April, 27, 2018, 東京--「任期付き博士研究者は、安定就職が困難な人々」と揶揄されるポスドク問題は、日本の科学技術の将来を揺るがす問題とまで言われている。3月17日(土)から20日(火)まで、早稲田大において開催された応用物理学会春季学術講演会の初日、同学会・男女共同参画委員会によって、この問題を議論する特別シンポジウム「『科学技術立国日本』の凋落危機を救う若手研究者の活躍促進」が開催された。
ポスドク問題を浮き彫りに
シンポジウムは男女共同参画委員長の松木伸行氏(神奈川大)の司会のもと、財満鎭明会長(名古屋大)が挨拶を行い、東京大の片山裕美子氏が「理工系の若手女性研究者の一人として」、NTT物性科学基礎研究所の松崎雄一郎氏が「企業の研究所で働くということ」、F-WAVEの髙野章弘氏が「企業における研究開発:いまだ道半ば」を講演、おのおのの経験を紹介した。基調講演は、文部科学省科学技術・学術政策研究所の松澤孝明氏が「博士人材の多様な活躍を目指して:課題と展望」を、東京工業大の細野秀雄氏が「昨今の研究環境と若手研究者のキャリアパスの課題について」を講演。そのあとにはパネルディスカッションも行われた。
日本人の博士が内向きに?
基調講演の松澤氏は、博士人材は持続的な科学技術イノベーションの主たる担い手だとしたうえで、自身の研究所のアクティビティを紹介した。
日本の博士課程の約2割は外国人で、その約半分が中国人、博士課程全体の約9割はアジアからというのが現状で、半分は帰国してしまう。一方で、欧米先進国で活躍する博士卒業1.5年後の日本人は5%にも満たない。松澤氏は、日本人の博士がどんどん内向きになっているのではと危惧する。
2012年度の人口100万人当たりの博士号取得者数は概算で米国250人、ドイツ330人、英国350人、韓国250人、我が国はわずか125人だ。いずれの国も2008年から増えているが、我が国だけが減っている。博士課程入学者も2003年をピークに減少している。博士課程に進学しなかった理由の3位は「博士課程に進学すると修了後の就職が心配である」だ。
博士課程修了者の約6割はアカデミアに、約3割が非アカデミアに就職しているが、アカデミアの約6割は任期付き雇用で、非アカデミアの9割近くは正職員の安定した雇用に就いている。アカデミアに就職した人は、その後も約9割がアカデミアに留まり、それも任期付きのままが多い。
ポスドクは2008年度の17,945人をピークに減っており、2015年度には15,910人になった。しかし、若手教員層の雇用形態は任期付き雇用が増えている。ポスドクから職を変える場合、任期なし職への就職率は年齢が上がるほど低下する。人生設計を考えるうえで、ポスドクが知っておくべき点だ。
民間企業に就職した博士への企業評価では「期待を上回った」が9.4%、「ほぼ期待通り」は71.1%だ。一方「期待を下回る」は4.8%で、80%以上の企業が博士人材に満足している。ただし「期待を上回った」が伸びている一方で「期待を下回る」も伸びている。重要なのは、博士課程をどう過ごしたかだと松澤氏は指摘する。また、企業が博士人材に期待するのは、今の専門性よりも博士での経験を将来どう活かせるかで、これに対し博士人材側は今の専門性をどう維持するかを重視している。専門性に対する考え方にギャップがある。
欧米では博士課程修了後に定期的・追跡的な調査を行って、政策に活かしているという。松澤氏は、我が国でも博士人材のキャリアパスの把握・可視化に向けた取り組みを行い、客観的根拠に基づいた科学技術政策・人材政策の立案が必要だと述べ、現在取り組んでいる、修了年を特定した博士課程修了者全数調査、博士人材追跡調査(JDPro)を紹介した。これまでに2016年10月~2015年修了者と2012年修了者の調査を実施したという。継時的・持続的な進路状況システムとしては博士人材データベース(JGRD)があり、2017年8月現在で42大学が参加、登録者数は12,000人に増えているそうだ。
松澤氏は、悲観的なメッセージを発信する人は多く、そういう人の声は大きいが、重要なのは何がポジティブかを認識するとともに、どうやって準備するかだと述べた。
生意気な気鋭の研究者を!
