July, 8, 2016, 京都--京都大学 大学院理学研究科 齊藤尚平准教授らは、高温でも使用でき、光で剥がせる液晶接着材料の開発に初めて成功した。
従来の仮固定用の接着材料には、熱で剥がすタイプの接着材料(ホットメルト型接着材料)が幅広く使われているが、高温では接着力を失ってしまう欠点があった。これに対し、光で剥がすタイプの接着材料として、光を当てると溶ける材料の応用が期待されていたが、「光で剥がれる機能」と「高温でも接着力を維持する機能」を両立する材料の開発は困難だった。
研究グループは、独自に光応答性の機能分子を設計・合成し、自己凝集力が高いカラムナー液晶を作ることで、紫外光を使った「光剥離機能」と100℃前後の「耐熱接着機能」の両方を実現する新しい仮固定用の接着材料の開発に成功し、「ライトメルト型接着材料」と名付けた。
開発したライトメルト型接着材料を2枚のガラス板に挟んで接着性能を評価した。1) 室温では1.6MPa(メガパスカル)、100℃の高温でも1.2MPaという高い接着力を示す一方で、2) 紫外光を当てると液化に伴って接着力は85%低下し、3) 一般的なLED光源で紫外光を照射すると、わずか数秒間(320mJ/㎝2という少ない光量)で剥がすことができた。さらに、4) 160℃で加熱処理することにより再び接着力を取り戻すリサイクル特性を持ち、5) 接着状態と非接着状態を蛍光色の違いで見分けることのできる蛍光機能を備えている。これらの優れた材料機能はすべて、分子の骨格構造に由来して発現している。
特に材料機能1~3)につながった分子構造の特徴
1)強く接着する機能
一般に高い接着力を実現するには、接着したい部材と接着材料の界面における相互作用と、接着材料そのものの自己凝集力の両方を強くする必要がある。界面の相互作用が弱ければ試験片は界面から剥がれ、接着剤の凝集力が弱ければ接着材料の内部で破壊が起こる。ガラス板と接着材料を用いた今回の実験系では、ガラス表面の加工状態(親水加工または疎水加工)によらず、同じ接着力を示した。このことから、ガラスと接着材料の界面における相互作用ではなく、接着材料そのものの凝集力が試験片の接着力を決定していることがわかる。すなわち、高い自己凝集力をもつ材料を開発したことが、仮固定に充分な接着力の実現につながった。
この「高い自己凝集力」を引き出したのが、集積しやすいV字型の分子構造。このV字型の分子骨格は、お互いに強く相互作用してカラム状(柱状)に集積した秩序構造を形成する。この分子の性質を生かすことで、カラムナー液晶という自己凝集力の高い材料を開発できた。開発したカラムナー液晶材料は強い分子間相互作用のため流動性が低く、2枚のガラス板を強く固定できる。また、分子設計によりカラムナー液晶状態を示す温度を高温領域に調整することで、耐熱接着を実現した。
2)光で溶ける機能
高分子材料では、光を当てるとさまざまなメカニズムで接着が弱くなるものが報告されている。この中には、紫外光を当てると分子が網目のように重合し、材料が硬化することで剥離を誘起するダイシングテープも含まれる。これに対し、同じ形の小さい分子を集めて並べた液晶材料では、形の異なる不純物を少し混ぜるだけで、秩序だった分子の集積構造が自発的に崩れ、ばらばらになって液化する現象が知られている。特に、「光を当てると形を変える分子」を基盤として液晶材料にすることで、光照射によって形の異なる分子(不純物)を液晶内部で生み出し、光で液体になる材料を作ることができる。このような機能性液晶の「光で物質の状態を変える性質」は、これまで光で情報を記録するメモリー材料などへの用途展開が注目されてきたが、一方で、液晶本来の柔らかい性質のため、接着材料としての展開は最近まで注目されていなかった。
開発したライトメルト型接着材料は、液晶でありながら、V字型の分子が積み重なって秩序だったカラムナー液晶構造を形成しており、高い自己凝集力を保持している。さらに、液晶状態を示す温度範囲(70~135℃)で紫外光を当てるとV字型の分子が形を変えて平面型になり、続いて隣の分子と近づいたものは結合することで、2量体を形成する。こうして生成する一部の2量体は、秩序だった集積には不向きな形をしているため不純物として働き、V字型分子の集積構造を壊す。これにより、接着力の強いカラムナー液晶が崩れ、液体となった混合物は大幅に接着力が下がる。
3)迅速に剥がれる機能
「光で溶ける材料」を仮固定用の接着剤として製造工程の流れの中で使うには、一般的な光照射装置を用いてすぐに剥がせる必要がある。そのためには、少ない光量で剥離が起こることが望ましい。開発したライトメルト型接着材料を2枚のガラス板に挟んで接着し、ドライヤーで温めた状態にてLED光源で紫外光を照射すると、わずか数秒間(光量にして320mJ/㎝2)で剥がすことができる。この迅速剥離の実現には、a)光で分子が2量体となる反応が速いことや、b)すべての分子が反応しなくても2量体が不純物として働き自発的に液晶構造が壊れて液化が進むこと、c)ガラスと接しているほんのわずかな材料の界面さえ溶けてしまえば、剥離が起こることが活用されている。実際に、紫外光がライトメルト型接着材料の膜の内部に到達する深さはガラスとの界面からわずか数µmの範囲のみであり、膜の厚みによらず少ない光量で剥がせることが確認できた。また、これらの実験を通じて、ライトメルト型接着材料はごく少量の使用でも光剥離が実現でき、光を当てた透明部材には剥離後に接着材料がわずかしか残らないことが示された。
(詳細は、www.jst.go.jp)