April, 25, 2014, 東京--東京大学物性研究所附属極限コヒーレント光科学研究センター(LASOR センター)松田巌准教授の研究グループと東北大学電気通信研究所情報デバイス研究部門吹留博一准教授の研究グループは共同で、単原子層グラフェン特有の性質で、電子の質量がゼロに相当する状態(“質量ゼロ”)を直接観測することに成功した。これにより、質量ゼロの電子の振る舞いが、1 つの光子に対して複数の伝導電子が発生するグラフェン特有の光応答現象に対応することも分かった。
グラフェンを用いた次世代の光学デバイス開発では“質量ゼロ”電子を反映した超高速の状態を前提にしている。この研究によりその状態の存在が裏付けられ、さらにその特性評価が行われた。特にグラフェンは原子レベルの構造体として微小素子となる特徴もあるので、光通信やレーザなどの光学技術の分野にて注目されている。この研究で得られたデータは今後の開発に重要な役割を果たすと期待される。
研究グループは物質の電子状態を直接観測することのできる光電子分光法の時間・角度分解測定を実施した。紫外線よりも短い波長の光を照射すると電子が放出される。これは「光電効果」と呼ばれ、アインシュタインがノーベル賞を受賞することとなった「光量子仮説」の元になった自然現象。光電子分光法は放出された電子のエネルギー分析を行う実験法で、角度分解測定を行うことで物質中の電子の運動量分析ができ、さらに時間分解測定も実施することで電子の振る舞いをリアルタイムで追跡することができる。
グラフェンの時間分解光電子分光測定は過去にも実施されていたがレーザ光源として紫外線領域のものが用いられてきた。グラフェンの物性を支配する“質量ゼロ”の電子は、物質中で“K 点”と呼ばれる高い運動量を持っており、これまでの紫外線レーザによる実験ではその運動量領域をカバーすることができなかった。東京大学物性研究所附属 LASOR センターでは紫外線よりもより波長の短い真空紫外線を発振する高次高調波レーザを開発し、このレーザを用いれば広範囲の運動量領域の測定も可能。
研究グループは、今回この高次高調波真空紫外線レーザを用いてグラフェンの“質量ゼロ”の電子の時間・角度分解光電子分光測定が実現し、その非平衡状態の直接観測に成功した。
研究グループは、ポンプ光でグラフェンに光誘起現象を起こし、その後の時間変化を高次高調波真空紫外線レーザのプローブ光による光電子分光測定によってリアルタイムで追跡した。スペクトルの変化は、“質量ゼロ”の電子の振る舞いを直接反映しており、さらに光学応用にとって重要なキャリアマルチプレーションで期待される変化に対応することが分かった。高次高調波真空紫外線レーザによるグラフェンの時間分解光電子分光測定は 2013 年にヨーロッパのグループらによって初めて報告されたが、東北大と東大の研究グループにより “質量ゼロ”を反映した非平衡電子状態そのものが捉えられ、その詳細がより明らかとなった。今回得られたデータは今後グラフェンの光学デバイスの開発、特に設計において重要な役割を果たすと期待される。
この研究で使用したグラフェン試料は炭化ケイ素(SiC)基板上に成長させたものである。物質のキャリアは電子とホール(正孔)の 2 種類あり、今回の試料は n-型グラフェンに対応し、キャリアとして電子の数が多いものであった(p-型ではホールの数が多い)。炭化ケイ素基板上のグラフェンは、その成長条件を変えることによってキャリアの種類(n-型、p-型)とキャリア数(電子、ホール数)を制御することができる。研究グループは今後、種々のグラフェン試料の系統的な時間・角度分解光電子分光測定により、“質量ゼロ”の電子系の非平衡キャリアダイナミクスの詳細を調べると共に、より高性能な新規光学デバイス開発への知見を得ることを目指している。
(詳細は、Applied Physics Letters 104, 161103 2014:Observing hot carrier distribution in an n-type epitaxial graphene on a SiC substrate)