細野氏は、たとえ研究者を増やしたとしても、我が国には研究を担う若手研究者がいないのではないかと警鐘を鳴らす。現状での博士課程学生とポスドクは海外出身者が中心。米国でさえ博士修了者(中国人)の多くが本国へ戻ってしまい、今後ポスドク確保が困難になると予想されている。中国に戻れば予算、ポスト、待遇、インフラといった面で有利なのだ。日本でも今後、海外の優秀な人材確保がより困難になることが危惧されている。
国立大学の運営交付金は年々減少して、自然科学系修士修了者の博士課程への進学者数と進学率も低下している。主要国のトップ10%論文数でも、我が国はシェアを低下させており、サイエンスマップを見ると成長しそうな研究領域に成果が見られない。博士課程修了時には40%超の人が300万円以上の借金を抱えているという。
日本の大学で特徴的なのは60%以上の人が博士課程までの9年間、同じ大学に留まっていることだ。細野氏は、これこそ先生と学生の典型的なもたれ合いであり、双方を弱くしていると指摘する。一方、大学が企業等と実施する共同研究の約85%は300万円未満、共同研究でなくお付き合いだとして、博士課程学生の給与を払うことを認めていないのが問題だと述べた。
旧帝大、東工大、筑波大、早大、慶大など11校の任期付きは平成19年の27%から平成25年には40%に増加しており30~40歳の割合が高い。ただし、工学系では3.5年後にはテニュアの割合が増えており、細野氏は理学系に比べれば工学系はそれほど厳しくないのでは、とも指摘した。
第5期科学技術基本計画では、40歳未満の大学本務教員の数を1割増加させて、将来的に我が国全体の大学本務教員に占める40歳未満の教員の割合が3割以上となることを目指している。加えて、資本金1億円以上の日本企業では修士取得者の研究開発者採用が減少しており、一方で中途採用が増えていることから、細野氏は若者のキャリアパスはそれほど厳しくなく、むしろ高年齢の方が厳しいのではと述べた。
細野氏は、今の企業には顔の見える研究者がいないと指摘する。これが、企業に入ると没個性になってしまうという印象を学生に与えてしまい、学生がロールモデルを描きにくい原因にもなっているという。学会などで顔が見えるアカデミアに学生が残る理由がここにもあると述べた。
細野氏は、自身のJST「さきがけ」研究における経験も紹介した。このプログラムの優れた点は、個人が独立した研究を推進するということと、年間100万円の給与が支給されることだという。細野氏は採用基準を「生意気」な気鋭の研究者に置き、自分の構想やアイデアを強く主張でき、新概念や新領域の開拓に野心をもつ研究者を求めた。運営は、改良よりも革新、領域内コラボを強力に推進すること、研究テーマを柔軟に捉える、所属学会の文化の差異などの環境に配慮することを心掛けたという。
いくつかのトラブルも紹介された。教授より大きな研究費を獲得して運営が難しくなったので転出を促されたり、さきがけ研究のテーマに学生をつけてくれなかったり、さらには獲得した研究費が研究室予算に組み入れられてしまい裁量権がない等々。さきがけ研究への応募自体を研究室の責任者が認めないという、表に出ないクレームもあるようだ。
確かに競争的資金なしでは、実験研究は困難になりつつある。その一方で財団研究費などでは若手重視が増えており、芽が出た若手を伸ばすファンドが増えているのも事実だという。細野氏は、パネルディスカッションで「今の応用物理学会では、昔のような口角泡を飛ばす議論が行われていない。大学も研究室も静かになってしまった。原因は良いテーマがないからだ」と指摘。ただ「経済が成長していけば、若い人の元気は出てくる」と述べ、「希望は女性の活躍だ。日本に残された資源は女性だけだ。米国での女性活躍の背景には政府の数値目標があった。数値目標が出ている日本でも、女性の活躍は時間の問題だ」とも述べた。
若手研究者にとって身近で、かつ深刻なポスドク問題。日本の科学技術の将来を左右するという意味から、これからも注目していきたい。(川尻 多加志)