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東工大とSt.Andrews、結晶でもグラフェン凌ぐ2次元電子機能を実現

October, 1, 2015, 東京--東京工業大学応用セラミックス研究所の笹川崇男准教授、セント・アンドルーズ大学(University of St Andrews)のフィリップ・キング(Philip King)講師らの国際共同研究チームは、二セレン化タングステン(WSe2)の単結晶表面にルビジウム(Rb)を希薄に蒸着することで、電子のもつ磁気的性質(スピン)を巨大に変化できる単原子層の電子ガスが生成することを発見した。これにより、グラフェン[用語1]を超える2次元電子機能を簡便に実現することができる。
 電界効果トランジスタ(FET)の根幹部分(ゲート)で行っている静電ドーピングを化学的に模倣して、通常のゲート電圧効果より2桁大きなスピン変化を自在に調整できることを実証した。静電ドーピング効果で誘起される2次元電子ガスは、”水を注ぐと水位が下がる”ことに相当するような「負の圧縮率」と呼ばれる特異な状態をもつことも解明した。この成果は、次世代半導体の基礎学理に重要な知見を与えるとともに、室温で動作するスピントロニクス・デバイスの実現などに向けて大きな弾みとなる。
 積層化で失われていたWSe2単原子層に固有な電子スピン機能を、単結晶の最表面に復活させ、容易に利用できる方法の開発に成功。これは「結晶表面にアルカリ金属のルビジウム(Rb)を希薄に蒸着するだけ」という非常に単純な方法。
 蒸着したRbは、最表面のWSe2単原子層にのみ電子キャリアを供給し、2次元電子ガスを形成する。この際、数原子レベルの限られた距離に電気分極が発生し、単原子層の電子状態には巨大な電界効果が引き起こされることが判明した。通常のゲート電極を用いて外部電圧で誘起させる電界効果の場合と異なって、今回の手法では電荷蓄積層がむき出しになっているという特徴がある。最先端の分光手法を用いて、Rb蒸着前後の電子状態変化を直接に観察することにより、以上の「結晶表面単原子層への選択的な化学的静電ドーピング効果」を実験で発見することができた。
 Rb蒸着量に比例して電子キャリア量(N [cm-2])は増加し、1.5桁の幅広い範囲で制御できることが分かった。角度分解光電子分光と呼ばれる電子の運動方向とエネルギーの関係を直接観測できる手法を用いて、キャリア量を変化させた際にどの様に電子構造が発達するかを観察した。キャリア量の増加とともに、電界効果によってスピンの上向きと下向きとでエネルギー差が生じ、N ~ 9×1013 cm-2の時にはエネルギー差は180 meV にも及んだ。この値は通常のゲート電圧で引き起こせる効果に比べて2桁も大きい。この巨大変化をRb蒸着量で自在に制御できることも相まって、この手法は室温で動作するスピントロニクス・デバイスを実現するための重要な技術になるものと期待される。
 さらに、結果を詳細に解析し理論計算によるシミュレーションと比較検討することによって、WSe2単結晶の最表面に形成される単原子層の電子ガスは、“水を注ぐと水位が下がる”ことに相当するような、直感に反した特異な性質をもつことも発見した。このような「負の圧縮率」と呼ばれる電子状態は、従来の半導体における2次元電子ガスにおいても、非常に低い電子キャリア量の時には観測されていた。これと比べてWSe2の単原子層電子ガスでは、3桁におよぶ驚異的に高い電子キャリア量まで負の電子圧縮率が観測された。
 この原因として、WSe2は電子の運動エネルギーを小さくするような電子状態(マルチバレーと呼ばれる電子構造や比較的大きな電子の有効質量)をもち、これによって電子と電子との相互作用が大きくなっていることが関与していると考えられる。単原子層の遷移金属ジカルコゲナイドを用いて電界効果トランジスタを作製する試みが世界中で行われている。「ゲート電圧誘起の電子状態の発達過程は謎だらけであるが、今回の結果はそれらにも本質的な知見を与えるものとして重要である」と研究チームは説明している。
(詳細は、Nature Nanotechnology, Published Online (21 Sep. 2015))