October, 1, 2014, Tokyo--NICT 未来ICT研究所の鳥澤嵩征研究員、古田健也主任研究員と、東京大学大学院総合文化研究科の豊島陽子教授らの研究グループは、ヒトの細胞の中の主要な物質輸送を担っているモータータンパク質であるダイニンが、活動の必要がないときに、その運動活性を自ら抑制(不活性化)する能力を持つことを発見した。
細胞の中で何重にもわたる厳密な制御を受けているダイニンにとって、最も基本となる運動制御のメカニズムを明らかにしたことで、細胞内の輸送ネットワークにおける高次の制御メカニズムの解明や、ダイニンが担うとされているウイルス感染症に対抗する薬品開発につながることが期待される。
この成果は、Nature Cell Biologyオンライン速報版(2014年9月28日)に発表された。
社会生活に不可欠な物流システムは、適切な場所、適切な時間に、適切な物品を輸送するために、厳密に制御されており、その制御のほとんどは中央集中型となっている。同様に、ヒトの体を作り上げている細胞の中の世界においても、物流は細胞の生命維持のために必須なシステム。細胞の中の物流は、細胞内輸送と呼ばれ、その主役は、モータータンパク質と呼ばれるタンパク質。人間社会における物流システムと同様に、細胞内の物質が正しく輸送されるように、厳密な制御が行われている。しかし、細胞内の物質輸送は、中央集中型制御ではないことが分かりつつある。この制御がどのように行われているかを明らかにすることは、生命機能の維持機構の理解のために極めて重要な課題であり、国際的に精力的な研究が行われてきた。この物質輸送を担うモータータンパク質の一つ、ダイニンは、細胞の周辺部分から細胞の中心に向かう「上り」の数多ある物質輸送を一手に引き受けている。ダイニンには幾つかの制御因子が見つかってはいたものの、ダイニンの運動活性がどのように階層的に制御されているのかは明らかになっておらず、そのメカニズムの解明が長らく求められていた。
今回の研究成果により、ヒトの細胞質で働くダイニンの発現系を確立し、このダイニンに分子生物学的に改変を加えることで、ダイニン分子が自分自身で運動活性を抑制する自己制御のメカニズムを持つことが明らかになった。
ダイニンは、リング状のモーター部位を2つ持ち、この2つの部位が、微小管と結合する能力と、エネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)を加水分解して微小管との間で力を発生することで、輸送路である微小管上を「歩く」能力を持っている。
研究では、ダイニンの2つのモーター部位の距離を人為的に制御をしたり、モーター部位の間に障害物を挿入したダイニンの変異体を作製し、これらの分子の微小管上での運動を単一分子計測技術(1)を駆使して測定した。
その結果、ダイニンが運動できないときには、この2つのモーター部位が重なるように結合しており、2つのモーター部位がお互いに運動能を抑制していることが分かった。一方、2つのモーター部位が重ならないように人為的に離した場合には、運動が活性化され、微小管上を安定して動くようになることが分かった。
このような抑制メカニズムは、モータータンパク質の自己制御としては新たな形態のものであり、ダイニンの制御因子が関係するような、より高次の輸送制御の基礎を与えていると考えられる。
ダイニンの自己制御の存在が明らかになったことで、ダイニンによる物質輸送ネットワークの制御メカニズムの解明が加速され、生理状態の細胞機能のみならず、感染症における感染メカニズムの解明に知見を与えると期待される。
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(1)単一分子計測技術
全反射蛍光顕微鏡や光ピンセット、電子顕微鏡などの装置を用いて、タンパク質一分子による運動、力発生、形態を計測する技術。全反射蛍光顕微鏡は、照明光としてガラス面近傍に染み出す近接場光を用いることで背景光を抑え、蛍光一分子を可視化することができる光学顕微鏡である。これにより、モータータンパク質一分子の運動を追跡することができる。光ピンセットは、マイクロメータオーダーの微小な物体を光によって捕らえ、試料中でマニピュレートする機能を備えた光学顕微鏡である。開口数の大きな対物レンズにより、レーザをサンプル内に集光することで光ピンセットを形成する。捕捉された物体は、力を測定するためのプローブとなる。
(詳細は、www.nict.go.jp)