July, 23, 2014, Tokyo--日本電信電話(NTT)と独立行政法人科学技術振興機構(JST)は、核磁気共鳴(NMR)を用い、半導体ヘテロ構造において、低温かつ強磁場で電子が結晶化する様子を観測することに成功した。
これは、電子が結晶のように整列することで電子スピンが核スピンに及ぼす有効磁場が空間的に変化することを利用したもので、高純度の半導体ヘテロ構造と高感度の抵抗検出NMR法を用いることで初めて可能になった。
80年前に理論的に予言された「ウィグナー結晶」と呼ばれるこの電子の結晶状態については、これまで電磁波の共鳴吸収など間接的な情報しか得られていなかったが、今回の実験により、そのミクロな構造が初めて明らかになった。この成果は、NMRが半導体中の電子のスピンだけでなく、電荷や軌道の状態を調べるのに有力な手法であることを示しており、今後、ウィグナー結晶以外のさまざまな電子状態の解明や、新たな物性の開拓につながるものと期待される。また、不純物によって生じる電子分布の変化をナノメートルスケールで調べるなど、電子デバイスをナノレベルで評価する手法として有用な技術になると考えられる。
NTT物性科学基礎研究所とJSTの研究チームは、GaAsとAlGaAsのヘテロ構造中の高移動度2次元電子に対して、GaAs層を構成する砒素(As)原子のNMR測定によって、電子系が低温・強磁場中で結晶化していることを直接的に示す結果を得た。核スピンの共鳴周波数は電子スピンが作る有効磁場によってわずかに変化する。この変化はナイトシフトと呼ばれ、NMRはこのナイトシフトを測定することで電子スピンに関する情報を得る。今回の実験では、ナイトシフトが電子の局所密度に比例することを利用して、電子の結晶化によって局所密度が2次元面内で変化している様子を観測することに成功。さらに電子結晶の波動関数を用いたシミュレーションと実験の比較により、電子結晶のミクロな構造が初めて明らかになった。
技術のポイント
(1)高移動度2次元電子試料を用いてウィグナー結晶を明瞭に観測
電子の結晶化は電子間のクーロン相互作用に起因します。試料に含まれる不純物が多いと、電子は他の電子との相互作用よりも不純物ポテンシャルの影響をより強く受けるため、ウィグナー結晶状態の観測には不純物の濃度を最小限に抑える必要がある。今回の実験ではNTT物性科学基礎研究所の結晶成長技術を活かし、高電子移動度を有するGaAs/AlGaAsヘテロ構造試料を用いることで、不純物の影響を最小限に抑え、ウィグナー結晶状態を明瞭に観測することに成功した。
(2)抵抗検出NMR法を用いた局所電子密度の測定
NMRでは電子スピンが作る有効磁場による核スピンの共鳴周波数のわずかな変化を測定するが、通常の方法では信号強度が弱いため、2次元電子一層に対する測定は困難。今回の実験では、研究チームが独自に発展させた抵抗検出NMR法を用いた。抵抗検出NMR法は、核スピンの共鳴を2次元電子系の抵抗の変化として検出することにより、基板や他の層に含まれる同種原子の影響を取り除き、測定対象である2次元電子と相互作用している核スピンからの信号を選択的かつ高感度で検出することを可能にする。これにより、結晶化した電子の局所電子密度の変化を表す特異なNMRスペクトルを明瞭に観測することが可能になった。
この成果は、「Nature Physics」オンライン速報版で公開されている。
(詳細は、www.ntt.co.jp)