June, 19, 2015, 仙台/京都--東北大学などの合同研究チームは、原子のクラスターにX線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLAから供給される非常に強力なX線を照射すると、ナノメートル程度の大きさのプラズマ(ナノプラズマ)を生成することを見出した。
XFELの非常に強力なX線パルスを用いると、非常に小さな結晶や結晶化していない試料からでも1発のX線パルスでX線散乱を計測できるため、これまで構造が決定できなかった様々な物質や過渡的な状態にある物質の構造が決定できると期待されている。研究の結果は、SACLAの強力X線パルスをどのような物質に照射してもナノプラズマ化という現象が起こり得るため、X線散乱の解析においてもこの現象による影響を正確に知ることが必要であることを示している。
研究の成果は、『Scientific Reports』で、2015年6月16日にオンライン出版された。
X線を原子クラスタに照射すると、クラスタを構成する原子の深い内殻軌道から電子が放出されて、原子はエネルギーが高く不安定な原子イオンになる。この不安定な原子イオンは比較的浅い軌道の電子を放出することで安定化し、多価原子イオンになる。SACLAの非常に強力なX線パルスを照射すると、単一クラスタ内の複数の原子においてこのような過程が起こり、たくさんの電子を放出する。電子は負の電荷を持つので、残ったクラスタは強く正に帯電していく。この過程が進行していくと、時間的に遅れて原子から飛び出した電子のうち、エネルギーが低い電子は正の電荷に引き寄せられてクラスタからは飛び出せなくなっていく。その結果、微小空間内に正の電荷と負の電荷が混在するナノプラズマが生成することが予想されていた。
研究では、アルゴン原子クラスタを真空中に導入して、SACLABL3で得られる超強力X線パルスを照射し、放出される電子の運動エネルギー分布を測定した。アルゴン原子の最も深い内殻軌道の束縛エネルギーは3200電子ボルト(eV)なのに対して、X線光子のエネルギーは5000eV。従って、最初に飛び出してくる電子はもっぱら2000~5000eVの超高速電子で、クラスタから飛び出せなくなることはない。ここで低エネルギーの遅い電子に注目。孤立したアルゴン原子にX線を照射する場合には200eV付近に山が観測されるが、研究で観測したアルゴン原子クラスタからの電子放出の場合には、200eVから低エネルギー側の領域が平らになることが分かった。このことはクラスタに生じた強い正の電荷により電子が減速されていることを示している。さらに電子が減速されると、クラスタから飛び出せなくなり、ナノプラズマが生成される。その後、一度は束縛された電子も蒸発するように放出されることがあり、エネルギーの増加とともに単調に収量が減少する低エネルギー電子として観測される。
また、観測結果をよく再現する理論計算から、X線照射によって放出される電子の中でも比較的低エネルギーの電子とクラスタ内の原子との衝突により放出される2次電子がナノプラズマ生成に主に寄与していることも分かった。この2次電子放出は物質にX線を照射した時にごく一般的に起こる現象。
今回の研究は、SACLAの強力なX線パルスを原子の集団に照射すると、X線のエネルギーや原子の種類によらず低エネルギー2次電子を大量に放出し、この2次電子が束縛されてナノプラズマを生成する可能性が常につきまとうことを示すもので、このことは、SACLAの強力なX線パルスを用いた物質の構造解析を行う上で、ナノプラズマが生成される反応素過程を正確に知り、考慮したうえで解析を行うことが必要不可欠であることを示している。超強力X線と物質との相互作用に関する問題をひとつひとつ解決していって初めて、SACLAを用いて、これまで見えなかった超微細・超高速な現象を見ることも可能になると期待される。
合同研究チームは、東北大学多元物質科学研究所上田潔教授・福澤宏宣助教のグループ、京都大学大学院理学研究科八尾誠教授・永谷清信助教のグループ、広島大学大学院理学研究科和田真一助教、理化学研究所放射光科学総合研究センターXFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループ矢橋牧名グループディレクター及び高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室先端光源利用研究グループ実験技術開発チーム登野健介チームリーダー等で構成。