今年のシンポジウムテーマは 「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の成果と光エレクトロニクスの今後」で、光エレクトロニクス関連のImPACTの最新の研究開発成果が報告された。今回はそれに加え、元・日経エレクトロニクス編集長で、現在は技術ジャーナリストとして活躍する西村吉雄氏による「電子立国凋落に学ぶ科学技術政策のあり方」という興味深いテーマで講演が行われた。内容は、これまでの日本の科学技術政策が産業の復活に寄与したのか、その是非を問うというような刺激的なものであり、この講演の後に引き続き行われた全講師による「パネルディスカッション」でも、日本の科学技術政策における問題点について突っ込んだ議論が交わされた。

ImPACTのインパクト
 委員長の黒田和男氏(宇都宮大:写真)は「開会の挨拶」の中で、3月8日が「光の日」になった理由と、記念行事である「光の日」公開シンポジウムの歴史を説明。また、2015年に「国家プロジェクトにおける戦略と光エレクトロニクス」と題するシンポジウムを開催して、今回の前半3名の講師の方々にImPACTスタートにあたっての講演をして頂いたことを紹介、プログラムが終了する今年、再度の講演をお願いしたと述べた。
 続くImPACTの講演は全部で4本、それぞれのプログラム・マネージャーが研究成果を報告した。トップバッターは八木隆行氏で、講演タイトルは「イノベーティブな可視化技術による新成長産業の創出」。本プログラムでは、豊かで安全な生活の実現を目指して、可視化できない生体や物体内部を、高度なレーザ・超音波技術で非侵襲・非破壊で三次元可視化し、超早期診断や超精密検査・測定に応用する研究を行ってきた。
 講演では、開発した光音響効果を用いた光超音波3Dイメージング技術および3次元可視化装置(ワイドフィールド可視化システム)の概要と酸素飽和度イメージングについて解説。センサユニットには、レーザモジュールから短パルスレーザ光を伝送するファイバが接続された半球型超音波センサアレイが使用されていて、光源はTiサファイアレーザ、出力100mJ/パルス以上で750~850nm帯の任意の2波長を20Hzで交互に発振する仕組みとなっている。
 臨床研究としては、癌の切除後の皮弁移植治療の術前評価、生活習慣病に起因する動脈硬化を判定する手掌動脈走行解析、微細な腫瘍血管や腫瘍内血液酸素飽和度の変化抽出を用いた乳癌画像診断などが紹介された。
 次に登壇したのは合田圭介氏、「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」を講演した。本プログラムは、ライフサイエンスにおける「砂浜から一粒の砂金」を高速・正確に発見・解析し、セレンディピティ(偶然で幸運な発見)を計画的に創出する基盤技術を開発することでグリーンイノベーションおよびライフイノベーションの質的変革を引き起こすことを目指した。
 開発した細胞検索エンジン「セレンディピター」は、学術的には「インテリジェント画像活性化細胞選択法(iIACS)」と呼ばれ、マイクロ流体チップ中に細胞を高速(1m/s)で流し、細胞画像を高速周波数多重顕微鏡で取得、得られた画像をもとに分取対象か否かを機械学習(深層学習など)でリアルタイム(<32ms)に判別して、チップに集積されたピエゾ駆動ソータで分取対象の細胞を分取するというもの。100cells/sのスループットと90%以上の分取精度を達成した。また、タンパクが局在した微細藻類細胞や血液中の血小板凝集塊の分取にも成功している。
 「ユビキタス・パワーレーザーによる安全・安心・長寿社会の実現」を講演したのは、佐野雄二氏だ。本プログラムでは、電子加速器およびX線自由電子レーザ(XFEL)をレーザプラズマ加速により超小型化するための基盤技術の確立と、パルス発振の高出力固体レーザの超小型化およびその実用化を進めた。
 電子加速については、レーザプラズマ加速によって、最大約600MeVの安定かつ世界最高効率の電子加速を単一(一段)のプラズマ素子で実現した。このプラズマ素子の多段化によってGeV級の安定したレーザ加速を実現するため、電子加速専用のレーザ装置を開発するとともに、多段化においてレーザや電子ビームの計測・制御技術の開発も実施した。現在、専用の実験プラットホームを理研・播磨地区に構築し、レーザによる電子加速およびX線発生実験を進めている。
 一方、固体レーザについては、レーザ媒質と冷却基板の常温接合技術を開発・適用することによって掌サイズで 20mJ を超える発振に成功、民間企業3社による製品化を行った。テラヘルツ波による危険物・有害物のリアルタイムガス検知装置やレーザ超音波による溶接中リアルタイム欠陥検知技術、あざ取りや眼科手術の医療応用など、十数機関が応用展開研究を実施中だ。さらに、もう一つの固体レーザ開発プログラムでは、セラミックレーザ媒質とレーザダイオードによる励起技術を駆使して、パルスエネルギー1J、繰り返し300Hzのメンテナンス性に優れたテーブルトップレーザの開発に成功した。
 山本喜久氏は「量子-古典クロスオーバーの物理とコヒーレント・イジングマシン」の講演の中で、量子散逸計算の基本原理の一つである量子ダーウィニズムと、これを実現するコヒーレント・イジングマシンの概念や実装、性能について報告した。
 ユニバーサル量子計算で問題サイズ(ノード数)N=20、50、100、150ビットの組み合わせ最適化問題(最大カット問題)を解こうとすれば、20ビットで4ミリ秒、50ビットで600秒、100ビットで700年、150ビットだと200億年もかかってしまう。対するヒューリスティック量子計算の現状は、Rigetti Computing社がゲート型量子コンピュータで19ビットを600秒で解いたり、D-Wave Systems社の量子アニールマシン(2000Q)が50ビットを50秒で解いているものの、それ以上の計算は不可能と言われている。
 開発されたコヒーレント・イジングマシンは、光パラメトリック発振現象を用いて問題を解くというもので、20、50、100、150ビットを、それぞれ0.1ミリ秒、0.37ミリ秒、2.5ミリ秒、54ミリ秒という圧倒的な速さの計算に成功した。

