August, 20, 2015, 東京--NICT、物質・材料研究機構(NIMS)、フランス国立科学研究センター(CNRS)及びジョセフ・フーリエ大学のInstitut NEELは、単一光子を用いて、高効率に意思決定をする全く新しい概念の知的フォトニックシステムを、ダイヤモンド中の窒素欠陥(NV)を単一光子源とし、偏光制御装置、単一光子検出器及び独自のシステムを用いた実験により実証した。
報酬確率が最も高い選択肢を速く正確に判断することを求められる意思決定問題は、機械学習の分野では「多本腕バンディット問題(Multi-armed Bandit Problem; MAB)」と呼ばれる問題として定式化されている。MABは、情報通信技術における周波数割当ての効率化、ウェブ広告の最適化、コンピュータ囲碁などで使われるモンテカルロ木探索の高速化など、様々な応用と密接に関連している。したがって、効率的なMABソルバーの開発は、情報通信における新たな重要なコア技術の創成につながる。
共同研究グループは、MAB解探索アルゴリズムとして独自に定式化した「綱引きアルゴリズム」と呼ぶ数理モデルの特徴を、単一の光子の持つ粒子性と確率性を用いて表現できることに着目し、それを利用して効率的なMAB解決マシンとして機能する物理的なシステムを実験的に実証した。
今回の成果は、単一光子の物理的特性を、社会的重要性の高い様々な意思決定の局面で威力を発揮するコア技術に利用可能であることを世界に先駆けて示したものであり、新しい原理で動作する「知的フォトニックシステム」が開発できることを示唆している。
単一光子の粒子的性質と確率的性質を用いて、2台のスロットマシン(L、R)のうちで報酬確率の高いものを判断する問題(2本腕バンディット問題)を解決する原理とシステムアーキテクチャを示し、その実験に成功した。
偏光ビームスプリッタ(PBS)に対して45度傾いた偏光を有する単一光子が入射したとする。光子はPBSにより、確率1/2でch-0またはch-1に向かう。このとき、ch-0で単一光子が検出されたときには、ch-1で単一光子が観測される確率は0となる。このような確率的でありかつ粒子的であるという単一光子の物理的性質を意思決定問題の解決に応用する。PBSに対してほとんど水平の偏光を有する単一光子が入射したときは、PBSにより、ほとんど1の確率で光子はch-0に向かう。ただし、わずかな確率で、ch-1で光子が検出されることもある。同様に、PBSに対してほとんど垂直の偏光を有する単一光子が入射したときは、ほとんど1の確率で光子はch-1に向かうが、わずかな確率でch-0で光子が検出される。このように、単一光子の行き先は偏光に依存して確率的に異なってくるが、個々のイベントは光の粒子性のため確実に決まる。
研究では、ch-0で光子が検出されたら、ただちに、スロットマシンLを選ぶ意思が決定されたと見なし、ch-1での光子検出を、マシンRを選択する意思の決定と対応付ける。このように単一光子の検出と意思決定を対応させ、綱引きアルゴリズムを単一光子の偏光の制御として実現した。
実験では、単一光子源としてダイヤモンド中の窒素欠陥を用い、偏光子、半波長板、PBS通過後の光子を2chsの単一光子検出器で計測し、時間相関単一光子計数システムにより、到着タイミングを検出し、これを意思決定に用う。選択したスロットマシンからの報酬に基づいて半波長板の回転角を調節し、単一光子の偏光状態を制御する。
実証した意思決定機能は、単一光子の物理的性質を利用しており、従来のデジタル計算機上でソフトウェアとして実行されるこれまでの機械学習システムとは全く異なる形態で実装されている。研究では、量子レベルの光(単一光子)を用いて効率的な意思決定を実現できることが初めて実験的に示された。
今後、フォトニクスを利用することで更なる知的機能が実現され、こうした「知的フォトニックシステム」が情報通信における新たな重要なコア技術となることが期待できる。
研究成果は、NICT光ネットワーク研究所 成瀬誠主任研究員、NIMS国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 金成主NIMS特別研究員、CNRS及びジョセフ・フーリエ大学 Institut NEELのSerge Huant教授、東京工業大学地球生命研究所 青野真士准主任研究者、山梨大学大学院総合研究部 堀裕和教授らの共同研究グループによるものである。