January, 6, 2016, 東京--NICT、北海道大学、大阪大学は、溶液中の蛍光分子の回転拡散運動を計測する方法の開発に成功した。
研究チームは、独自開発した検出器(超伝導ナノワイヤ単一光子: SSPD)を蛍光相関分光顕微鏡(FCS)のカメラとして使うことで、従来はノイズに隠れて検出できなかった「回転拡散」成分を検出することに成功した。従来法では、1台のカメラではタンパク質の回転拡散運動を計測することができず、そのため、その形状を同定することは困難だったが、今回の開発で、タンパク質分子の回転拡散が測れるようになり、プリオン等の凝集性タンパク質が凝集体を形成する初期段階、すなわち、タンパク質が2量体や3量体になったことを、その形状から簡易に同定することが可能となる。
したがって、今回の開発は、凝集性タンパク質が原因となるアルツハイマー病やプリオン病などの神経変性疾患の初期段階を超早期に診断するのに極めて有効な手法となる可能性がある。また、今回の成果により、これまで主に通信分野で利用されてきたSSPDカメラの医療分野への応用が期待される。
蛍光相関分光法(FCS)は、蛍光の自己相関を利用して、細胞内タンパク質の拡散係数や分子間相互作用を簡便に求めることができるため、細胞生物学の分野で広く利用されている。従来のFCSでは検出器としてAPDが使われてきたが、1µs以下の時間領域の信号はAPDに特有のアフターパルスと呼ばれる雑音に埋もれて観測できなかった。1µs以下の時間領域を高精度に計測することが可能になれば、回転拡散による信号からタンパク質分子の形状を同定することができるため、タンパク質2量体や3量体といったプリオンタンパク質の初期段階を検出できる可能性があり、凝集性タンパク質に起因した疾患の初期診断に極めて有効な手法となる。2013年にNICTは、通信波長帯(1550 nm)でシステム検出効率80%を超える超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD)の開発に成功し、量子暗号通信への適用を進めてきた。
SSPDのアフターパルスのない極めて低雑音という特長は、FCSにおいても極めて有望であることから、NICTは、FCS応用のために必要となる可視波長領域で高い検出感度を有するSSPDを開発し、2013年から北海道大学、大阪大学と共同でFCSシステム(右図)での性能評価を進めてきた。
これまでに、635 nmでシステム検出効率76%を持つSSPDを開発し、ローダミン水溶液を用いた実験で、SSPDにより、1µs以下の時間領域まで理想的な自己相関曲線が得られることを確認していた。
今回、この蛍光顕微鏡用に開発したSSPDを用いて、回転拡散による信号の検出に世界で初めて成功。今回用いた測定試料は、Qrodと呼ばれる直径約7 nm、長さ22 nmの棒状分子で、このQrodが回転しながら拡散する様子を、SSPDを組み込んだ蛍光偏光相関分光法(pol-FCS)により観測した。
今回用いたQrodの回転拡散による信号は、その分子形状から1µs付近に現れることが予想されるが、従来のAPDでは、アフターパルスによる雑音に埋もれて観測できなかった。
今回、この蛍光顕微鏡用に開発したSSPDを用いることで、1µs付近にQrodの回転拡散による信号を観測することができた。得られた信号の理論曲線によるフィッティングから求めた分子形状はQrodの形状とほぼ一致することから、SSPDにより観測した信号がQrodの回転拡散によるものであることが裏付けられた。
今回の成果では、NICTが可視波長SSPDの高性能化と測定試料の作製を、北海道大学は可視波長SSPDを組み込んだFCSシステムの構築と測定及びデータ解析と測定試料の作製、大阪大学はFCSシステムの構築と測定試料の作製の役割分担を行った。
(詳細は、www.nict.go.jp)