March, 11, 2019, 東京--20世紀最大の発明の1つとされるレーザ。その応用は、最先端の科学研究から私たちの身近な生活にまで拡がっている。一方で、パワーレーザはまだまだ装置が大きく、取り扱いも難しいという課題を抱えており、これがさらなる分野への応用展開の障壁になっているとも言われている。
このレーザを、何時でも、何処でも、誰でも使えるように(ユビキタス化)しようという革新的な試みが、ImPACTプログラム(革新的研究開発推進プログラム)「ユビキタス・パワーレーザーによる安全・安心・長寿社会の実現」だ。
プログラムを率いるのは、佐野雄二プログラム・マネージャー(写真)。2月18日(月)、5年にわたるプロジェクトの研究開発成果報告最終シンポジウム(主催:内閣府、科学技術振興機構)が、東京都品川区の大崎ブライトコアホールで開催された。
研究開発目標
プロジェクトの研究開発テーマは、大きく二つに分けられる。レーザ加速X線自由電子レーザ(XFEL)と超小型パワーレーザだ。さらに超小型パワーレーザは、マイクロチップレーザを用いたハンドヘルドレーザと、セラミック媒質と半導体レーザ(LD)を組み合わせたテーブルトップレーザに分けられる。
研究開発目標は、レーザ加速XFEL実証(Pj-1)では、超小型XFELの実現に必要な基板技術の確立を目指して、①レーザによる超小型電子加速器の開発(1GeV、<10m) ②超小型アンジュレータの開発(<10m、X線ビーム(1kev)発生) ③播磨拠点における組み合わせ試験とXFEL実現に必要な要素技術の実証とされた。
超小型パワーレーザ(Pj-2)では、その開発・製品化を目指して、①掌サイズの高出力パルスレーザ開発(1.06μm、サブナノ秒、20mJ、100Hz) ②国内企業による製品化(ImPACT期間内の販売開始) ③テーブルトップ型の開発(1.06μm、1J、300Hz、10~40ns、1.2×2.4m)が目標とされた。
システム化・XFEL実証評価(Pj-3)では、①ユーザーによるレーザ加速器およびX線ビームの実用性評価 ②超小型パワーレーザを用いた応用システムのユーザーによる開発 ③ユーザーによる超小型パワーレーザの試用・生産デモ、実用性評価が目標となった。
研究開発成果
レーザ加速XFEL基板技術では、世界最高率のレーザ電子加速に成功して、レーザパルスエネルギー6TWで500MeVを達成、TiNコーティングした板状のNdFeB磁石に38対(または25対)の磁極を形成して、長さ152mm(または100mm)、幅20mm、厚さ2mm、磁場周期4mmのマイクロアンジュレータを開発、これと電子ビーム(35MeV)を組み合わせて世界初のX線ビーム(放射光)の観察に成功した。理研播磨放射光科学研究センター試験加速棟内には、オールジャパン体制で誰もが研究に参画できるオープンイノベーション開発拠点「LAPLACIAN」が構築され、各機関の要素技術を集積してシステム検証を行うとともに、ImPACT終了後もこれを活用して行く計画だ。
一方の超小型パワーレーザだが、ハンドヘルドレーザ開発では、熱伝導率・熱膨張率が異なるNd:YAGとサファイアの常温・多層接合に世界で初めて成功、界面バッファ層/コーティング層の形成に成功して応力緩和と反射ロスを低減、20mJのサブナノ秒パルスDFC(Distributed Face Cooling:分布面冷却)構造マイクロチップレーザの開発に成功した。マイクロチップレーザの製品開発は、パナソニックPE、オプトクエスト、ニデックの3社に移管して行われ、この他、テラヘルツ波による危険物・有害物のリアルタイムガス検知装置(理研)やレーザ超音波による溶接中リアルタイム欠陥検知技術など、十数機関が応用展開研究を実施した。浜松工業技術支援センター内には、サブナノ秒レーザ(小型MOPA機)が移管され「レーザー試用プラットフォーム」が開設された。これは無償で一般開放される。さらに、未来社会創造事業プログラムのもと、理研播磨内でこのレーザを用いた加速研究も進められる予定だ。分子研内には「小型集積レーザー(TILA)コンソーシアム」が設立され、民間企業等との共同プロジェクト推進や社会連携研究を行う計画にもなっている。
もう一方のテーブルトップレーザ開発では、パワーレーザのキーデバイスである励起用LDの出力を400Wに上げることに成功して、これを11層アレイ化することで4.4kWのピーク出力を実現。このLDでレーザ媒質を励起する増幅器を3台結合して、平均出力300W(1J×300Hz)、パルス幅35nsを達成、1.2×2.4mという小型化も実現した。同社・産業開発研究センター内には、ユーザー利用スペースが設けられ、このレーザが利用できるとのこと。同社では今後、大・中・小のパルスエネルギーの製品をラインナップするとともに、レーザ装置のさらなる小型化と低コスト化を実現することで国産レーザの競争力強化につなげたいとしている。レーザ加工応用のユーザーを開拓して行くため、JSTやNEDOなどの他のプロジェクトとも連携して行くという。
