August, 6, 2015, 岡山--岡山大学大学院自然科学研究科(工)の石川篤助教と理化学研究所の田中拓男准主任研究員は、“光吸収メタマテリアル”と呼ばれる人工光学材料を開発。その表面に吸着した有機分子を、アト(10-18)モルレベルの高い感度で赤外分光計測できる技術を世界で初めて開発した。
従来の赤外分光計測では、明るい背景光の中から試料が光を吸収した際のわずかな光強度の低下を検出していた。そのため、信号の弱い極微量試料の測定が難しかった。
新開発の赤外分光計測技術は、入った光をどこにも逃さず吸収する“光吸収メタマテリアル”によって、光計測において有利な環境である暗闇を人工的に作り出し、さらに試料と光吸収メタマテリアルとの相互作用により漏れ出してくる光を高感度に検出することで、高感度計測を可能とする技術。これは、光吸収メタマテリアルが作り出す暗い背景の中で、分子の光吸収を擬似的な発光として測定するこれまでに無い画期的な方法。今後、メタマテリアル構造を最適化して背景光をさらに抑えることで、ゼプト(10-21)モルレベルのさらなる高感度化も期待される。また、分子を吸着させる基板を工夫するだけで実現可能なため、従来の装置を改造無しで利用できる。
現在、赤外分光計測技術は、温室効果ガスや有害ガスを計測する環境モニタリングや呼気中のガス成分を分析し特定疾患との因果関係を調べる呼気診断に応用が進んでいる。この研究成果によって、新技術に基づく赤外分光センサチップの開発が進めば、計測技術の感度向上が見込まれ、環境モニタリングや呼気診断技術に貢献することが期待される。
研究グループは、光吸収メタマテリアルと呼ばれる人工光学材料を開発し、その表面に吸着した有機分子を、アト(10-18)モルレベルの高い感度で赤外分光計測できる技術を開発した。従来の手法では、ノイズの原因となる明るい背景光の中から分子のわずかな光吸収を検出していたのに対して、今回開発した手法では、メタマテリアルが作り出す暗闇を利用して背景光を抑えるとともに、本来は吸収(暗くなる)として現れる分子からの信号を疑似的な発光として検出することで、高い信号雑音比(SNR)の高感度な計測に成功した。
メタマテリアルは、光の波長よりも小さな光共振器を大量に集積化した人工光学材料。自然界に存在する物質の光に対する応答が、原子や分子によって決まっているのに対して、メタマテリアルでは、光共振器の特性をうまく設計することで、天然物質では実現できないような光応答を人工的に作り出すことができる。
研究グループはまず、高感度な光計測において有利な環境である暗闇を作り出すために、入った光をどこにも逃さず吸収する”光吸収メタマテリアル”を開発した。光の吸収量を増やすことは、光センサの高感度化や太陽光発電の高効率化など、さまざまな光応用において重要。しかし、光をよく吸収しうる物質ほど、光をよく反射するという物理法則があるために、完全な光吸収、すなわち真に暗い状態を天然の物質で実現するのは容易ではない。研究グループは、平らな金表面に赤外光に応答する微小な光共振器を配列することで、反射光を人工的に抑制し、赤外光を高い効率で吸収できる光吸収メタマテリアルを設計・作製しました。このメタマテリアルの作製には、電子ビーム蒸着法と光リソグラフィ法を用い、幅1.5µm、周期3µmの金とフッ化マグネシウムの積層リボン構造が、26㎜四方に1次元配列したメタマテリアルを実現した。光共振器である表面の積層リボン構造は、有機化合物や生体分子に多く含まれる炭素—水素間結合(CH結合)の赤外スペクトルを高感度に検出するため、周波数3000cm-1付近の赤外光を吸収し暗闇を作り出すように設計した。
次に、メタマテリアル表面に、検出対象の有機分子として16—メルカプトヘキサデカン酸の自己組織化単分子膜を作製し、一般的な感度を有するフーリエ変換型赤外分光光度計を用いて分光計測を行った。
金薄膜の場合、その表面からの明るい反射光(背景光)のノイズの中に、微弱な分子の光吸収が埋もれ、本質的に高感度検出が難しい。一方、メタマテリアルの場合には、光共振器に起因する大きな吸収によって計測したい周波数領域の余分な背景光が抑えられ、さらにその中に、有機分子のCH結合の吸収線がディップではなくピークとなって現れる。これは、光共振器の近くに分子が存在すると、分子と光共振器との相互作用によって光共振器から光が漏れ出すことで吸収されずに試料表面からの反射光として光検出器に届くためであり、今回開発した手法では、光吸収メタマテリアルが作り出す暗い背景の中に、分子の光吸収が明るく輝く光信号として現れることになる。
メタマテリアル表面に吸着している有機分子の個数をもとに検出感度を見積もった結果、約1.8アト(10-18)モルレベルの高感度な計測が達成できていることがわかった。今後、メタマテリアル構造を最適化して背景光をさらに抑えることで、これまで不可能であったゼプト(10-21)モルレベルの高感度計測の実現が期待できる。また、ここで用いた手法は、分子を吸着させる基板を工夫するだけで、従来と比較して飛躍的な高感度化が実現できる技術であり、計測装置そのものは既存の分光光度計をそのまま改造無しで利用できる点も特徴の1つ。
(詳細は、www.okayama-u.ac.jp)