December, 21, 2015, 東京--自然科学研究機構分子科学研究所の上村洋平助教らの研究グループは、可視光に応答する酸化タングステン光触媒の光励起状態の構造を、超高速時間分解X線吸収分光法により追跡し、光励起状態でタングステン周囲の局所構造が変化していく様子を観測することに成功した。光触媒を用いて水から水素を製造する技術は再生可能エネルギー開発における究極的な目標の1つであり、反応過程の解明を通じた光触媒機能の革新的向上が期待されている。
実験はポンププローブ法と呼ばれる手法で行った。酸化タングステン(VI)を水に懸濁させた溶液試料に、まずパルスレーザ光(ポンプ光、波長0.4µm、パルス幅0.07ps)を照射し、酸化タングステン(VI)を励起する。つぎに、極めてわずかな時間間隔をおいてX線自由電子レーザ(プローブ光)を照射し、励起された試料が吸収したX線強度を測定。X線自由電子レーザの波長を掃引することによってX線吸収スペクトルを得ることができる。パルス光とプローブ光の時間間隔を変えることで、酸化タングステン(VI)の励起状態の時間変化をスペクトル経時変化として捉えることができる。
研究チームは、実験データと理論計算の結果をもとに、酸化タングステン(VI)の光励起過程を以下のように結論づけている。レーザ光を吸収する電子は、もともと酸素原子に局在している価電子については、これが光を吸収してキャリア電子となり、タングステンイオンに捕捉される。これは非常に速く(0.5ps以下)、酸化数が6だったタングステンイオンは酸化数5に還元される。しかし、この初期状態ではタングステン周囲の幾何構造は変化しておらず、タングステンの周りは基底状態と同様に6個の酸素原子が正八面体的に配位したままであるが、キャリア電子がしばらく滞在すると、タングステン周囲の幾何構造に変化が生じ、この変化に約140psかかる。この状態になった後、キャリア電子は別のタングステンに移動しながら、ゆっくりとエネルギーを失って元の基底状態に戻る。キャリア電子の寿命は1800psと見積もられた。
太陽電池に使われるシリコンなどの典型元素から成る無機半導体では、キャリア電子の空間的広がりが原子の大きさに比べてはるかに大きく、キャリア電子が1つの原子に留まってその原子の局所構造を歪めるようなことは起こりにくい現象。しかし、酸化タングステン(VI)では、キャリア電子が遷移金属であるタングステン1原子に留まり、タングステン6価から5価に還元され、かつ、局所構造まで変化することが観測された。典型元素無機半導体との大きな違いは大変興味深い結果と言える。
(詳細は、www.ims.ac.jp)