Science/Research 詳細

電子と陽電子からなる中性粒子、ポジトロニウムの回折現象を世界で初めて観測

February, 10, 2026, 東京--東京理科大学 理学部第二部物理学科 長嶋泰之教授、永田祐吾准教授、同大学大学院 理学研究科 物理学専攻 三上力久(2024年度博士課程修了。現在、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所博士研究員)の研究グループは、陽電子と電子がクーロン力で引き合ってできた水素原子様の中性粒子、ポジトロニウムのビームをグラフェン薄膜に入射し、ポジトロニウムの回折現象を観測することに世界で初めて成功した。

これは長嶋研究室が進めてきた高品質エネルギー可変ポジトロニウムビームを用いた成果であり、ポジトロニウムの波動性による量子干渉を実証したものである。電気的に中性なポジトロニウムで回折効果が検証されたことで、ポジトロニウムを用いた新たな結晶構造解析や基礎物理学の解明に道が拓かれた。

研究結果の詳細
波長の短いX線を結晶に入射すると、X線は電磁波と呼ばれる「波」であるため結晶の原子で回折され、他の波と干渉して回折像を作る。電子を入射しても、同様に回折像をつくる。

この回折像は、電子が量子力学的な波をつくり干渉を起こすために生じるもので、電子が物質波として進むことを示す証拠として、量子力学の発展に重要な役割を果たしてきた。

長嶋教授・永田准教授の研究グループは、ポジトロニウムビームをグラフェン薄膜に入射して、回折現象を観測することに取り組んだ。ポジトロニウムビームには、長嶋研究室が以前開発した高品質ポジトロニウムビームが使われた。

ポジトロニウムは電気的に中性であるため、いったん生成すると電場を使っての加速ができない。いったん、ポジトロニウムに、さらに電子をもうひとつ束縛した「ポジトロニウム負イオン」をつくり、電場で加速させレーザ光で電子を脱離させることで、必要なエネルギーを持つポジトロニウムビームをつくっている。

研究チームはポジトロニウムを2.3 keVもしくは3.3 keVのエネルギーにした。これをグラフェン薄膜に入射して、入射と反対側の面に抜けてきたポジトロニウムを観測した。

グラフェンは、炭素がつくる薄膜。非常に丈夫で、1原子層という薄い膜もつくることが可能。この研究では、2原子層の薄膜が使われた。

グラフェン薄膜では、電子ビームが入射されると下流に電子の回折による像が得られることは知られている。この研究が目指したのは、ポジトロニウムでも同様の回折を示すのか、その証拠を観察することだった。

この研究で用いたポジトロニウムビーム生成法は他では真似できない優れた技術だが、どうしても強度が低くなってしまう。このため、測定作業には延べ2年もの時間を要したが、ついに、ポジトロニウムがグラフェン薄膜での回折を示す証拠を見つけることに成功した。

こうして、ポジトロニウムがグラフェンの原子で回折を起こし干渉によって得られるピークが初めて観測された。

ポジトロニウムがグラフェンの炭素原子で干渉されて量子干渉が観測されたことで、新たな研究に道が拓かれた。まず、ポジトロニウムがX線や電子のように、結晶の構造解析に使えることが示されたことである。ポジトロニウムは表面すれすれの角度で試料表面に入射すると、試料に侵入することなく全反射し、表面第1層の結晶構造に、回折の信号をもたらす。

次に、ポジトロニウムの波動関数の干渉が示されたことにより、ポジトロニウムの新たな基礎研究への希望が見えてきた。そのひとつが、これまで誰も成功していないポジトロニウムに対する重力測定である。これまで電子や陽電子では重力場を受けるのか、受けないのか、調べる実験は行われていなかった。その理由は,電子や陽電子が実験の環境下で受ける電気的な力が重力よりも桁違いに強く、重力の効果を観測できなくしてしまうためである。

今回の研究ではポジトロニウムの波動関数が干渉効果を起こすことが実証された。これを利用することで、ポジトロニウムの干渉計をつくり、ポジトロニウムが地球の重力場でどのように運動するのか、観測するアイデアが、現実味を帯びてきた。

研究成果(Observation of positronium diffraction)は、Nature Communicationsに掲載されている。
(詳細は、https://www.tus.ac.jp)