プログラム
シンポジウムでは、開会挨拶とプログラムの概要・進捗報告を佐野氏が行い、主催者挨拶は内閣府政策参与ImPACTプログラム統括の須藤亮氏が、来賓挨拶では、農業・食品産業技術総合研究機構理事長の久間和生氏と分子研所長の川合眞紀氏が登壇、その後に第1部、第2部、第3部に分けて講演が行われた。
午前中の第1部「レーザー加速XFEL実証プロジェクト」では、阪大教授・レーザー研所長の兒玉了祐氏が「レーザー加速XFEL開発拠点(LAPLACIAN)の構築と展開」、阪大准教授・理研チームリーダーの細貝知直氏が「世界一安定なGeV級レーザー電子加速技術の開発とX線ビームの発生」を講演、未来社会創造事業におけるレーザ技術の展開について、未来社会創造事業プログラム・マネージャーの熊谷教孝氏が招待講演を行った。
午後の第2部「超小型パワーレーザーの開発・製品化と展開」では、浜ホト・副センター長の川嶋利幸氏が「ものづくりの現場で使えるロバストなジュール級300Hzパワーレーザー」、理研グループディレクター・分子研教授の平等拓範氏が「20mJ超を達成した手のひらサイズのサブナノ秒マイクロチップレーザー」、ImPACTプログラム・マネージャー補佐の三浦崇広氏は「マイクロチップレーザーの実用化および応用への取組み」、ニデック・部長の羽根渕昌明氏が「高精度・高安定・高機能な眼科手術装置を目指したマイクロチップレーザー」を講演した。
最後の第3部「超小型パワーレーザーの応用」では、特別講演としてAirbus OperationsのProject ManagerであるDr.Furfariが、エアバスにおけるレーザ応用開発について講演、理研チームリーダーの南出泰亜氏が「高強度テラヘルツ光発生技術のソフトターゲット型テロ対策への展開」、阪大教授の浅井知氏が「溶接のリアルタイム品質保証を可能にするスマート溶接システム」の講演を行った。
パネル展示・デモ
パネル展示・デモでは、「レーザー電子加速開発成果」(阪大、量子研、東北大、理研)、「世界最短周期の一体型マイクロアンジュレーターの開発」(高エネ研)、「極限環境材料研究のためのレーザー加速電子によるイメージングシステムの最適化」(島根大)、「手のひらサイズの20mJ超パワーレーザー」(分子研)、「ジュール級300Hzパワーレーザーの実用化・製品化」(浜松ホト)、「マイクロチップレーザーを試せる『レーザー試用プラットフォーム』」(浜松工業技術支援センター)、「超小型パワーレーザー:製品モックアップ展示/発振デモ」(パナソニックPE、ニデック、オプトクエスト)、「マイクロチップ用超小型電源/ポータブル電源」(ユニタック)などが披露された。
超小型パワーレーザの応用展開としては、「テラヘルツによるリアルタイムガス検知装置」(理研)、「レーザー超音波による溶接中リアルタイム欠陥検知技術」(阪大)、「超小型皮膚疾患用レーザー治療器の開発」(ユニタック)、「パルスレーザーによるリチウムイオン電池電解液の“そのまま”除去・回収」(東芝)、「パルスレーザー支援溶接法による溶接金属組織微細化」(阪大)、「宇宙用エンジンのレーザー着火技術開発」(IHIエアロスペース)、「光放出電子顕微鏡(PEEM)への応用による性能向上」(菅製作所)、「装置組み込みが可能な超小型深紫外レーザーユニットの開発」(TCK)などが紹介されていた。
研究開発のさらなる進展を期待して
JSTの「光・量子フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」や未来社会創造事業「粒子加速器の革新的な小型化及び高エネルギー化につながるレーザープラズマ加速技術」、NEDOの「高輝度・高効率次世代レーザー技術開発」、さらには第2期SIPにおいてもレーザ関連のプロジェクトが進められている。
一方、政府が新たに打ち出した「ムーンショット型研究開発制度」では、我が国発の破壊的イノベーション創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)の推進が目標に掲げられ、ここでもレーザ関連の採択に期待が集まっている。
ImPACTプログラム「ユビキタス・パワーレーザーによる安全・安心・長寿社会の実現」の5年はここで終了したが、その研究成果とスピリットが新たなプロジェクトに引き継がれ、我が国のレーザ研究がますます進展することを期待したい。
(川尻 多加志)