September, 28, 2016, 和光--水素分子(H2)は、水素原子(H)が2個結び付くことによって構成される最も簡単な構造の分子。したがって、水素分子が水素原子2個に分離する過程(解離)は、最も簡単な化学反応と言える。しかしこの解離過程は1種類ではなく、異なる解離過程を経て生じた水素原子は内部の電子の様子が異なり、それぞれ別の状態の水素原子として区別される。最も簡単な化学反応であるにも関わらず、異なる解離過程を超高速で制御することはこれまで不可能だった。
研究チームは、実験系に改良を加えて集光強度を高めた極端紫外波長領域のAPT(アト秒パルス列)を水素分子に照射し、生じた水素イオンの運動量分布を測定し、異なる方向の運動量を持つ水素イオンを同時に観測することに成功した。次に、APTを二つのビームに分け、二つのビームの遅延照射時間を少しずつずらしながら、各方向の水素イオンの生成量を測定した。その結果、片方の水素イオンの生成量が最大から最小になると同時に、もう片方の水素イオンの生成量が最小から最大へ変化する時刻が存在し、その変化がわずか8フェムト秒(fs)で生じることを見出した。これは、水素分子イオンの基底状態における振動波束の振動周期の半分の時間に相当し、水素分子イオンが“最も縮んだとき”にAPTを照射した場合は片方の解離過程が優先され、“最も伸びたとき”にAPTを照射した場合はもう片方の解離過程が優先されることを意味している。
分子の化学反応を制御する方法として、レーザ光を用いた手法が盛んに研究されてきた。これまでに可視光の数10フェムト秒(fs)レーザ光を用いた制御方法が考案されてきたが、光子エネルギーが低く(波長が長く)かつパルス幅の短縮が不十分であるといった問題があった。
2015年に、研究チームは、3,000兆分の1秒という短い時間幅のパルスが並んだ「アト秒パルス列(APT)」という特殊なレーザ光で水素分子をイオン化すると、水素分子イオン(H2+)が振動を始めるための準備時間が、従来考えられていた時間よりはるかに長いことを発見し、使用するパルスによってその準備時間を制御可能なことを示した。このことから、実験系の改良を行うことで新たな水素分子イオン解離過程を見つけ、異なる解離過程を超高速で制御できるのではないかと考えた。
今後、可視光レーザではこれまで到達できなかった、多様な分子の励起状態の超高速ダイナミックスを利用した反応制御ができることが期待できる。
(詳細は、www.riken.jp)