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レーザ光で有機金属を絶縁体に変える

November, 26, 2014, 仙台--東北大大学院理学研究科、岩井伸一郎 教授、石原 純夫教授の研究グループは、有機金属中の電子の動きをレーザ光の照射によって凍結、秩序化することに成功した。
 研究グループには、中央大理工学部の米満賢治教授、岡山理科大大学院理学研究科の山本薫准教授、名古屋大大学院工学研究科の岸田英夫教授、東北大金属材料研究所の佐々木孝彦教授が参加している。
 研究では、7フェムト秒(fs)という超短パルス幅赤外(中心波長1.7µm)レーザを開発した。この波長の光において、7fsという時間は電場の振動のわずか1.5周期しか含まない。また、7fsは原子が動く時間スケールよりも短いので、物質が原子の熱振動によって温度が上がったり、原子移動によって物質が壊れる暇もない。この究極の短パルスを用いることによって、試料を壊したり、極端な高温にすることなく極めて大きな電場(10MV/cm)を印加することが可能になった。
 対象とする物質には、二次元有機金属(α-(BEDT-TTF)2I3、BEDT-TTF=ビスエチレンジチオテトラチアフルバレンの略)を用いた。この物質は、典型的な有機金属の1つであり、BEDT-TTF分子とI3分子が層状に積層した電荷移動錯体。BEDT-TTF分子が作るドナー層は金属的な伝導層を形成している。
 この物質では、電荷が動ける状態(金属)から電荷が秩序化して動けない状態(絶縁体)への変化が、赤外線領域の大きな反射率の増大によって特徴づけられる。ポンププローブ分光と呼ばれる測定手法を用いて、光の照射直後の反射率スペクトルの変化を測定した。通常、金属に光を照射した瞬間に起こることは、電子温度の上昇であるが、観測されたスペクトルの変化は温度上昇から予想されるものとは全く異なった。励起直後に観測される、反射率の増大は、金属相中に電荷の秩序状態が形成されたことを表している。その状態はわずか40fs程度で消滅し、その後、温度の上昇を反映する反射率の変化が見られる。
 金属中の電子が秩序化していることを示すには、このような反射スぺクトルの変化を見るだけでは十分ではない。研究では、秩序化して動けなくなった電子が、金属状態とは異なる固有の時間軸上の振動を示すことを利用して、電子を止めたことを確認した。
 今回観測した光による電子の動きの凍結は、強い高周波電場の効果だけによるものではない。ここで用いた光の電場では、電子を完全に止めるためには不十分であり、簡単な計算から電子の動きやすさ(=運動エネルギー)を10%程度減少させる効果しかないことが予想されていた。「それにもかかわらず電子が秩序化した理由は、用いた有機金属に特有な理由があるため」と研究グループ考えている。
 この物質は強相関電子系と呼ばれる物質系に属し、電子間には強いクーロン反発が働いていることが知られており、このクーロン反発のエネルギーが、電子を止めようとする。今回の実験で、電子の動きやすさを10%減らすだけで電子を止められたのは、この電子相関の力を借りたためと研究グループは考えている。また研究グループは、高周波強電場と電子相関の効果が協力的に働くことによって、単に「電子が止まる」というだけでなく、多数の電子が集団として秩序化していることにも注目している。これは、光によって電子が氷のように凍結したとみなすこともできる。
 交流強電場による物質への作用としては、これまでにも、今回用いた近赤外光よりも周波数の約100倍低いテラヘルツ光によって電子のトンネリングによる絶縁破壊(ツェナー絶縁破壊)など、電場が電子を“駆動”する結果が数多く報告されている。それに対し、高周波の振動電場によって電子の動きを止めるという現象は、これらとは全く逆の現象であり、初めての例と言える。
(詳細は、 www.jst.go.jp)