日本の科学技術政策の是非を問う
 最後に「電子立国凋落に学ぶ科学技術政策のあり方」というテーマで講演した西村吉雄氏は、エレクトロニクス分野の栄枯盛衰から国家プロジェクトの反省を踏まえ、我が国の将来のためのあるべき方向性を提言した。
 米国の対日政策は、1945年から1950年までの日本の工業力を徹底的に抑制する姿勢から、朝鮮戦争を境にして支援する方向に変わって行った。その間、日本の電子産業は対米輸出で急成長を遂げたが1985年以降、米国は再び抑制の方向へ舵を切り、ソ連の脅威さえなくなれば、もはや日本の工業力は不要とまで考えるようになった。
 実際、冷戦終了後に中国やインド、東欧諸国が資本主義経済圏に参入。20億人を超える低賃金労働者が現れ、これらの地域にはハードウエア工場が次々と建てられて行った。その流れの中、ハードとソフト、設計と製造のグローバルな水平分業が進展。この動きに対し、日本のエレクトロニクス産業は分業を嫌い続け自前主義に固執、結果として同類企業が乱立することになり衰退して行った。
 西村氏は、科学・技術への公的資金投入は日本経済を活性化していないと指摘する。1990年以降、半導体分野では数え切れないほどの国家プロジェクトが作られたが、日本企業の半導体シェアは下がり続けた。このような状況の中、バブル崩壊後の1995年に科学技術基本法が制定され、翌年には科学技術基本計画がスタートした。以来、毎年4~5兆円の公的資金が投入され続け、その累計は100兆円に達しようとしている。西村氏は、この投入が日本経済を活性化したという兆候は見出しがたく、日本経済は低迷を続けているとして、20年以上続けても経済の活性化に効果のない科学・技術予算は見直すべきだと語った。
 日本はもはや金持ち国ではない。かつて2~4位だった一人当たりのGDPは今や25位だ。西村氏は、基礎研究投資で貧乏国が金持ち国になった例は見当たらないと指摘する。ただし、基礎研究や学問といった知の創造は、経済にまったく貢献していなくても価値があり、「基礎研究を振興しないと将来の経済成長の種がなくなる」という主張は、基礎研究を大切にしているように見えて、実は経済に貢献しない研究、例えば文系の研究を切り捨てる理論につながるとも警告を発した。
 日本では「イノベーションさえ起こせば経済は回復する」との指摘がある。一方、世界を見渡せばイノベーションは起こっていて、巨大な利益を挙げるGAFAのような企業が現れた。ところが、イノベーションに応じた国レベルのマクロ経済はあまり伸びていない。逆に格差は拡大している。これが欧米の今の問題意識だ。
 個人の言ったことやしたことが、政府や企業に捕捉・監視される社会では、民主主義的手続きを通じた意思表示がしにくくなる。そこにおいて民主的価値観を共有しない中国という存在は大きく、個人データやインフラをどのように守れるのか、政府も企業も分かりかねていると、西村氏は警鐘を鳴らした。
 全講師による「パネルディスカッション」では、我が国の科学技術政策の在り方が議論され、中でも印象に残った発言をいくつか挙げると、「若い人に対し、学問をすることのポジティブなメッセージが発せられていない」、「欧米は日本の国家プロジェクトを研究して、より良いシステムにしていったのに、圧力を気にして日本のプロジェクトは劣化して進んでしまった」、「日本も米国のように民間財団からの投資を目指しても良いのではないか」、「大学は教育機関であり、優秀な人材を輩出するのが役割」、「大学の法人化は失敗したと総括すべきで、競争的資金を減らし大学の運営費交付金を増やした方が良い」等々、我が国の将来に係わる問題に対する、普段あまり言えないような、しかしながら真摯な意見が数多く出され、真剣かつ活発な議論が交わされた。

学振委員会の役割
 第2 部会主査の平等拓範氏(理研、分子研)は「閉会の挨拶」の中で、国家プロジェクトを工夫する必要があるという見識を持つとともに、それを国に伝えるのも委員会の一つの役目だと述べた。そして、重要なのはこれからどうして行くのかであり、同委員会がその活動の手伝いをできればと考え、今回のシンポジウムを企画したと語った。
 その後に行われた意見交換会でも、講師の方々を交えたフリーディスカッションが会場のあちこちで活発に行われていたが、学振ではいま委員会の見直しが検討されているという。人手や予算が足りないという理由なのだろうか。「日本はもはや金持ち国ではない」という講演での指摘が頭をかすめる。今回のシンポジウムでの提言には賛否両論あるかと思うが、何よりも企画した同委員会ならびに企画委員の方々の勇気には敬意を表したい。
(川尻 多加志)