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ナノスケールの熱膨張を直接計測

December, 8, 2021, 東京--東京大学 生産技術研究所の溝口照康教授、大学院工学系研究科 博士課程3年のLiao Kunyen 大学院生(研究当時)、生産技術研究所の柴田基洋助教の研究グループは、界面における局所的な熱膨張をナノメートルレベルの高い空間分解能で計測することに成功した。
 異なる結晶が接している界面では、結晶内部と異なる熱膨張が生じていると考えられてきた。熱膨張は、電子デバイスの故障やインフラ設備の劣化にもつながる。しかしこれまで、界面などの局所的な熱膨張を直接測定する手法はなかった。
 研究グループでは走査透過型電子顕微鏡(STEM)で測定される電子エネルギー損失分光法(EELS)に注目した。EELSは電子構造や原子構造に関する情報を与えてくれる分光法。特に、EELSの低エネルギー領域に現れるプラズモンと呼ばれるスペクトルに注目した。プラズモンのピーク位置は電荷密度と関係することが知られている。熱によって物質の体積が膨張すると電荷密度も変化することを利用し、プラズモンピーク位置の変化から体積の膨張を検出できるはずであると考えた。また、EELSはSTEMを用いて測定されるため、ナノメートルレベルの微小な領域から選択的にスペクトルを得ることができる。さらに研究グループでは、プラズモンピークの変化と熱膨張の相関を明らかにするためのシミュレーションも実施した。
 今回の研究では、チタン酸ストロンチウムと呼ばれるセラミックスの2種類の結晶が接する界面の熱膨張の挙動を、STEM-EELSにより調べた。2種類の界面は大きく異なった構造をとっていることが分かった。STEM内で700℃まで昇温して、各界面の局所的な熱膨張を計測した。その結果、一方の界面は結晶内部の約3倍の熱膨張を示し、以前から予想されていた界面における熱膨張におおよそ一致したが、もう一方の界面の熱膨張は、結晶内部のわずか1.4倍程度に抑えられていることが明らかになった。このような結果は、この実験手法により個々の界面の局所的な熱膨張を測定できて初めて分かった。また、界面の構造を、STEM観察とシミュレーションにより調べた結果、界面と結晶内部では原子の存在する密度が異なっており、界面のほうが少し疎に原子が存在していることが明らかになった。つまり、界面には結晶内部と比較すると余剰の空間(フリースペース)が存在しているということになる。今回の研究の結果、界面における熱膨張とフリースペースの大きさが相関していることが明らかになった。
 以上の結果から、すべての界面が結晶内部に比べて同じように大きな熱膨張を示すわけではなく、界面構造に依存した熱膨張を示しており、界面の原子配列を意図どおりに作製することができれば、熱膨張も制御できることが明らかとなった。
 近年では電子デバイスの微細化が進み、これまで以上に、界面の熱膨張がデバイスの寿命に与える影響が大きくなってきている。この研究では、界面における局所的な熱膨張を理解し、制御する指針を得ることができた。
 研究成果は「Nano Letters」オンライン版に掲載された。
(詳細、https://www.iis.u-tokyo.ac.jp)